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結葉ゆいはは、出来れば、今後もここに住み続けなければいけない偉央いおに不利になるようなことは話したくないと思っていたから。


自分がまだ偉央いおに対してそういう気遣いが出来ることにほんの少し驚きつつ。


でも、とも思う。


どの道結葉ゆいはがこんな騒ぎを起こしてしまった以上、コンシェルジュの二人が偉央いおのことをフラットな目で見られなくなるであろうことは確かだったから。


偉央いおさん、ごめんね……)


心の中で謝らずにはいられなかった。




***




結葉ゆいはは斉藤から渡された制服のワンピースを身につけると、ジャケットを羽織りながら電話機に近付く。


深呼吸をして頭の中で自分が電話番号を記憶していて、いま現在唯一頼ることが出来る幼なじみの番号を慎重にひとつひとつ確かめるようにプッシュした。



『……もしもし?』


コール数回。

電話口から、いつも結葉ゆいはに語りかけてくる時より少しつっけんどんに聞こえるそうの声が聞こえてきて。

結葉ゆいはは安堵感から受話器を耳に当てたままその場にへたり込んだ。


すぐに声が出せなくて間が空いてしまったからだろう。


『あの――』


と、そう怪訝けげんそうな声を出して。


結葉ゆいはは震える声を必死に抑えながら「そう、ちゃん?」と呼び掛けた。



それと同時、電話の先で息を呑む気配が伝わってきて。


ゆい……?』


恐る恐ると言った風に結葉ゆいはの名を呼ぶ声がした。



「……んっ」


そうからの問い掛けにすぐにでも「そうだよ」って答えたいのにうまく言葉が紡げなくて。「うん」もマトモに言えなかった結葉ゆいはだ。


だけど、古い付き合いのそうにはそれだけで十分だったらしい。



結葉ゆいは! どうした!? 何かあったのか!?』


矢継ぎ早。

まくし立てるようにそうが言葉を投げ掛けてくる。

けれど、結葉ゆいははうまく声が出せなくて、電話口、涙ばかりがポロポロ溢れて。


こんなことじゃダメだと思うのに――。

伝えたいことはちゃんと言葉にしないとダメだと分かっているのに。


結葉ゆいはは受話器を握り締める手にグッと力を込めると、鼻をすすって次から次に流れ落ちる涙を止めようと頑張った。


そうして何とか嗚咽おえつまじり。


そうちゃ、助、けて」


と、絞り出すようにSOSを出した。


そう結葉ゆいはのその声に一瞬だけ押し黙ると、


『今、どこ?』


無駄なことは一切言わず、ただ一言そう問いかけてきて。


結葉ゆいははしゃくり上げながらも一生懸命、マンション一階の受け付けカウンター後ろにあるコンシェルジュルームにいる旨を伝えた。



***



そうとの電話を終えた結葉ゆいはは、入口の扉を薄ら開けて恐る恐る外の様子をうかがって。

ロビーに受付けの二人しかいないことを確認すると、ソロソロと外に出た。


コンシェルジュルームは受付けカウンターのすぐ後ろに位置していたから、結葉ゆいはが出てきた気配に、外の二人はすぐに気付いてくれて。

咄嗟のように二人して立ち上がると、結葉ゆいはの方に近付いてくる。


先ほど結葉ゆいはに親切にしてくれた斉藤と、もう一人『白木しらき』と言うネームプレートを付けた女性らに、結葉ゆいはは深々と頭を下げた。


「あの……すごく厚かましいお願いなんですが。この服、少しの間お借りしてもよろしいでしょうか」


そうには、着替えを持ってきて欲しいとか、そう言うことは一切言えなかった結葉ゆいはだ。


逃げ込んだ場所を伝えるので精一杯だったから。


まさかそうだって、結葉ゆいはがマトモな服を着ていない状態で逃げ出しているだなんて思ってはいないだろう。


いくら幼なじみとはいえ、そうの前でさっきの姿に逆戻りするのは、抵抗があった。


それでも、もし彼女らにダメだと言われたら潔く脱ごうと思っていたのだけれど――。


「もちろんです」


結葉ゆいはの泣き腫らした目元にチラリと視線を投げると、斉藤がすぐにそう言ってくれて。


「大丈夫よね?」


とすぐ横の白木にも同意を求めてくれる。


白木も「予備なので急がなくても大丈夫ですよ」とニコッと微笑むと、「……その、と連絡は取れましたか?」と言葉を選ぶようにして問い掛けてくる。


斉藤と何かを話したのかも知れないし、ただ単に結葉ゆいはの現状を見て色々おもんばかってくれただけかも知れない。


いずれにしても眼前の二人が、偉央いおのことを思い出させないよう気遣ってくれているのが分かって、その細やかな気遣いに結葉ゆいはは視界が涙で霞んでくるのを感じた。


「あ、の……実は」


そこでやっと。

結葉ゆいはは、以前このロビーで打ち合わせをしたことのある作業服姿の長身男性が迎えにきてくれることを伝えることが出来た。



「雪の日に来てらした、茶髪のツーブロックの彼ですよね?」


確認するように白木が問いかけてきて。

斉藤が「よく覚えてるわね」と感心したように吐息を落とす。


「だってかっこいい人だなぁって思ったから」


クスッと笑う白木に、「幼なじみなんです」と応えながら、結葉ゆいははほんの少しだけ緊張の糸がほぐれた気がした。



***



待ち人が来たら声を掛けますから、と二人に背中を押されてコンシェルジュルームに戻された結葉ゆいはは、このマンションに彼女たちがいてくれて良かった、と心底思った。


普通は常駐のコンシェルジュなんていないところの方が多いだろう。


偉央いおが、自分の勤務先への利便性はもちろんのこと、セキュリティなどの面からもここを住まいに選んでくれたことを、結葉ゆいはは初めて有難いなと思った。


今まで結葉ゆいはにとってこのタワーマンションは、エントランスとエレベーター、そして自分の住む階の内廊下と自宅の空間しか目に入っていなかった。


出入りのたび、コンシェルジュたちが「行ってらっしゃいませ」「お帰りなさいませ」と声を掛けてくれるから会釈だけは返していたけれど、そこに血の通った人間が座っているという感覚は皆無だったなと今更のように気が付いて。


こんな事態になって初めて彼女たちの温かさにハッとさせられるとか情けないなと思った結葉ゆいはだ。


自分がもっと広い視野を持って周りを見つめることが出来ていたならば、偉央いおとの夫婦生活もここまで破綻しなくても済んだのだろうか。



偉央いおさん……」


カサカサと音のするトートバッグを膝上に載せてギュッと抱きしめて。

結葉ゆいは偉央いお雪日ゆきはるを連れ帰ってきてくれた日のことに思いを馳せる。


偉央いお結葉ゆいはに対する愛情表現をことごとく間違えてはいたけれど、決して結葉ゆいはのことを大切に思ってくれていなかったわけではないと言うのは分かっているつもりだ。


だけど――。


結葉ゆいはにはもう、偉央いおの重すぎる愛情に応えられるだけの力が残されていなかったから。


「ごめんなさい、偉央いおさん。……少し落ち着いたらちゃんと……話し合いをしに戻るから。だから今だけは……逃げる私を許して?」


雪日ゆきはるのキャリーの上に無造作に突っ込んでおいたキッズ携帯を取り出すと、結葉ゆいはは真っ暗な画面を見つめながら。

偉央いおには決して聞こえるはずのない謝罪を口にした。

結婚相手を間違えました

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彼女達が味方ならいいんだけれど

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