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春の柔らかな日差しが公園の瑞々しい緑を鮮やかに照らし出していた。
平日の昼下がり
散策路から少し外れた静かなベンチ。
俺たちは並んで腰を下ろし、温くなった缶コーヒーを啜っていた。
穏やかな風が吹き抜ける、どこにでもある平和なデートの光景。
けれど、玲於が少しだけ改まった様子で俺の方を向き
その口を開いた瞬間、空気の密度が重苦しく変質した。
「霄くん、少し話してもいい?」
「ん? なに、急に」
いつもの軽薄で甘い雰囲気とは違う、圧し掛かるような沈黙。
玲於は飲み終えた空のアルミ缶を指先で弄り
近くのゴミ箱へ放り投げると、視線を遠くの木立に向けたまま
拒絶するように、静かに告白を始めた。
「昨日、俺が『関わるな』って言ったロウって男のことなんだけどさ……あいつ、俺の兄貴なんだ。葛西壱馬っていう」
「……え? 玲於の、兄貴?!」
予想だにしない言葉に、俺は思わずコーヒーをこぼしそうになった。
あの画面の向こう側の推しと、目の前の恋人が血の繋がった兄弟だなんて。
「そう、兄貴っていうか、本当にどうしようもないゴミだよ」
玲於の表情が、見たこともないほど険しく硬くなる。
普段、俺に向ける蕩けるような笑みは完全に消え去り、その瞳の奥には底の見えない暗い泥のような影が落ちていた。
彼は逃げることをやめたように俺の目を真っ直ぐに見つめ、忌まわしい過去を一つずつ手繰り寄せた。
「実は───俺が高校生の時さ、初めて彼女ができたんだ。地味だったけど優しくて、正直俺にはもったいないくらいの子でさ」
「…え、玲於でもそんな時期あったんだ」
「そりゃあね?…手を繋ぐのもドキドキするような清い付き合いをしてたんだ。ファーストキスだってまだだった」
ざわり、と風が木々の葉を揺らし、足元で細かい砂埃が舞い上がる。
玲於の声は、感情を押し殺したように平坦で、それが逆に彼の痛みを際立たせていた。
「でもある日、バイトから帰ったらさ……俺の部屋で、あの野郎と彼女がヤッてたんだ。ドア開けたらすぐそこでさ、ベッドの上で」
冷たい戦慄が背筋を駆け抜けた。
想像するだけで吐き気がするような光景に、俺は思わず眉間に深いシワを寄せた。
「マジで……?」
玲於は乾いた、自嘲気味な声で笑った。
人生で初めて好きになった女の子と、まだ唇も重ねていない純粋な時期。
期待に胸を膨らませて帰宅した自分の聖域で、血を分けた兄が自分の女を組み敷いている。
それだけでも最悪なのに
その時、壱馬はデリカシーのかけらもなく、果てたばかりの弛んだ顔でこう嘲笑ったのだという。
『あー、コレ。お前の初めての彼女だったんだっけ? ごめんごめん~、もう俺のお古になっちゃったな』
それが地獄の始まりだった。