「いつ浮気されるか心配だったけど、意外とお前は一途だった。一応安心して付き合っていたものの、『俺に夢中ではないよな』っていつも不安に思ってた。……でも、俺たちはその関係がベストで、このまま結婚するべきなのかも……とも考えていた」
おい、色々失礼だな!
『いつ浮気されるか心配』とか、『意外と一途』とか……。
私が心の中で突っ込んだ時、昭人は悩ましげに溜め息をついて視線を落とす。
「……朱里は理想の女だけど、『学生時代の彼女と結婚してもいいのか』って何回も考えてた。『もしかしたら自分にはもっとピッタリの相手が見つかるかもしれない』って思うと、何だか勿体なくて……。分かるだろ? この気持ち。……一番の原因は、朱里が何を考えてるか分からなくて不安だったからだ。……だから、同僚が無理矢理合コンに誘ってきた時、『嫉妬してくれるかも』って思ったんだ」
……なんかこいつ、考え方が他責だな……。
それに彼女の気持ちが分からなくて、合コン行って嫉妬させる? ワケ分かんない。
加えて加代さん登場の流れになり、私は大きな溜め息をつく。
昭人は俯いたまま、私の顔を見ずボソボソと続ける。
「……加代はその時の俺が求めていたものを、すべてくれた。何かと『好き』と言って、甘えてくれた。彼女といると『この子は俺がいないと駄目なんだ』って思ってしまったんだ。……それがあいつのテクニックだと思うんだけど……」
私はもう一度大きな溜め息をつき、腕を組む。
「テクって何よ。……っていうか、私ってフラれたんじゃなくて、浮気されて捨てられたんじゃない。私と別れたあとに、合コンで相良さんと出会ったって聞いたけど、嘘ついたな? 順番が逆じゃない」
「ちっ、違うんだ! 同僚が無理矢理誘ってきて……、人数が足りないとかなんとか……」
「はい? 私が嫉妬するかもって思って参加を決めたんでしょ?」
強めに言うと、昭人はモゴモゴ言ったあと俯いて黙った。
「で? 相良さんと別れたあなたが、今さら私にどうしろと? よりを戻したいなんて言わないよね?」
ここまでくると、さすがの私も苛ついた声を出してしまう。
今まで昭人が何を考えていたのかは理解したけど、ハッキリ言って「で?」だ。それ以外の何でもない。
昭人はしばらく黙って俯いていたけど、顔を上げると思い詰めた表情で縋ってきた。
「やっぱり朱里が好きなんだ。朱里は浮ついてなくて信頼できる。調子のいい事を言わないから安心感があるんだ。加代は化粧を落としたらブスだし、胸も小さくて頭も悪い。所詮、合コンでお持ち帰りできるレベルの女だったんだ。不倫なんて、人間として終わってるだろ。若さと化粧で作った顔で、一時のスリルを味わって人生を壊す、頭の悪い女なんて関わっていたくない。……あんな低スペックの女、あと十年経てば、ただの厚化粧の若作りババアになり下がる。その点、朱里は美人だし胸も大きいし、自立してるし、頭もいいし……」
私は加代さんを悪く言って薄ら笑いを浮かべる昭人を、死んだ目で見ていた。
漫画で言えばハイライトが消えた目だ。
……ちょっと待て。突っ込み所が多すぎて考えがついていかない。
こいつ、ちょっと前まで加代さんを褒めてなかったっけ? なのに都合が悪くなると、掌を返して悪口ばっかり……。
……というか、そうだよ。こいつはこういう奴だった。
〝思い出した〟瞬間、こいつにされた数々の嫌な事が、当時の怒りと共に脳裏に蘇る。
(あー、駄目、駄目。無理)
まだ昭人がゴチャゴチャ言っているけど、私はバッグからお財布を出して千円札をテーブルの上に置き、立ち上がるとダウンジャケットを着た。
「朱里!」
昭人が焦った顔をして立ちあがるけれど、もう一分一秒でもこいつと同じ空気を吸いたくなかった。
「ごめん、もう無理。これ以上話を聞きたくない。千円出すからあとは宜しく」
そう言って私はカフェオレを一気飲みし、「ごちそうさまでした」と言ってカフェを出た。
頭の中は怒りと悲しみで一杯だ。
あれ以上昭人の話を聞いていれば、感情的になって大きな声を出し、店内の人に迷惑を掛けていただろう。
何も考えずにスタスタ歩いていたけれど、すぐに後ろから昭人が「朱里!」と私を呼び、バタバタと追いかけてきた。
「待ってくれよ! まだ話が終わってない」
グイッと腕を掴まれたけれど、私はその手を乱暴に振り払う。
「……っ、もうやめてよ!」
――もう駄目だ。
限界を感じた瞬間、両目からボロッと涙が零れてしまった。
その間も、今まで昭人に言われた嫌な言葉が蘇り、私の心をかき乱してくる。
「さっきから何なの? 自分が何を言ってるか分かってる? 私を捨てて相良さんを選んだくせに不倫してたから別れた? それでまた私と付き合いたい? 胸が大きくて見た目がいいから、連れて歩いて気分がいい? メイクで盛った女の子はまやかし? 学歴がそんなに大事? 気持ちよく褒めてもらったら、コロッと傾いたくせに? あと言っとくけど、三十代の女性がババアなら、十年後のあんたもジジイだよ!」
私が泣く姿を見た事がなかったからか、昭人は目を丸くして固まっている。