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「わっ……夕日きれー…」
夢で見て決めたように、私は夕方になって海へと行った。
海へ着くと、夢で見た景色とほとんど同じ光景を目にした。兄貴は、ここで海に沈んで行ったんだ。
私は、夢で兄貴が沈んでいった波の方へと歩を進めていた。すると、背後から誰かは分からない二人組が話している声が聞こえた。私はその声を聞き、反射的に止まって振り向いた。二人組はそれに気づいて止まった。そして困りながら言った。
「あの…何かありましたか?」
長いポニーテールの茶髪にメガネ。服はパーカー、ミニスカートにスニーカーを履いている女の人が聞いてきた。もう一人の子はパッと見、幼稚園、小学生くらいの年齢の女の子だと思われる。青いセーラー襟の服を来て、靴下はレースで、プラットシューズを履いている。随分とオシャレだ。多分、二人は姉妹なのだろう。
「えーっと……。…あのっ、ここでスマホ拾ったりしてませんぅ?」
私は焦って素で返しそうになったけれど、なんとか猫を被って返事ができた。でも、言ってる内容は変だった。
急にスマホ拾ってないか、なんて言われても変だと思われて終わりだろう。海でスマホ探す人なんてそういないだろう。でも、お姉さんだと思われる女の人は、はっとして優しく言ってくれた。
「スマホなら、昨日拾いましたよ!丁度着信がかかってきて、焦って持ち帰っちゃったんですけど…家にあるので、良かったら来ます?」
お姉さんはそう言って家があるであろう場所へと指をさしていた。
「えっと…事情も聞きたいですし…」
そう付け足し、私は焦って誤解を解いた。そのせいで、素を出してしまった。
「あっ、いや全然!申し訳ないなー…っと…」
「大丈夫ですよ!歩いて二十分かかるか、かからないか程度の所なんで!」
私が焦ると、お姉さんは優しく緊張を解いてくれた。
「じゃあ…っすみません、いいですかぁ?」
素に戻っていたことに気付き、咄嗟に猫を被った私。お姉さんは一瞬、私の話し方が違うことに気がついたのか、疑問そうな顔をして首を傾げた。そのあとはさっきと同様に、優しそうな笑顔を見せて家まで案内してくれた。
「へー!じゃあ海に来たのは、連絡がつかないお兄さんのスマホを見つけるために…?」
私が何故、海に来てスマホを探していたのかを聞かれて、正直に話した。夢で見たこと、海に来れば何かヒントが掴めそうなこと、などをそれはもう正直に。
私は自分でも信じられずにいたから、バカにされたり、引かれたりするのだろうと思っていた。
けれど、お姉さんは違った。私の考えに引くでもなく、バカにするでもなく、ましてや否定する訳でもなく、興味津々で聞いてきた。興味津々とまではいかなくとも、真剣に話を聞いてくれた。
「はいっ!でももしかして、おねぇさんが拾ったスマホがあにき…私のおにぃちゃんのスマホかもしれませんねぇっ!」
私がしどろもどろにそう言うと、お姉さんは優しく微笑んでくれた。
「あ、着きましたよ。ここが私たちの家です」
そう言って木造アパートの一階にある、一番奥の部屋へと入っていった。私はその後に続いて、その家へと入った。
中はあまり物などがなく、引っ越したばかりみたいな雰囲気だった。
「えっと…妹が物欲あんまりないんですよね…」
あはは、と自嘲気味に笑うお姉さんは困ったように眉が下がっている。まあ、物欲のない妹なら仕方がないだろう。私は靴を脱いで家へあがった。
「あ、こっちの部屋のバッグ取ってきてよ奇縁ちゃん、自分のでしょ」
妹の方にそう言ってお姉さんが指さしたのは、玄関から一番離れていて、玄関から数えて三部屋目の部屋だった。私はその部屋を通路から少しだけ見た。
その部屋は驚くほど何も無く、寂しさが漂っているだけだった。けれど、先程お姉さんが言っていた奇縁ちゃん、という妹のバッグだけが、無造作に床へ放り投げられていた。
「…わかった」
妹の奇縁ちゃんはぶっきらぼうにそう言うと、部屋のバッグを肩にかけ、リビングへと向かった。私はその様子を止まって見つめていたが、妹に、どうしたの?と聞かれ、我に返り、リビングへと向かった。だが、リビングをに入り、見た瞬間、私は絶句した。
キッチンの方を見てみると、床や壁に血がべっとりと着いているのだ。私はその血を見て、へなへなとしりもちをついてしまった。
「あー…昨日鮭とかサンマ切って料理してたら血まみれになったんですよねー…」
またもや自嘲気味にお姉さんはそう言う。もし人間のものだとすれば、今お姉さんに疑問をぶつけることは危険だと分かる。けれど、私は反射的にお姉さんに質問をしてしまった。
「なっ、なんで魚を切って…りょっ、料理…するんです、か…ぁ?」
多少素が出てしまっていることに気が付かないくらいに焦り、しどろもどろに聞いてしまった。でも、お姉さんは腹黒い笑顔何一つ見せず、私の耳元に近づき、小声で伝えた。
「実は…私と妹、本当の姉妹じゃないんです。養子?みたいな感じなんですよ奇縁ちゃん。で、私は養子の子だから、好きな食べ物食べさせてあげたいなー…っと思って……。奇縁ちゃんの好きな食べ物が魚なんで、新鮮な魚を自分で出してあげようと思ったんですよねー…」
どちらも複雑な家庭環境で育ったのだろうか。少なくとも、妹の方はそうだろう。でなきゃお姉さんの養子にはならないだろうし。
私は少し切なくなり、明るく振る舞えるように、猫を被った。
「じゃーぁ…奇縁ちゃんって呼んでもいいかなぁ?」
「別にいいですよ」
見た目とは正反対に、大人っぽい返事をする奇縁ちゃん。その顔は真顔で、赤い瞳で私をはっきりと映してくれていない。何故だか、殺意だけは感じる。
「あ、私も名前呼びでいいですよ?ちなみに名前は、すみれ、って言いますっ」
私が奇縁ちゃんからの殺意に戸惑っていると、お姉さんがそう笑顔で言ってくれた。
「じゃーぁ、すみれちゃんだねぇっ!すみれちゃんもぉ、奇縁ちゃんもぉっ、よろしくねぇっ!」
私がはっきりと猫を被ると、奇縁ちゃんが不快そうに舌打ちをして呟いた。
「…気色悪」
小さな子供が絶対に言わないであろう言葉なのに、その時の私は、その言葉に傷つくばかりで、その異変に気が付かなかった。