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朱音のただならぬ気配を感じた西村は、加茂交差点の牛丼屋から”川北大橋”に向かう道すがら加賀産業道路の途中でSDカードを抜いた。
気は焦るが交差点では尽く赤信号で地団駄を踏んだ。黄色点滅の交差点を幾つか通り過ぎ、緩やかな坂を上った”川北大橋”の手前まで来ると激しい横殴りの雨の向こうに1台のタクシーが見えた。
(・・・・・《《ウチ》》の車か?)
25:15
暴風に抗いながら”川北大橋”の上をノロノロと進むと、橋のたもとの土手を数百m進んだ先で停車しているタクシーの行燈は確かに北陸交通のものだった。エンジン音が聞こえるが後部座席のドアは開け放たれた状態で明らかに異常だった。恐る恐る近付くと車体には112号車とペイントされている。
(太田!?)
橋のLED電灯に照らされた後部座席から《《何か》》を引き摺った様な痕がありうっすらと赤い筋が見える。西村は自分のタクシーに戻り懐中電灯を手に112号車の車内を照らした。ドス黒いものが後部座席に飛び散っている。
「・・・・・・ヒィ!」
25:20
思わず腰が抜けたようになり泥水の中に倒れ込んだ。スラックスのポケットに手を差し込もうとするが指先が震える。《《営業用》》携帯電話を取り出すと本社に電話を掛けた。発信音1回、2回、3回、出る気配がない。
(山田、寝てんのかよ!)
「・・・・・はい、北陸交通、山田です」
案の定寝ぼけた声で山田が受話器を取った。
「山田、大事な忘れ物だ!」
「はぁ?」
「大事な・・・・忘れたのかよ!緊急の隠語だろ!管理のくせに忘れてんじゃねぇよ!とにかくGPSで”川北大橋”を見ろ!」
カチ、カチカチ、とマウスをクリックする音が聞こえる。
「《《そこ》》には誰も居ませんけど?どうしたんですか?」
西村は泥の中から起き上がり、開けっ放しの助手席の窓から中を窺い見る。
鉄の臭いで胃液が上がるのが分かった。懐中電灯で運転席辺りを照らすと112号車のSDカードが、無い、抜かれている。
SDカードがタクシー本体から抜かれているとGPS機能が作動せず位置が把握できない。
西村は慌てて106号車に戻ると隠蔽の為に本体から抜いてあった自分のSDカードを読み取り部分に差し込んだ。
「もう1度、見ろ!|俺《106号車》が何処に居るか分かるか!?」
「あぁ、確かに・・・”川北大橋”が如何したんですか?緊急ですか?」
「緊急だよ!太田の車が血だらけだ!警察に通報してくれ!あと、近くのタクシー呼んでくれ!太田が居ない!」
「・・・・え、え。本当ですか?」
「当たり前だろう!早く連絡しろ!」
山田との通話を切った西村は草むらに見覚えのあるものを見つけた。それは泥だらけで雨でぐしゃぐしゃに濡れ原型を留めていないが、確かに朱音に手渡したピンク色に白いレース模様のショップバッグだった。
(・・・・・・朱音が?朱音が!)
動揺した西村はそのショップバッグを掴むと”川北大橋”の濁流に向かい放り投げた。彼方此方その他に朱音の形跡がないか探したが見当たらない、見つからない。
(・・・・・・携帯電話!)
西村は《《営業用》》携帯電話の電話帳を開き、山下朱音からの連絡を着信拒否設定し通話履歴と携帯電話番号を消去した。
(・・・・後は!後は!?駄目だ、思いつかない!)
西村の膝はガクガクと震え、頭の中が真っ白になった。もし、もし朱音が犯人で逮捕されたら《《俺の不倫行為》》が明るみに出てしまうかもしれない。それだけは駄目だ、駄目だ、駄目だ、智に知られてしまう、会社もクビになるかも知れない。それだけは駄目だ。
(・・・・・監視カメラ!)
辺りには施設も家屋も無い、監視カメラは無い、無いはずだ、絶対にない。
(河川水位・・・カメラ・・・・ない?ない?)
上空を見て慌てて走り回る西村を1台のタクシーのヘッドライトが照らし出した。その直後、管理の山田の無線呼びかけで”川北大橋”付近を送迎戻りで走行していた4台のタクシーが集まって来た。
「どうした、強盗か!?」
「・・・・・そ、そうだと思う」
「警察は!?」
「山田に頼んだ」
その中には124号車の北のじーさんの姿もあった。
「居たぞ!太田だ!」
現場の土手から少し離れた堤防の木の上に動かない太田の背中が見えた。
殺害現場となった112号車の周辺は大勢のドライバーの靴で踏み荒らされた。更にタクシーの外に落ちていた太田の《《空》》の茶色い革のポーチには多くの指紋がベタベタと付いた。
その数十分後、”金沢中警察署”の赤色灯を回転させたパトカーが4台、5台と到着したが初動捜査は難航を極めた。