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突然の豪雨に見舞われた北陸地方。石川県と福井県の県境で起きた倒木が原因で大阪方面行きの特急サンダーバードが運休となった。
金沢駅のタクシープールでは各方面へ向かう乗客が長い列を作り、124号車の北には、金沢駅から加賀温泉駅迄の一発(長距離の送り)の仕事が舞い込んだ。
24:23
北陸高速道路も通行止めとなり国道8号線での運行となった。
「いやぁ、お客さん遅くなってすんませんねぇ」
後部座席に腰掛ける女性客に声を掛けた北は、暴風に逆らいながらハンドルを握った。打ち付ける雨に忙しなく左右するワイパー、滲むテールランプ、一つ前を走行しているタクシーは北陸交通、よくよく目を凝らすと西村の運転する106号車である事に気付いた。
(まぁた《《金魚》》の迎えかよ)
ところが西村の車は山代温泉街に伸びる脇道を左折せず、もう数分先の加茂の交差点でUターンして雨風に浮かび上がる牛丼屋の駐車場に入って行った。
(何だありゃ・・・・《《金魚と》》待ち合わせでもしているのか?)
北は加賀温泉駅隣の集合住宅前で料金メーターの精算ボタンを押し、10,000円札を3枚受け取ると5,000円札と数枚の小銭を手渡した。
「ありがとうございましたぁ」
大きなキャリーケースをガラガラと転がす女性客の背中を見送り、運転席の室内灯を点け、サンバイザーからバインダーを取り出すと”金沢駅〜加賀温泉駅”他人が読めるか読めないか、判別が難しい文字を運行管理表に書き殴る。
久方振りの長距離。
運転席を倒して休憩、駅のロータリーで煙草を一服とポケットからクシャクシャになった煙草の箱を取り出した所で、本社配車室から緊急無線が入った。”川北大橋”で112号車がトラブルに遭ったという内容だった。
25:24
”川北大橋”は交通量も少なく田舎町だ。しかもこの時間帯の《《大切な忘れ物》》は乗車料金の踏み倒しか酔いどれ客との一悶着、もしくは交通事故だと想像した。
(こりゃぁ、早く行ってやらんと)
北はスピード違反すれすれで国道8号線を急いだが向かい風で思うようにその距離を縮める事が出来ないでいた。その時、横目で見た加茂交差点の牛丼屋に106号車の姿形は無かった。
(《《金魚》》を乗せて金沢送迎かよ。稼ぎやがって。その内《《みんなに》》首絞められるぜ)
25:54
124号車は国道8号線を右折、加賀産業道路を突っ走って辿り着いて見たものは、異様な動きをする西村だった。土砂降りの天を仰いでは”川北大橋”のたもとを右往左往している。
暴風に煽られながらタクシーをノロノロと進めるとそこには両目を見開いた西村の106号車、土手には後部座席のドアが開け放しの112号車が停まっていた。106号車の後部座席に人の気配はなかった。
(《《金魚》》は?金沢に送って行ったんじゃ無かったのか?)
そして数分も掛からぬ内に野々市、松任、川北町付近を走行中の4台のタクシーが”川北大橋”のたもとに集まって来た。ドライバーたちは各々懐中電灯で辺りを照らしながら太田の名前を呼んだ。タクシー強盗の際、トランクルームにドライバーが閉じ込められているケースも有り、トランクを開けて中を見るドライバーも居た。
そんな中、西村は辺りをウロウロして首を伸ばしたり屈んだりして明らかに《《何か別の物》》を探し回っていた。
(あいつ、何してんだ?)
赤色灯を回転させたパトカーやシルバーグレーの緊急車両が到着するまであと少しばかり時間が必要になり、112号車のボディには多数の指紋が付着し土手や橋の上は多くの靴で踏み荒らされていた。
「こりゃあ、時間が掛かるかもしれんな。」
その殴り付ける雨の現場には、透明のレインコートのフードを片手で押さえ辺りを見回す金沢中警察署の久我警視正と、暴風でフードが飛ばされ顔中ずぶ濡れになりながらも濁流の川面を覗き込む竹村警部の姿があった。