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第七十四話 失くしたもの
公園の中は、夕方の静けさに包まれていた。
二人は、掲示板から見つけた紙を
何度も読み返していた。
『ここには、箱はない』
その下に続く言葉。
『でも、事故の日に失くしたものは残っている』
「……失くしたものって、何だろう」
彼女が紙を見つめる。
「分からない」
彼は答えながら、公園の中をゆっくり見回した。
時計台。
ベンチ。
街灯。
古い遊具。
どれも、事故の日の記憶と重なる。
けれど、肝心なものだけが思い出せない。
「もう少し探してみよう」
二人は別々の方向へ歩き始めた。
彼は時計台の周りを調べる。
何かを隠せそうな場所。
誰かが置きそうな場所。
そう考えながら探していると、
時計台の柱の裏側に、
小さな傷があることに気づいた。
円の中に一本の線。
また、あのマークだった。
「……ここにもある」
彼女を呼ぶ。
彼女が近づいてくる。
「同じだね」
「うん」
彼はマークの下を指でなぞった。
すると、指先に何かが触れた。
小さな紙だった。
折りたたまれて、柱の隙間に挟まっている。
彼女が慎重に取り出す。
「開いてみる?」
「うん」
紙を開く。
そこには、たった一行だけ書かれていた。
『失くしたものは、最初から君の手の中にある』
「……どういうこと?」
彼女が首を傾げる。
彼は黙った。
最初から手の中にある。
そう言われて、自然と自分の手を見る。
銀色のチャーム。
ずっと持っていたもの。
事故の後も、なぜか手放さなかったもの。
「……これ?」
彼がチャームを持ち上げる。
彼女もそれを見る。
「でも、チャームは失くしてないよね」
「うん」
「じゃあ、違うのかな」
彼はチャームを握りしめた。
その瞬間。
また記憶が浮かんだ。
雨の中。
誰かと向かい合っている。
その人が何かを自分の手に握らせる。
『これだけは持ってて』
「……」
『いつか、分かるから』
彼は目を見開いた。
以前にも見た記憶。
けれど、今回は少し違った。
相手の手。
自分の手。
その間にある、銀色のチャーム。
そして――
その人が、何かを言おうとしている。
「……待って」
彼は目を閉じた。
「もう少しで……」
しかし、そこで記憶が途切れた。
「大丈夫?」
彼女が声をかける。
「うん」
彼はゆっくり息を吐いた。
「やっぱり、このチャームは事故の日より前にもらったんだと思う」
「誰から?」
「……それが分からない」
彼女は少し考えたあと、紙を見つめた。
「『最初から君の手の中にある』って、
このチャームのことじゃない?」
「じゃあ、失くしたものって……」
二人とも黙った。
チャームではない。
もっと別のもの。
記憶。
約束。
誰かとの関係。
そして――
名前。
彼はその言葉を口にしようとして、やめた。
なぜか、胸の奥が苦しくなった。
「……名前、なのかな」
彼女が小さく言った。
彼は答えなかった。
ただ、否定することもできなかった。
そのとき。
スマホが震えた。
二人が同時に画面を見る。
知らない番号からのメッセージだった。
『正解に近づいてる』
続けて、もう一通。
『でも、まだ思い出してはいけない』
彼女の表情が固まる。
「……思い出してはいけない?」
さらにメッセージが届いた。
『事故の日に失くしたものを取り戻したら、全部つながる』
彼は画面を見つめた。
「全部……」
事故。
箱。
病院。
写真。
チャーム。
そして、名前を思い出せない誰か。
これまで別々だったものが、
一つにつながろうとしている。
けれど、その直後。
最後のメッセージが届いた。
『次に探す場所は、君が事故の直前に見た場所』
彼は画面を見たまま動けなかった。
「事故の直前……」
彼女が呟く。
彼の頭に、雨の景色が浮かぶ。
道路。
信号。
濡れた歩道。
そして――
遠くに見える、古い建物。
「……思い出した」
彼が小さく言った。
「何を?」
彼は顔を上げた。
「事故の直前、俺が見てた場所」
その場所だけは、今度こそはっきりしていた。
「行こう」
二人は公園をあとにした。
まだ、事故の日の記憶は完全には戻っていない。
けれど。
失くしたものが何なのか。
その答えは、少しずつ近づいていた。
コメント
1件
うわ、また新しいメッセージ…!「思い出してはいけない」って不気味だなあ。チャームの記憶フラグは回収しつつ、肝心の「失くしたもの」の正体にはまだ届かないもどかしさが巧い。クラリスさん、謎解きの間合いが絶妙ですね。最後のメッセージ二通でぐっと引き込まれました。次が気になる…!