この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません
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阿部side
佐久間の意識が戻らなくなってから1週間。そろそろ現実を受け止めなければいけないのに、俺は未だそれを出来ないでいた
「んでね、翔太がなぜか炭酸水振ってさ。ん、って舘さまに渡したのね」
静かな病室にやけに大きく聞こえるのはたった一人分だけの声。嬉しかった話に挟まる笑い声はもうないし、悔しかった話を静かに飾る相槌もない。面白かった話をするといつも返ってきていたあの満面の笑みを、彼はどこへ忘れてきてしまったんだろうか
「まあそりゃ噴き出すじゃん?んでその炭酸水なぜか照にかかって笑」
何の話しようと思って来たんだっけな。こんなつまんない話しに来た訳じゃなかったはずなのに、いざ彼を目の前にすると何を言っていいかわかんなくなる
「…炭酸水ぶっかけたらさぁ、佐久間も目覚ましてくれる?笑」
当然返答はない。ただ眠っているだけのように見える彼は依然としてそこにいるのに、うんともすんとも言わない彼は静かに佇む植物のようだった。目開けてたらうるさいくらいなのに、なんで目瞑っちゃったかな
「…また、来るね。そのときにはちゃんと目見て話そ」
そんな一方的な約束は果たされるはずもなかった
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目黒side
ある日の夜、佐久間くんの病室に駆け込んでまず見えたのは沢山のお医者さんだか看護師さんだかの隙間から、ベッドの横で泣きじゃくる阿部ちゃんの姿だった。その手の先を辿っていくと佐久間くんの手が握られているけれど、もう握り返されているようではなかった
『…阿部ちゃ』
「…めめ、」
掠れた声で俺の名前を呼んで、彼の瞳に俺が映ると再び彼は大粒の涙を目に溜めた。両手で手を握っても、どれだけ声をかけても、もう彼から反応は二度と返ってこない。ただひたすらに、阿部ちゃんから零れ落ちた悲しみが彼らの手に広がっていくだけだった
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「…ありがとね来てくれて、」
『んーん。俺も佐久間くんの最期、看取りたかったな』
「ギリギリ間に合わなかったもんね、笑」
泣き腫らした目を自販機で買ったペットボトルで冷やしながら彼は笑った。こんなときくらい、無理して笑わなくていいのに。泣きたいときは思いっきり泣いたらいいし、俺は絶対馬鹿にしたりしない
『無理、しないでね』
「ん、何が、?」
『…阿部ちゃんは優しいから』
「何急に、ありがとう?」
『…泣いてるの見られたくないなら、使ってくれていいし』
ぱちぱち、と彼は数回まばたきをして緩く口角を上げた。その口元が段々と歪んでいって、下唇をキツく噛み締める
『…誰も見てないから、大丈夫だよ』
「…ごめ、」
病院の廊下の端っこで、彼は声を圧し殺して俺の胸で泣いていた。彼の恋人がいる場所でこんなことをしていいのか、と迷ったけれど迷った末に優しく抱き締めた。佐久間くんの代わりになれるだなんて、そんなことは思っていないけれどきっと彼ならそうすると思ったから
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佐久間くんが昏睡状態に陥る前日、俺は一人で彼の病室を訪ねていた
《蓮って阿部ちゃんのこと好きっしょ?》
『えっ…』
《おっしゃビンゴ、でも俺の彼女だかんな?》
『いやそれはわかってるけど』
最初は嫌みかなって思った。でも彼がそんなダサいことするような男じゃないことなんて俺たちメンバーが一番よく知っている。俺の好きな人が愛した人なんだから、そんなろくでもないやつだなんて思いたくなかった、と言う私情も挟まっていたのかもしれない
《…俺もさ、阿部ちゃんのこと大好きなの》
『だろうね、知ってる』
《でもこんなんじゃん?笑 俺から会いに行くとか出来ないし、ここから出れないから面白い話とかも出来ないし》
『…うん』
《でも、好きって気持ちに偽りは全く無いから最期の最期まで阿部ちゃんのことは愛し抜きたいんだ》
『…やっぱかっこいいね、佐久間くんは』
《にゃは、そりゃそうよ阿部ちゃんの彼氏なんだから》
あと何年、何ヵ月、何日生きられるかわからないけれど、愛する人と通じ合った彼。それに対して、これからもきっと寿命まで生き続けるはずなのに、愛する人の眼中にもない自分。どちらが幸せなんだろうか。きっとどちらも幸せで不幸なんだろうけど、俺には判断できない
《でさ、そんなかっこいー俺から2つお願いがあんの》
『お願い…聞けるものなら』
《よっしゃ、じゃあ最初のお願いね》
ふっと笑顔が消えたかと思うと、彼の目付きが真剣なものに変わった。大事な話し合いとかのときによく見ていたこの視線が、俺一人に向けられるなんて考えてもいなかったな
《阿部ちゃんのことを、お願いします》
『…え、』
《…いや、正確に言うと、阿部ちゃんは絶対一人でも大丈夫な子だからほっといてくれてもいいんだけど》
『いやうん、そうだね』
《弱音吐くのがほんとに下手だから、俺の代わりに居場所になってあげて欲しい》
『…居場所』
《そう。話聞くだけでも、頭撫でたげるだけでも何でも良い。とにかく一緒に居てあげて欲しい》
そんなお願いをされるなんて思ってもいなかった。てっきり彼は、俺と阿部ちゃんが接触するのを嫌がるかと思っていたから。それと同時に、彼らしいなとも思った。自分のことよりも、彼の幸せを願えるような優しい人だから
『…わかりました。任せてください』
《そうこなくっちゃ!…こんなの蓮にしか頼めないからさ、よろしくね》
そう言って見せた笑顔は今までで一番柔らかくて寂しげで、儚かった。死の影がすぐそこまで来ているように見えるのに、それを拒むこと無く受け入れようとしている彼には勝てないなと思った
《あ、あともう一個のお願いなんだけどね》
『うん』
《もし俺がこの日までに死んじゃったらさ。阿部ちゃんに________》
『…わかった』
《頼んだ!》
丁度話し終わった頃に面会時間が終わった。ぶんぶんと細くなった腕を振り笑う彼は、思い残すこと無く全てを俺に託してくれたのだろうか。
《…あ、もしもし阿部ちゃーん?》
《うん、そうよ、声聞きたくなっただけ笑》
《…ん、うん。…にゃは、嬉しー、俺も大好き》
ねぇ佐久間くん、最期に対面で話したのは俺で良かったの?月明かりに照らされる横顔。それが俺が最後に見た彼の姿だった
コメント
3件
うわぁぁん、泣いていいですか❓
なんだろう…何を託したのかな??