テラーノベル
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恐る恐る顔を上げると、そこには彼がいた。
逃げ道を塞ぐように立ちはだかり、鋭い眼差しが私をまっすぐに射抜いている。
「え、あの……な、なんでしょうか、私のような者に何か御用でも……」
「そんなに怯えないで。君を、セシリー・ド・ラ・ヴァリエールを迎えに来たんだ」
「え?」と間抜けな声を出す暇さえ与えられなかった。
彼の手が伸び、私の右手をガッシリと掴んだ。
指先ひとつ動かせない。
壊れ物を扱うような慎重さと、骨が軋むほどの強欲さが同居した、異常な力。
彼の指の熱が、私の冷え切った手首から全身へと伝染していく。
その瞬間──
私の脳内で、前世で読み込んだゲームの「没データ」の記憶が、濁流となってフラッシュバックした。
フィンセント・アステリア。
彼は攻略対象ですらない。ヒロインにすら目もくれない。
ただ一人、幼少期のあの日
迷子だった彼に気まぐれに声をかけた悪役令嬢セシリーに執着し
影から一生を捧げて監視し続ける……
救いようのない「残念なイケメンストーカー」という裏設定の持ち主。
(嘘でしょ……!? 王子たちの断罪さえ避ければいいと思ってたのに、まさか、ラスボス級の隠しヤンデレがこんなところに潜んでいたなんて……完全な誤算だわ!)
「……どこへ逃げるつもりだい、セシリー?」
フィンセントが、私の顔を覗き込むように距離を詰めてくる。
鼻先が触れそうな距離。
彼の琥珀色の瞳には、執着という名のどろりとした情熱が渦巻いていた。
逃げようと足掻くほどに、彼の腕の檻が私を追い詰めていく。
あまりの近さと、逃げ場のなさと
彼の放つ強烈な支配的オーラに、私の頬は林檎のように真っ赤に染まっていくのがわかった。
「は、離してください……っ! 誰かが見て……」
「それは無理な相談だね。君を私の檻へ連れて帰るために、わざわざ国を空けてきたんだから。もう、一秒だって離すつもりはないよ」
彼は慈しむような手つきで私の頬を撫で、ゾッとするほど美しい笑みを浮かべた。
「ど、どういう意味で……!」
「要するに……今ここで、君を攫いに来たってわけだ」
「はっ、はいぃっ?!」
返事をする間もなかった。
抵抗する間もなく、彼は私の体を軽々と
まるでお姫様抱っこのようにひょいっと持ち上げた。
ドレスの裾がふわりと舞い、会場中の貴族たちが絶句して私たちを見つめているのがわかる。
「ちょ、ちょっと!降ろしてください、恥ずかしい……っ!」
「可愛いけど、少し静かにしてね。でないと──手荒な真似をしないといけない」
その言葉を裏付けるように、彼の顔がさらに近づき、熱い吐息が唇を掠める。
あまりの強引さと色気に、私の思考は真っ白に弾けた。
完璧だったはずの、私の平穏な亡命計画。
それは最凶のストーカー国王の登場によって、文字通り木っ端微塵に砕け散ったのだった。
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