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昼休み前の空気は、妙に乾いていた。誰もが何も言わないのに、視線だけが集まる。
蓮司が、いつものように教室へ入ってきたその瞬間から、ざわつきは始まっていた。
遥は、そのことに気づかないふりをしていた。
蓮司が横に座る。机の上に肘を置き、軽く口を開いた。
「……今日、機嫌悪い?」
遥は返さなかった。
その問いは、機嫌の良し悪しを測るものではなく、“今日、やるのかどうか”を確認する合図だった。
(やる……やるしかない)
遥は思う。
日下部のあの一言が、胸に刺さったままだった。
「……おまえ、泣いてた」
──あれは、どう見えていたのか。
どこまで、気づかれていたのか。
それとも、ただの独りよがりの罪悪感か──
いずれにせよ、遥はその「声」を忘れられなかった。
昼休み、蓮司の前で弁当の蓋を開けた時、手がわずかに震えていた。
それを自分で気づいた瞬間、涙腺がふいに刺激された。
泣いてはいない。
けれど、目の奥がじんと熱を持っていた。
「食えよ。育たねーぞ」
蓮司が笑いながら箸を渡してくる。
遥は一口も食べずに、ただ箸を握った。
「……なぁ、蓮司」
声を出すと、少しだけ震えていた。
「昨日……ありがとな」
蓮司は、少しだけ目を細めた。
教室の空気が、静かに変化する。
「……なにが?」
遥は、ごまかすように笑った。
目元は笑えていない。乾いて、赤みが差していた。
──泣いていたんじゃない。泣きかけていた。
けれど、それは教室中の“観客”には、ただの恋愛劇の一部に見えていた。
「おまえのこと、……ほんとに好きだから」
教室がざわめく。
蓮司は、音を立てない笑い方で、目を逸らした。
それが遥の「泣き顔」に気づいていた証であることを──
誰も知らなかった。
蓮司が手を伸ばして、遥の頭をぽんと撫でた。
教室がざわつく。
「はは、なにそれ。マジ恋人ムーブ?」
誰かが小さく笑ったのが聞こえた。
遥は、小さく笑い返した。
「……だって、恋人だろ? 俺たち」
わざと、教室中に聞こえるような声量だった。
蓮司がほんの一瞬だけ手を止める。
──あ、やりすぎたか?
そう思った時にはもう遅い。
遥はもう一歩、踏み込んでいた。
「……好きすぎて……馬鹿みたいだよな、俺……」
その言葉に、自分でぞわっと寒気が走った。
何を言ってるんだ俺、と頭のどこかで思っていた。
なのに──
笑った。
作り笑い。ひどく不自然で、ひどく歪んでいた。
(“信じさせなきゃ”──)
そんな義務感だけが、遥を動かしていた。
蓮司は、ほんの一拍置いてから笑った。
「……へぇ」
それは、嘲笑でも、同意でもない。
ただの“面白がり”のトーン。