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もうこの頃には、きっと抱える恐れが本音を押さえつけることができなくなっていたんだと思う。
そんな、中途半端な坪井の態度のせいも多少なりとも影響しただろう。
そして何より芯の通った真衣香の、坪井に向けられた好意。
(結果、逃げないどころか信じるとか言ったじゃんか、あいつ、俺のこと信じるって)
咲山の言葉を真正面から受けても、坪井の隣を並んで歩いた。
『信じる』と、迷いながらも言葉にしてくれた真衣香のことを、どうしようもなく愛おしく思った。そして。
どうしようもなく、怖いと感じた。
だから。
(焦って家に連れ込んだんだ)
そして、酷く傷つけて。何も悪くない真衣香の心を踏みにじってまで守った。守ってしまった。
また自分だけを、守ってしまった。
怖かったものは何だろう。
優位に立てない予感がする恋愛か?それともコントロールできない激情か。
どれも違う。
“好きに”なってしまったら大切にできない。
“好きに”なったら逃げ出してしまうんだろう。
だから、思いつく限り並べた真衣香を傷つける言葉。
(ああ、そっか、俺。 そうなのか)
『好きだ』と声にすることが怖かったんじゃない、きっと。
結果、コントロール下に置けない感情を、その存在を。”作ってしまう”かもしれないことに怯えてただけで。
ずっと、どうしようもなく恐ろしかったんだろう。
唯一、向き合いたくない自分と引き合わせる、逃げ道を塞ぐ存在が。
目を開けても、閉じても。何をしてても全てが、その存在に囚われているような感情が。
浮かんでは、いつまでも消えない愛おしい笑顔が。
(もうずっと、怖かったんだ)
“立花真衣香”のことが、怖かったんだ。
いつからだったのかは、わからない。
もしかしたら初めて声をかけたあの日からだったのかもしれない。
(……でも、いつからなんて、関係ないだろ)
もう傷つけてしまったんだから。
たどり着いた明確な答えに、静まり返る社内の風景が、空気が。
責めるように彼女の幻影を見せる。
(そうだよ、だからって何だ)
傷つけていい理由にならない。あの真っ直ぐな信頼を、無垢な笑顔を裏切っていい理由になんかならない。
自分本位に傷つけたこと、その仕打ちを思うと。どう懺悔しても、償い切れやしないだろう。
(……八木さんの存在に焦って、自覚する前に口走って動揺させて、ヤバすぎるだろ、俺。最悪すぎる)
傷つけた真衣香に、今できることって何だろう。そう考えて、どうしようもなく胸が痛んだ。
もう、傷付けたくない。
こんな身勝手な人間に振り回されて欲しくもない。
笑っていて欲しい。
なによりも綺麗なあの笑顔に、影を落とすものを許してはいけない。
(その”影”の、1番の理由は……俺か)