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転校してきた殺し屋君第1章:偽物の日常
第1話:普通になりたい
深夜の廃倉庫。立ち込める硝煙と鉄錆の匂いを、少年の冷徹な声が切り裂いた。
「近所迷惑だろ、それ」
返答は、喉を切り裂く鋭い音だった。
「この、人殺しがあぁぁぁ……!」
最後の一人が崩れ落ちる。少年――黒咲雅樹(くろさき まさき)は、返り血を浴びたナイフを無造作に拭った。
「子供を売るような奴らに、言われたくないよ」 死体を見下ろす瞳に、感情の光はない。震える手でスマートフォンを取り出し、短く報告を入れる。 「任務、終わりました」 『……ご苦労様。報酬は口座に入れておく。』 ボスの乾いた声を聞き終えると、雅樹は夜の闇に溶けるようにその場を去った。
かつて。 千葉県柏市の高印派(たかいんぱ)中学校。 砂嵐のような風が吹き荒れる屋上で、一人の少年がこの世を去った。世間を騒がせたそのニュースは、まるで波にさらわれる砂の城のように、わずか二日で人々の記憶から消えた。だが、雅樹にとって、それは消せる記憶ではなかった。
「……注文を。たらこスパゲッティ、ペロネに変更。海苔をマシマシで」
翌年、四月一日。埼玉県春日部市のサイゼリヤ。 場違いな注文を受けた店員が、無言で奥の隠し部屋へと案内する。エレベーターを降りた先は、組織の地下本部だった。
「待たせたね、黒咲雅樹君」 ボスの部屋の重い扉が開く。 「また任務ですか。十四時間は昼寝するつもりだったのに」 「君は赤ん坊かい?」 軽口を叩きながらも、雅樹の心の中は凪いでいた。ボスは人の思考を読み取る「エスパー」のような男だ。隠し事は通じない。
「あの事件のことは知っているね。君の……恩人だった少年の自殺だ」 雅樹の眉間がわずかに動く。 「……知ってますよ」 「いじめも、不満も、家庭問題もなかった。それなのに、警察はわずか二日で捜査を打ち切った。この件には裏がある。……君の任務は二つだ」 ボスは指を二本立てた。 「一つ、学校に潜入し、彼を死に追いやった犯人を特定、暗殺すること。二つ……普通の中学生として過ごすこと」
雅樹――偽名・凪浩一(なぎ こういち)は、その足で準備に取り掛かった。 任務のパートナーとして、同じ組織の同期である黒蜜優具(広島玄白)と、剣術の達人・藤堂騎士華(水原智代梨)も動員される。保護者役には組織の幹部・佐江宮がつくことになった。 「一気に三人転校なんて、怪しまれませんか?」 「大丈夫だ」ボスは真顔で言った。「これはフィクションだ。プリキュアなんて一クラスに四人も転校してくるんだから、平気さ」 「……確かに」
千葉県柏市での、偽りの生活が始まった。 引っ越したマンションの一室で、浩一は一人、食卓につく。 目の前の肉料理を一口運ぶが、やはり鉄の味がした。殺し屋になって以来、返り血の記憶が味覚を蝕んでいる。肉は血の味がし、それ以外はスポンジのような無機質な味がする。 睡眠薬を飲まなければ、寝付くこともできない。
夢を見る。 幼い自分と、優しい姉の記憶。 『逃げて……』 血溜まりの中で叫ぶ姉の声に飛び起きる。五年間、ずっと見続けている悪夢だ。
翌朝、高印派中学校。 三人はそれぞれの教室に足を踏み入れた。
「凪浩一です。よろしくお願いします」 穏やかな少年の仮面を被り、浩一はクラスを見渡す。 その裏で、教室に漂うわずかな「殺気」を嗅ぎ取っていた。 (……必ず見つけ出して、お前を地獄に送る。覚悟しておけ)
その頃。 校舎の影で、何者かが通信機を手に囁いていた。 『……リーダー、彼らが接触しました』 『ええ。まずは強さを見ましょう。……あの自殺に加担した「クズ」を、最初の駒として使いなさい』
春の陽気とは裏腹に、学校の深淵で、新たな血の物語が幕を開けようとしていた。
(つづく)