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カイが去った翌日――
ハイネが資料室で本を整理していると、不意に背後から声がした。
「……今、少しお時間いいですか、師匠」
振り向けば、そこにはブルーノ。
整った制服、整った所作、整った微笑み。
でも、目だけが――妙に鋭かった。
「はい、何か用ですか?」
「いえ、少々、個人的なお話を。……少しだけ、お付き合いください」
そのまま連れてこられたのは、王宮のバルコニー。
白く冷たい風のなかで、ブルーノは静かに切り出した。
「……師匠。自分は貴方に、恩があります。知識を与えられ、視野を広げられ、救われた。何度も」
「……それは私の役目として当然のことで――」
「でも自分は、それだけで満足できなくなってしまった」
ハイネが言いかけたところを、彼は遮る。
「知識で勝てば満たされると思っていました。でも、違った。師匠が自分以外の誰かに微笑むたび、心がざわつく。論理的に説明できないほどに」
ふと、ブルーノの指先が震えているのに気づく。
「自分は理性の人間だと自負していました。けれど、先生のことになると――」
青い瞳が、ゆっくりとこちらを見据える。
「理性など、ただの枷でしかないと思えてしまう」
「……ブルーノ王子、貴方……」
「たとえば、父上。たとえば、兄弟。どれだけ優れていようと、自分には譲れません」
風が強く吹く。
ブルーノの髪が揺れ、ハイネのコートがひるがえる。
「師匠、 自分は貴方を尊敬しています。そして、愛しています。……この想いが滑稽でも、手にしたいと思ってしまった。……貴方を」
一歩、距離が近づく。
「誰にも渡したくない。……たとえ、自分が師匠にふさわしくなくとも」
目の奥が熱を帯びていた。
冷たい風のなか、ただ一人だけ熱を帯びている。
ハイネは――言葉を失っていた。
「……この話は、忘れてくださっても結構です。ですが」
ブルーノは一礼して、そのまま背を向ける。
「自分は、“譲る気はありません”。誰にも」
その姿が夜風に溶けていくまで、ハイネは動けなかった。