「…。」
ご主人様、ご主人様。起きてください。
どれくらい経っただろうか。耳元でアルベルトの声がした。
穏やかで優しい声…まるで王子と出会う前の夏の朝のような…。
「ん…アルベルト?」
重たい眉をゆっくりとあげる。毒の痛みはなく体が軽くなった気がする。真っ白な壁が見えないほどの広い空間で魔王と相打ちを喰らった私は周囲を見回した。
…あれ?アルベルトは?さっきのは空耳だったのかな?
そう思っていると突然後ろから何者かに体を拘束される。びっくりして勢いよく振り返ると
穏やかにほほ笑むサイラス王子の姿があった。
「王子…?」
「驚かせてしまったか…よく頑張ったな、ルナ。戦いはもう終わったぞ、お前のおかげで我々の望みはかなった。」
王子の声は真綿のように優しく、頭をなでる手はあたたかった。そこで私は、魔王との戦いでこらえていた涙腺が一気に緩むのを感じた。
「そうですか……そうでしたか。」
「ああ、本当によくやってくれた、なぁアルベルト。」
「はい。」
「!、アルベルト!」
いつからいたのか、サイラス王子の隣でアルベルトが涙を流す私を見てほほ笑む。
…そうか、もうみんな終わったんだ。
「久しぶり、アルベルト…ごめんね、突然お別れなんて言っちゃって…。」
「いいえ、構いませんよ。だって、これからはずっと貴方と一緒なんですから、コイツがいるのはちょっと癪に障りますけど。」
「あ?馬刺しにしてやろうか、身の程を弁えろ。」
「そういう貴様は消し炭にしてやろう、それでご主人様と俺が暖炉でまったりする際に消費してやる。」
「消されるのはお前の方だ、そういう偉そうな言葉遣いは俺のヴァルキリーに勝ってからに使うんだな。」
涙をぬぐう私の前で二人がそう言ってお互いを睨む。懐かしさをおぼえるそのやり取りにふっと小さく笑うと。
アルベルトがそんな私を見てはぁ、とため息をついた。
「もう、なに笑ってるんですかご主人様…
そんなに俺と魔王の言い合いが楽しいんですか?」
「あはは……えっ?」
「ど、どういうこと…え?アルベルト…さっきなんて?」
さきほどまでの和やかな雰囲気が突如、まがまがしいものに代わる。
自分の耳がしっかりと捉えた「俺と魔王」という声。はっきりと聞こえたアルベルトのその言葉は私の中で恐怖をはらんでいた。
アルベルトを戸惑いながらも見つめる私を二人は黙って見つめ返していた。突然訪れた静寂が私をされにおびえさせる。
「ね、ねぇ…なんていった?さっき、なんていった…?」
懸命に喉奥でひりだした小さな声でそうアルベルトに聞くと、アルベルトがサイラス王子に視線を移し。それを受け取ったサイラス王子が私にこう話しかけた。
「よし、ルナ、俺が説明しやろうな
…実はな、ルナは死んでいないんだ、ついでに言うと魔王もまだ倒されていない。」
「えっ…?でも私、魔法を…。」
「ああ、三つ唱えてたな。光魔法と、毒魔法と、時間魔法だったけ?あれらはどれも強力な魔法だったが
魔王には効かなかったんだ。
お前が魔王に唱えた時間魔法は
***敵の動きを3分間止めるのであって、***味方の動きは止めないだろう?
とってお前が 味方 だと認識していた魔王の俺 と ジャックに化けていたアルベルトには効かなかったというわけだ.」
「は…?」
私が愕然とするのを横目に今度はアルベルトが話し始める。
「よって、ご主人様が唱えた光魔法メテオリッズも、決められた範囲内の生物が死ぬまで攻撃が続くという効果を持っていましたが、我々が動けたことによりご主人様は毒を喰らっただけで死んでない、といわけです。」
「…。」
「ご主人様…大丈夫ですか?」
「さ、触らないで!!…な、なんでそんなことを!魔王を倒すために…私は…っ。」
信じられないことがスラスラと彼の口から出てきて、私は混乱し彼の手を振り払った。
「あ…貴方達は誰なの…!?貴方達は王子とアルベルトじゃなかったの…!?」
「コイツはアルベルトだぞ、俺は魔王だ
…本物のサイラス王子はすでに俺が殺した
お前のことを好いている様子だったからな
……ラバーズトーンを入れやがった時は焦ったが、胴体を切り裂いて俺のとくっつけてしまえばどうってないことに気づいた、アルベルトはルナが他の男を好きにならないように監視役として召喚した
…だが、しばらくたってコイツもお前のことを好きになってしまった
そこで俺がお前たちのもとにやってきてルナに俺を選ばせるよう迫ったというわけだ。」
「魔王様は殺す前のサイラス王子がご主人様に猛アピールしていたから簡単に落とせると思っていたんですよね?
それなのにご主人様がこれっぽっちも意識してなかったから焦って焦って…くくく、
ご主人様にお別れを言い渡されたときは悲しかったですが、
ジャックとかいうご主人様に近寄る醜いパラディンを殺して入れ替わり、魔王城でご主人様しか残さない状況を作ることを条件に
第二の夫として認めてもらえることになりました。」
「…じゃ、じゃあ……ユリアは…?」
「あぁ、あの女は俺の手のひらに転がされてただけの賢者だ
…初めて見たときに殺してしまおうと思っていたが、ルナの唯一の友人ということで見逃した。」
「にしても困りましたねぇ…まさかご主人様とあの女があんなにも強い絆で結ばれていたなんて
…あの様子ならまた我々を倒しに来るでしょう。」
「その際はお前が殺せ。」
「かしこまりました。」
「…。」
「?、ルナ…。」
…信じられない。嫌だ、そんなの嘘だ。
信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない、信じたくない!!
…何それ、それじゃあまるで
私が魔王によって作られた物語の中を歩かされてるみたいな…。
「いやぁぁあ!!」
私はそう叫んで逃げ出した、壁も見えないどこかも分からない真っ白な世界をはだしで駆け抜ける。
…もうどこでもいいからここから出させて、夢ならさめて!
そう思いながら必死に逃げると、突然目の前にサイラス王子が現れぼふっと抱きしめられる。
「ハハハ、どこへ行くつもりだ?」
「いやっ!離して!!魔法で焼き殺してやる…!
…いやっ!?」
必死にそう怒鳴るとアルベルトに髪をつかまれる。
「杖もないのにどうやって魔法を唱えるんですか?俺達から逃げようと必死になっちゃって…かわいい
いいですかご主人様、ご主人様にはこれから魔王の妻として魔物たちを統治していただきます
唯一の友達、ユリアをもう二度と俺たちのような脅威に触れさせないように
永遠に俺たちの領地に封印を貼るんですよ。」
「い、いやだ…そんなのいやぁ!」
「何がそんなに嫌なんだ?封印を貼るのは簡単だぞ?お前は部屋の中でずっといて、俺たちに愛されていればいいのだ
…それともなんだ?そんなにあの田舎町が恋しいのか?住民をみな殲滅して魔物の領地にしてやればお前を連れていけるんだがそうするか?
…二度と帰れると思うな、友人や家族が殺されたくなかったら俺たちの言うことを聞け。」
「…。」
この悪夢が覚めることはなかった。
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