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 職場に着くとスマホをロッカーにしまって、仕事を始める。
 「あ、痛っ!」
 エプロンをつけようとして、あけて間もないピアスに引っ掛かってしまった。ポタリと一滴、血が落ちる。
 「あ、ちょっと、大丈夫?血が出てるよ、ほら」
 目の前に出された手には、無造作に握られたティッシュが何枚かあった。
 「ありがとうございます、まだちゃんと完治してなくて」
 誰が私に声をかけてくれたのだろうかと顔を上げたら、ショートカットの少し年上の女性がいた。名札を見る、田中…さん?
 「ほら、ティッシュならたくさんあるから」
 そう言うとボックスごと私にくれた。
 「あ、どうもありがとうございます、田中…さん」
 「美和子でいいわよ。私くらいの年になると、鼻水もヨダレもえらいこっちゃになることがあるから、ティッシュは箱で持ち歩いてるのよ。私は予備があるから、それ、あげる、作業台車に乗せといたら?色々便利よ」
 ちょっと見てあげるわね、と私の右耳を触る。
 「あー、これさぁ、化膿してるかも?腫れてるわ。一度、病院に行った方がいいかも?」
 そういえば少し痛んでいたことを思い出す。
 「おっはよー、あれ?駒井っち、どうした?」
 由香理がやってきた。
 「ピアスホールがちょっと…、あ、私、やります」
 床に一滴垂れた血液を、美和子が拭いていた。
 「もう大丈夫。こういうの、綺麗にしとかないとやかましい人がいるからね。自分だって血くらい垂らすだろうが!って言いたくなるけど」
 「ですよねー、女だとたいてい毎月、血垂らしてますよね」
 あははと笑い合う由香理と美和子につられて、私も笑ってしまった。ざわざわと声がして他の人たちも出勤してくる。
 「そうだ!これ、軽く貼っておくといいよ」
 美和子の手には、猫柄の傷テープがあった。
 「私が貼ってあげる、駒井っち、こっち向いて」
 由香理が私の耳たぶにテープを貼ってくれた。
 「二人とも、ありがとう」
 「「どういたしまして」」
 なんとなくただつまらない職場だと思っていたけど、いい人もいるんだと知った。私は今まで自分勝手に思い込んで、耳を塞いで目を逸らしていただけかもしれない。
その日は、由香理と美和子と3人で大きなリストを片付けた。いつもは個人でやる仕事ばかりを選んでいたけど、協力してやる仕事は達成感があった。
 「駒井さん、笑うと可愛いね。もっと笑いなよ」
 美和子はこんな私にも屈託なく話しかけてくれる。
 「沙智でいいです。美和子さん」
 「じゃあ、さっちゃん?ううん、由香理ちゃんが呼ぶみたいに駒井っちがいいかな?もっと笑うといいよ、笑う角には福来たるって言うしね」
 「うん、そうします」
 まるで転校初日にできた友達みたいで、それがうれしかった。
 昼休みになって、スマホを開いた。朝、翔馬に質問を投げかけたままだったことを思い出す。
 ___なんて返事してくれるかな?
 俺も好きだよとか?愛してるとか?ドキドキしながらスマホを開いた。翔馬からLINEが届いている。