テラーノベル
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「そ、そうですか。それは失礼しました。蓮美さん、行こう」
豊は気を取り直し、そっと蓮美の手に力を込めた。
「はい」
俯きがちな蓮美が返事をした。
――――鍾乳洞の中は薄暗く、ミステリアス。この地球の幻想的な創造物に感動しつつも豊は、己の欲望に手を焼いていた。繋がれた蓮美の体温を感じながら。
(いけない。なんでこんなに10代の少年のようにムラムラするんだ?!)
そんな豊の葛藤を知ってか知らずか蓮美は、好奇心旺盛に瞳を輝かせ自然物の織り成す造形美に気を取られている風だ。
「ひんやりしてて、気持ちイイ」
豊はちょっぴりギクリとし「え!」と声を上げてしまった。
なにも蓮美は性的な事柄を訴えた訳ではないだろう。洞窟内が涼しくて快適だと言ったまでのはず。
蓮美がキョロキョロと楽しげに洞窟内の壁面に魅入っているのを良い事に、豊は存分に蓮美を観察出来た。
透明感のある美しい肌。艶やかで長い黒髪。薄化粧に見えるが、苺のように赤い唇。くびれたウエスト。その割には豊満な胸。
(ああ、オレは……蓮美さんをもっと知りたい。近づきたい。素敵だ)
「どうしたの? 豊さん」
視線に気づき、蓮美がそう言った。
その途端、キュル――――……!
空腹の豊のおなかの音がした。
「あ」と言い、蓮美は表情を曇らせた。
「ごめんなさい! おなかが鳴っちゃったよ」
「謝る事はないわ、豊さん。帰りましょう。おなかを空かせているのでしょう」
豊は『喫茶オリエンタル・オルゴール』でのやり取りを瞬時に思い出した。
(蓮美さん、オレと食事をするのをなぜ嫌がるのだろうか……。恥ずかしいのかな?)
豊の友人の彼女は、交際の初め頃『食べているところを見られるのを非常に恥ずかしがっていた』と友人が話していた事があった。
訳はわからぬが、嫌われたくない一心で豊は蓮美の言う通りにした。
「わかりました。帰ろうね、蓮美さん」
「うん」
――――帰路の車中では、無口な蓮美。疲れたのかなと思い、蓮美に合わせ豊もあまり話し掛けないようにした。
すると途中から、キュ~ン、グルル――――。二人のおなかからハラペコ虫が鳴き出し、二人で大合唱。
豊はなんとも気恥ずかしい。しかし蓮美は豊との食事を拒む。
頬を染め、いたたまれない表情の蓮美がなんだか不憫に感じられ、大きめの音でカーラジオを流す豊。
しかし、蓮美は豊に後ろ頭を向ける感じで、助手席の窓側へとなるべく顔を向け時々モゾモゾする。おなかの音を出さないように気を付けているのかもしれない。
「蓮美さん、どうしましょう? お家の近くまでお送りしましょうか、もう夜になっちゃいましたし」
Z市に入った頃豊が優しく声を掛ける。
「いいえ、待ち合わせた喫茶店で良いです。あたしのお家、あそこから近いから」
(蓮美さん、確かバスで来たと言っていたよな……)と思い、心配になった豊だったが、ファーストデートで、しつこくそんな事を言うと、家の場所を知りたがっていると警戒されてはいけないと思い、仕方なしに蓮美に従う事にした。
ちなみに豊は、蓮美に教えてもらった住所の辺りの地理には疎かった。しかしカーナビがあるので送る事などたやすかったのだ。
*
喫茶オリエンタル・オルゴールの駐車場へ到着した。
豊はラジオの音量を絞った。
「蓮美さん……。今日はとても楽しかったです。またお逢い出来ますか」
その瞬間だ。
グ――――……!
凄く大きなおなかの音が蓮美からした。
「失礼します!」
蓮美は逃げるように慌てて車を降り、1つ目の角を曲がり姿を消した。
豊は不可思議な感覚を憶えながらも、やはり彼女の怖い程の誘引力に夢見心地となっている。
『おなかを空かせても食べない蓮美さん』に頭をひねりながらも、素晴らしい女性に出逢えた幸福感に満たされたままハンドルを握り、帰途を辿った。
――――豊は帰宅し、なんとなく携帯電話を取り出した。
見ると、蓮美から早速ROULメッセージが届いているではないか。
『豊さんへ 今日は、素敵な時間をありがとうございました。あたし、凄く嬉しかった。豊さんはどう感じられたかしら……。あたしは豊さんにまたお逢いしたいです』
空腹などそっちのけで思わずガッツポーズの豊。
リビングのソファーに腰掛け早速返信を送る。
『蓮美さん、嬉しいお言葉をありがとう。オレも……蓮美さんとのデートがとても楽しかったです。また早くお逢い出来たら嬉しいです』
本当はもっと情熱的な言葉を並べ立てたい。そこをグッと我慢だ。引かれてはいけないと豊は気を付けている。
蓮美からの返事は来ない。
#食
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