すっと私は目を閉じる。
耳を澄ませば私を探し回る先生の声が聞こえた。
私のことは放っておくくせに、授業は受けさせようとする。
金がもったいないといつも言う。
だけど、完全に私を捨てることはない。
昔の私は、それに期待して努力した。いつか認められると信じて。
ただ利用されるためだけに金をかけていたのに。
少しも気づいてなんかいなかった。
ぱちっと私は目を開くと、中庭から裏口を抜けて、裏山の小屋に向かって走った。
中庭から裏山までは遠いけど、そこまで走るくらいの価値はある。
「ライラ!」
久しぶりに声を出した気がする。こんなに明るい声を。
「アリア!!」
私の清潔で美しい服とは違い、年季が入っていて所々ちぎれ、それでもボロ布で補われている服を着ているのは、私の唯一の友達であるライラである。
元々は奴隷で、それでも奴隷使いから死ぬ気で逃げ出してきたライラは、昔使用人を閉じ込めるために使われていた山小屋に住んでいる。
無許可ではあったが、もう誰も近寄らない為ばれる事はなかった。
「食べ物を持ってきたよ」
「ありがとう…!」
少し申し訳なさそうに、だが嬉しそうに彼女は笑う。
「ライラ…?どうかした?」
私が聞くと、ライラは俯いたまま小さな声で答える。
「あの…あのね、いつもアリアに食べ物を持ってきてもらって、情けないなって思って…」
「ライラ…」
「すぐ、すぐに出ていくからね!仕事が見つかったらすぐに……」
ライラは笑ってそう言う。無邪気だけれど、それでも顔に恐れが見えた。
「ライラ。大丈夫だよ。出て行かないで。ライラは私の大切な友達なの。ライラがいなくなったら私、一人になっちゃうよ」
ぱちぱち、とライラは二度瞬きをする。
「じゃ、じゃあっ、私がずっとアリアの側にいるから!絶対、ぜーったい一人にさせないからね!」
嬉しそうにライラは笑う。
そして、私の持ってきたパンにかじりついた。
「美味しい?」
「うん!おいしい!」
ライラが5歳の時、お母さんが亡くなった。
お父さんは、お酒に呑まれて博打ばかりやるようになった。
借金まみれになった父親は、ライラを奴隷使いに売った。
それで手に入ったお金でまた博打をして、そしてまたお金を失った。
やがて全てを失った彼は、大雨で荒れた川に飛び込んで死んだ。
その時、私も母親からの愛を求め、そして諦めていた真っ最中だった。
死にたくなって、もう全てが嫌になって、それでも死ぬ勇気などなく、裏山を歩いていた。
そんな時、ライラに出会った。
ライラは身体中傷だらけで、泣いていた。 まるで鏡を見ているのかと思った。
苦しくて悲しくて、嫌になって逃げたくて、それでもどこに行けばいいのか分からなくて、終わってしまいたいと思った私の、そんな憐れな姿が映っているようだった。
「…ねぇ、アリア。知ってる?裏山の洞窟の中に、大きな机があるの」
「洞窟?」
こくり、と彼女は頷く。
「とっても大きくて、それで指輪があったんだよ。見て、これ」
彼女は自らのポケットから指輪を取り出す。
酷く聞き覚えのある特徴の指輪だった。
「…これ……どうして、ライラが…?」
「…あ、持ってきたら、だめ…だった…?」
私の表情を瞬時に読み取ったのか、ライラの顔が恐怖に染まる。
「あっ、ううん。お母様が探していたから」
私はすぐにライラに向かって笑いかける。
「ご、ごめんなさい!」
「どうして謝るの?お母様はもう他のがいいって言ってたからいいと思うよ」
そう言うと、安堵した表情で彼女は溜息を吐いた。
「そ、そっか」
「うん。これはもう、ライラの物だよ」
にこにこと無邪気に笑いながらライラは指輪を見る。
その指輪は、お母様が探していた『聖誕の指輪』というもので、世界に二つとない逸品だ。
お母様は人手が足りないと言って私にこの指輪の特徴、白く淡い聖なる光を放つということを覚えさせ、探させた。
だが、見つからなかった。
他のがいい、なんていうのは嘘で、お母様は今でも執念深く探している。
もしライラが持っていたのを見つかったりしたら、必ず激怒し、そしてライラを殺すだろう。 その前に、この指輪をこっそり持ち出して隠さなければ。
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