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名前のない約束

4 - 第4話 君に似た魔法

♥

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2026年01月24日

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雨が、降っていた。
 細く、静かで、やけに冷たい雨だった。

 森の木々は黒く濡れ、地面には無数の水たまりができている。


 ノアは、その真ん中に立ち尽くしていた。


 ――さっきの戦闘の跡。

 倒れた男の身体は、すでに消えかけている。

 黒い霧の魔法を使っていた、“あの幹部”。


 でも。


「……違う」


 ノアの喉から、かすれた声が漏れた。


「……違う……違う違う違う……」


 拳が、震えている。

 心臓の奥が、焼けるみたいに痛い。


 あの魔法は、確かに似ていた。

 カイを殺した“黒い何か”と。


 でも――


 決定的に、違った。


 レイヴンは、少し離れた場所でそれを見ていた。


 ノアが、剣を落とす。


 そのまま、膝から崩れた。


「……また……違った……」


 声が、ほとんど音になっていない。


「……私……何人……殺せばいいの……」


 その瞬間だった。


 森の奥から、別の気配。


 ぞわ、と空気が歪む。


「……ノア、下がれ」


 レイヴンが、剣を構える。


 だが、ノアは動かなかった。


 いや――

 動けなかった。


 現れたのは、フードを深くかぶった女。


 顔は半分、仮面で隠れている。


「……あら。

 もう一人、いたのね」


 その声を聞いた瞬間、

 ノアの中で、何かが“弾けた”。


「……その声……」


 女の指先に、黒い魔力が集まる。


 それは――

 完全に同じだった。


 カイが死んだ夜に見た、あの魔法。


「……お前……」


 ノアの目が、血走る。


「……お前が……殺したんだろ……」


 女は、楽しそうに笑った。


「へえ。

 あんた、まだ生きてたんだ」


 その瞬間。


 ――世界が、歪んだ。


 ノアの異能力が、暴走する。


 地面が砕け、木々が宙に浮く。

 雨粒すら、止まる。


「……殺す……」


 ノアは、一歩踏み出した。


「今度こそ……殺す……!」


「ノア!!」


 レイヴンが、全力で駆け出す。


 女は、舌打ちした。


「……ちっ、厄介なのが残ってたか」


 ノアが、女の喉元に手を伸ばす。


 ――あと、数センチ。


 そのとき。


 誰かの腕が、ノアを後ろから抱きしめた。


「……やめろ」


 低く、震えた声。


 レイヴンだった。


「……それ以上やったら……

 お前、戻ってこれなくなる……!」


「放して……!!」


 ノアが暴れる。


「こいつが……!

 こいつが……カイを……!!」


「違う!!」


 レイヴンが、ノアを強く抱きしめ直す。


「……よく見ろ……!」


 ノアの視界が、揺れる。


 女は、血を吐きながら立っていた。


 だが――

 魔力の色が、微妙に違う。


「……え……?」


 ノアの力が、一瞬だけ緩む。


 女は、その隙に距離を取った。


「……くっ……」


 女は、不敵に笑う。


「残念。

 私は“作った側”よ」


 ノアの呼吸が止まる。


「……作った……?」


「その魔法。

 “オリジナル”は、別にいる」


 女は、黒い結晶の欠片を投げ捨てた。


「それ、あんたの大事な人を殺した魔法の“残骸”」


 ノアの目が、それを見る。


 間違いない。


 カイの血の匂いが、残っている。


「……じゃあ……」


 女は、薄く笑った。


「真犯人は、もっと奥。

 “黄昏の徒”の中枢よ」


 そう言い残して、

 女は闇に溶けるように消えた。


 雨音だけが、残った。



 ノアの身体から、力が抜けた。


「……っ……」


 そのまま、前に倒れそうになる。


 レイヴンが、ぎゅっと抱きしめたまま、支える。


「……ノア……」


 ノアの呼吸は、ぐちゃぐちゃだった。


「……私……殺しそうになった……」


 レイヴンの服を、掴む。


「……無実かもしれない人……」


「……それでも」


 レイヴンは、静かに言った。


「お前は、止まった」


 ノアは、首を振る。


「……違う……

 止められた……」


 レイヴンは、少し間を置いて。


 そして――

 そっと、ノアの額に自分の額を当てた。


「……それでいいんだ」


 ノアの目から、ぼろぼろ涙が落ちる。


「……私……怪物になりたくない……」


「……ならない」


 レイヴンの声は、低くて優しかった。


「お前がそう望む限り、俺が止める」


 ノアは、初めて。


 誰かの胸に、すがりついた。


「……ずっと……一人だったのに……」


 レイヴンは、何も言わずに抱きしめ続ける。



 夜。


 焚き火の前。


 ノアは、一人で座っていた。


 手の中には、

 あの黒い結晶の欠片。


「……ねえ、カイ」


 小さく、呟く。


「……私……復讐しても……いいのかな……」


 答えは、ない。


 でも――

 背後から、毛布がかけられた。


 レイヴンだった。


「……冷える」


「……ありがとう」


 少し、沈黙。


「……さっきのこと……」


 ノアが言いかけて、やめる。


 レイヴンは、静かに言った。


「……怖かった」


「……」


「でも」


 ノアを見る。


「……それでも、離したくなかった」


 ノアの胸が、きゅっと締まる。


「……私……

 誰かを好きになる資格……あるのかな……」


 レイヴンは、少しだけ笑った。


「……それ、俺に聞く?」


 ノアも、ほんの少し笑った。


 でも、その目はまだ濡れている。

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