隣で美輝ちゃんが幸せそうな顔をして眠りについている。
お姉さんと私が悠真のスマホの着信について話し、お姉さんが焼いてくれた鮭を食べた。その後、私と美輝ちゃんはいつも通り一緒にお風呂に入り、そのまま早めに寝た。
私は美輝ちゃんの幸せそうな顔を見たいがために、壁側で寝ている美輝ちゃんを抱きしめたまま起きている。美輝ちゃんが幸せそうな顔をしていると、ついつい私まで笑顔になってしまう。
すると、幸せそうな顔をしていた美輝ちゃんが急に、唸り始めた。それはもう、辛そうに。
唸り始めたかと思うと涙を少し流しながら言葉を繰り返している。
「ごめんなさい…うまれてきてごめんなさい…」
夢とはいえ、辛い過去を思い出しているんだろう。
涙を流す美輝ちゃんを見て、心がもやもやして、頭がぐるぐるする。吐きそうなくらいに黒い靄が心を覆う感覚がする。
胸が苦しくて、美輝ちゃんのことをぎゅっと、強く抱きしめた。
すると、リビングからスマホが鳴った。けれど、この部屋に聞こえるか聞こえないくらいの音量だった。美輝ちゃんの寝言は本当に小さな声量で、この部屋はほとんどが静かだった。だからスマホの着信音は微かに聞こえる。
リビングに行って着信履歴を見たいが、今起き上がればきっと美輝ちゃんを起こしてしまうからやめておいた。
それに、今出ることができなくとも、明日になってお姉さんに言えばいい話だ。
今はもう寝て、美輝ちゃんを抱きしめて寄り添ってあげればいいんだ。
私はお母さんなんかと違って、元々だけれど自分が愛していた人を殺すなんてことしない。
お母さんはお父さんを殺したけれど、私は美輝ちゃんのことを殺すなんて絶対にしないから。
「まじかあ…かかってきたんだ…。でもさ、パスワードあって開けないんでしょ?なら、どうやって殺すのさ」
お姉さんが渋い顔をして私に質問をしてくる。
次の日の朝になり、美輝ちゃんと朝ごはんを食べたあと、お姉さんがいる隣の部屋まで行った。そこでお姉さんに昨日の夜、悠真のスマホから着信があったことを話した。
「確かにパスワードあるなら着信返し無理だよね。…毎日海行ってみるとか?」
「いや、あいつの妹、あいつを海に沈めたってこと知らないんだから無理でしょ」
私が提案してみると、お姉さんは多少呆れたように目を細めた。
「…でもまあ、奇縁ちゃん、夕方一緒に海行かない?悠真の死体のことについてとか心配だし、なんか思いつくかもだしさ?」
お姉さんは、ぱあっと笑顔を見せてそう言った。きっと、ただ単にお姉さんがまた海に行きたいだけだろうと思うけれど。
「…まあいいよ。確かに海、綺麗だしね」
私がそう言うとお姉さんは、自分の考えを見透かされたと分かったように、えへへ、と言った。
悠真の妹を殺すには、まだまだ何かが必要なんだ。頭も使うだろうし、運に頼るしかない場面だってきっとあるのだろう。
「はぁ…」
昨日は少し考えてからいつも通りの生活をした。考えるのをやめて夜ご飯を食べ、風呂に入って歯磨きをして寝た。
でもその夜に夢を見た。あのクソ兄貴が背中にリュックを背負って海の深くまで歩いていったのだ。私は夢の中でスマホを持っていた。右手にスマホを持ち、左手を胸に当て、精一杯兄貴の名前を呼んだ。悠真、悠真、悠真……。そう呼んでも兄貴が振り返ることはなかった。
私が最後に、兄貴、と大声で呼ぶと、兄貴はゆっくりとこちらを振り返った。その顔は笑顔だったけれど、何かに怯え、痛みを感じているような顔だった。私が兄貴の顔を見て息を飲むと、兄貴は何かを見て、その何かから逃げるように海の深いところまで沈んで行った。
すると、兄貴はポケットからスマホを落とした。私がそのスマホを取りに行こうと歩くと、私の背後から誰か分からない二人組が走ってスマホの方まで行き、スマホを取ってどこかへと消えていってしまった。
私はその誰か二人を追いかけようと、その方向へ走っていった。すると、どこからともなく、毒ガスのようなものが溢れ、私を覆った。眠気に襲われ、私は二人の背中をぼーっと眺めることしか出来ずにうつ伏せで倒れた。
夢は、そこで終わった。
起きても尚、夢の内容がはっきりと頭の中にあり、忘れられずにいた。
でも、なぜだか分からないけれど、海に何かがあると思った。
海は歩いて二十分かかるかかからないか程度の場所にある海だった。そして、時刻は夕方だと思われる。空が橙色で、太陽が沈んでいっていた。
「……行こっかな…」
私はぼーっと独り言を漏らした。
夕方、その海まで行けば、兄貴に何があったのか、ヒントが掴めそうだったから。
遥輝センパイには連絡しなかった。
何故だか分からない。けれど、兄貴のことで頭がいっぱいだった。勝手にいなくなるような、昔からのロリコンでクズな兄貴で頭がいっぱいなんて最悪だ。
でも、心配なのかもしれない。連絡もつかず、夢の中で海の深くまで沈んでいき、一度も見たことのない、穏やかな笑顔、その笑顔の中にある怯えた顔を見せた。
兄貴は私とほんの少し似て、初対面の人や女の子、小さな子供に対しては猫を被っていた。でも、男友達や私にはプライドがやけに高く、明るくて、所謂陽キャだった。
そんな兄貴が夢で見せたあの顔に、違和感を感じざるを得なかった。
もし海に行って何かヒントを掴めて、兄貴を見つけることが出来たら言ってやるんだ。
遥輝センパイが心配してくれてんだって。遥輝センパイの手を煩わせるようなことをしてるんだって。
何より私が、誰よりも私が________________
兄貴の心配をしてるんだって。
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