高校二年の陽翔は、居場所をなくしていた。
教室では笑顔を貼りつけ、 家では沈黙に耐え、
ただ時が過ぎるのを待つ。
誰にも本当の自分を見せられず、
心は日ごとにすり減っていった。
放課後の陽翔は、なんとなく校舎裏に足を運んだ。
いつからか癖のように、
人が少ない場所を選ぶようになっていた。
別に理由があるわけじゃない。
ただ、
賑やかな廊下を歩くのが苦手で、
足が勝手に遠回りをするのだ。
その日も、ふと立ち寄っただけだった。
薄暗い階段の踊り場。
そこで彼は、一冊の古びたノートを見つける。
最初のページには、たったひとことだけ。
不審に思いながらも、陽翔はノートを開いた。
次の瞬間、
校舎も空も校庭も、すべてが夕焼けの色で止まっていた。
風は吹かず、声も消え、時間さえ流れていない。
ただ自分だけが存在する、音のない世界。
陽翔は息を吐き、肩の力を抜いた。
ここには誰もいない。
誰にも責められず、期待もされない。
それは現実よりもずっと楽だった。
以来、
彼は放課後になるとノートを開き、
空白の世界に身を沈めるようになった。
そこで歩き、座り、呼吸するだけで、
心は少しだけ軽くなる。
だが同時に、現実が薄れていった。
ほんの数分のつもりが、
気づけば一日が過ぎていることもあった。
孤独から逃げるために辿り着いた場所は、
気づけば孤独そのものだった。
その日も、陽翔は屋上に座っていた。
止まった夕焼けを見つめ、
何もない世界に身を置く。
胸の奥には重たい寂しさが沈んでいた。
そのとき、不意に。
沈黙を裂くように、声がした。
「……そこに、いるの?」
陽翔ははっとして振り返る。
誰もいない。
校舎も校庭も、凍りついたまま。
けれど確かに耳に届いた。
「……君は、ひとりじゃない」
二度目の声は、ささやくように微かだった。
追いかけても、答える者はいない。
それでも、胸の奥に強烈な鼓動が走った。
涙がにじむ。
誰もいない世界で、彼はただ立ち尽くした。
やがて声は途切れ、世界は再び沈黙を取り戻す。
その証拠はどこにも残らない。
けれど、
胸の奥には痛いほどの温もりが残っていた。
幻だったのかもしれない。
夢だったのかもしれない。
けれど、
たしかに自分は“呼ばれた”陽翔はそっと空に手を伸ばす。
止まった夕焼けは応えない。
ただ、赤い光だけが指の隙間から零れ落ちた。。
―その先に、何が待つのかは、誰も知らない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!