この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません
※死ネタ注意
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佐久間side
真っ白な部屋の中で、真っ白なベッドの上に一人寝ている。身体を起こすと少しだけ背中と腰が痛い。まだ閉ざされたままだったカーテンを開けると、柔らかな陽射しが白い部屋を彩った
「眩し…」
目を細めて窓の外を眺める。いつもと変わらない景色に少し安心して、いつもより頼りない自分の足に不安を感じた。左腕についているチューブを目で追うともう点滴は終わろうとしていた
《佐久間さーん、おはようございまーす》
「あ、おはようございます!」
《点滴変えましょうねぇ》
もう数週間お世話になっている看護師さんに挨拶して、大人しく左腕を差し出す。小さな針を抜かれるのにももう慣れた。今日もまた何かの検査があるんだろうか
「…あのぉ、今日って」
《今日は何もないから外出の許可が出てる日ですよ》
「え、そーなんですか?」
《もー昨日彼女さん?が来るって喜んでたじゃない、早く着替えなさい!》
「そうだったかなぁ…」
ここ最近記憶力が低下しているのを感じる。脳に腫瘍が見つかってから既に2年ほど経っているから無理もないんだと思うけど、やっぱり記憶がないと言うのは不便だ。昔のことを最近のことだと錯覚してしまうような意識障害も最近よくあるような気もしている。そんなことを考えながら着替え終わると同時にノックの音が聞こえた
「どーぞー」
『…よかった、佐久間だ』
「お、阿部ちゃん」
『お邪魔しまぁす』
にこにこと屈託の無い笑みを浮かべて部屋に入ってきたのは俺の彼女の阿部ちゃん。仕事終わりとか休憩時間とかにほぼ毎日寄ってくれている。忙しいだろうし無理しなくて良いよって言っても、俺が会いたいだけだからと言って足しげく通ってくれる彼は天使か何かなんだろうか
『見てみて、これこの前くれたネックレス』
「わ、めちゃくちゃ良い!!ちょー似合ってる!」
『ふふ、ありがと』
何でもない日にサプライズであげた小さな宝石入りのネックレス。なんだったか忘れちゃったけど薄い緑色で良い感じの石言葉の宝石があったから衝動買いしちゃったんだよね。つけているところを生きている間に見られてほんとによかった
「俺外出許可出てるらしいんだけどさぁ、どっか行く?」
『そのつもりでおめかししてきたんじゃん。ほら行くよ!』
そっと差し出された手を握ると優しく握り返された。その手に引かれるまま部屋を後にして、何日かぶりの外の空気を大きく吸った
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カフェに入って近状報告。こんな季節なのに何故かアイスティーを頼んでしまったから、氷をからからと回して遊んでいると彼が口を開いた
『最近はどうなの?』
「やっぱ腫瘍は変わらずでかくなり続けてるらしー。ちょっとずつだけど」
『…そっか、』
「あと肝臓の数値も悪かったし血圧も結構高かったっけな」
『…うん、』
あぁもう、そんな顔しないで。頼むから、いつか来る終わりを間近に感じないでいて。自分以上に俺のことを大事に思ってくれる必要なんて無いんだから。そんな顔しかさせてやれない俺も俺でなんなんだ。自分で自分が嫌になる
「でも体感は元気、今こうやって出てこれてるし笑」
『そう…だよね、うん』
「阿部ちゃんはどうなの?」
『順調だよ、お陰様で元気に楽しくアイドルやらせてもらってる』
そう言って彼はにっこり笑った。この笑顔を守りたいと思った。俺が絶対に守ると決めていた。なのにこの様だ、自分のことに手一杯で何も守れやしない。カッコ悪いな、なんて思うけどそんなの今この場で考えることじゃないし目の前の阿部ちゃんの笑顔に応えるべき。せめて今だけでも、彼の笑顔の理由は俺がいい
「にゃは、良かったぁ。体調とかも大丈夫そ?」
『めちゃくちゃ元気だし、最近ちょっと筋トレ始めたの』
ほら見て、なんて言いながら腕まくりした彼の腕を見ると確かにちょっとだけ太くなってる気がした。俺が細くなってるから余計そう見えただけなのかもしんないけど
『そういや照とふっか籍入れたらしいよね、ふっかがいっわになっちゃう』
「あーなんかLINE来てたな。 “【速報】Snow Man 岩本照、深澤辰哉 入籍にファン大騒ぎ” ってこーじが送ってきてたやつっしょ?」
『それそれ。ファン(めめとかラウ)が黄色い歓声を浴びせてたわ笑』
俺がこんな身体じゃなければ俺らにもそういう未来があったのかな。彼らの報告に純粋に喜べない自分は、周りからどれほど醜く見えているだろうか
『…佐久間?』
「ん、何どしたー?」
『いや、なんか疲れさせちゃったかなって』
「えーなんでよ、むしろ阿部ちゃんに会えて元気になったくらいだけど」
『それならいいけど、』
無駄な心配はかけられない、かけちゃいけない。佐久間より大事な仕事なんかない!どうにでもなる!って言いきるような彼だけど、本当は色んな所に頭下げてまで俺のところに来てくれていることは知っている。これ以上迷惑なんてかけられない
「あ、そーいや俺1回家帰りたいんよね」
『暫く空けてたもんね、嫁に会いに行こっか笑』
「ん、そーする笑」
目的は嫁じゃなくて別にあったけれど、ここで阿部ちゃんにバレちゃ仕方がないから嘘を吐く。まあ嫁見たいってのもメインじゃないだけで間違ってはないし嘘未満か
「あ待って待って!」
『ん?なに』
「お会計、俺出すよ」
『え、いいよ入院費とか色々嵩んでるだろうし』
「いーから。ちょっとくらい彼氏面させてよ、笑」
『彼氏面、じゃなくて彼氏でしょ』
この時間が、この関係が永遠に続けば良いのに。叶わないことなんて十も承知のうえでそう願った。結局、俺はその後の1ヶ月でさえ、その命の灯火を燃やし続けることは出来なかった
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