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白布君の部屋は、彼の性格そのものだった。
無駄なものが一切なく、整理整頓された本棚には難解な参考書とバレーの雑誌が並んでいる。
カーテンの隙間から差し込む夏の強い光が、少しだけ息苦しい。
「……座れ。そこ。五分遅刻だ、効率悪いぞ」
彼は自分の勉強机の椅子を私に譲り、自分はベッドの端に腰掛けた。
……近い。机とベッドの距離が、学校の席よりもずっと近く感じる。
「ごめんってば! 迷っちゃったんだもん、白布君の家、似たような建物多いんだもん!」
「……言い訳はいい。ほら、昨日の間違えたとこ、解き直せ。……一問でもミスったら、今日のおやつはナシだ」
白布君はそう言って、私のノートをトントンと指で叩いた。
……スパルタだ。家に来ても、やっぱりライバルモード全開。
でも、ふと視線を上げると、机の隅に置いてある彼のペン立てに、ディズニーで買ったあのチャームが、大切そうに、でも目立たないように吊るされていた。
「……あ。白布君、付けてくれてるじゃん。塾の鞄には付けないって言ってたのに」
「…………っ! 見るな、集中しろっつっただろ!」
白布君は顔を真っ赤にして、バサッとノートでチャームを隠した。
その余裕のない仕草に、私は思わずニヤリとしてしまう。
「なーんだ、やっぱりお気に入りなんだ? 白布君、意外とロマンチスト……」
「……うるせーよ! お前がうるさいから、黙らせるために置いてるだけだ!」
彼はガタッと立ち上がると、私の背後から覆いかぶさるように手を伸ばし、無理やりペンを握らせた。
背中に彼の体温が伝わってくる。耳元で、彼の少し荒い呼吸が聞こえる。
「……奈々花。……お前、俺の部屋でそんなに余裕ぶっこいてていいのかよ」
「えっ……?」
「……ここ、俺しかいねーんだぞ。……勉強以外のこと、したくなっても知らねーからな」
低い、地を這うような声。
ライバルとしての厳しさが、一瞬で独占欲の塊へと変質する。
彼は私の肩に顎を乗せ、首筋に熱い吐息を吹きかけた。
「……百点取れよ。……取れたら、お前の好きなこと、何でもしてやるから」
それは、勉強へのモチベーションを上げるための「飴」なのか、それとも彼自身の「欲」なのか。
白布君の部屋という密室で、私たちの「一点差」の距離は、もう計測不能なほどにゼロに近づいていた。
窓の外でピカッと稲光が走り、少し遅れて重低音の雷鳴が響いた。
夏のゲリラ豪雨。叩きつけるような雨音が、白布君の部屋を外界から完全に切り離していく。
「……うわっ、すごい降ってきた。白布君、これ帰れるかな……」
私はペンを置き、不安げに窓の外を見つめた。
すると、背後で参考書をめくる音が止まり、ベッドの端に座っていた白布君がゆっくりと立ち上がった。
「……無理だろ。この雨量、視界も悪いし効率が悪すぎる。……止むまで待て」
彼は淡々と言いながら、私の隣に立って外を眺めた。
……近い。
部屋の中に満ちる、湿った空気と彼の洗剤の匂い。
「……止まなかったら、どうするの?」
「……どうもしねーよ。……泊まってくか? 予備の布団くらいはあるぞ」
冗談っぽく言ったつもりなんだろうけど、彼の声は少しだけ震えていて、視線は決して私と合わせようとしない。
「えっ……お泊まり!? それは、お父さんとかお母さんに怒られちゃうよ!」
「……親は今日、法事で居ねーよ。……だから、お前を呼んだんだろ、バカ」
……え?
今、なんて言った?
確信犯なの、白布君。
「……白布君、それって……」
「……勘違いすんな。……勉強の効率上げるために、移動時間を削る提案をしただけだ。……変なこと考えてんのは、お前の方だろ」
彼は顔を真っ赤にして、逃げるようにキッチンへ向かおうとした。
でも、私は彼のシャツの裾をギュッと掴んで引き止めた。
「……嘘。白布君、耳真っ赤だよ。……本当は、私と一緒にいたいだけでしょ?」
私が少しだけ意地悪く笑うと、白布君はピタッと動きを止めた。
沈黙。雨音だけが激しく響く室内。
彼はゆっくりと振り返ると、いつもの冷静な仮面をかなぐり捨てた、猛烈に熱い瞳で私を見つめた。
「……ああ、そうだよ。……悪いか。……お前が帰った後の部屋が、信じられないくらい非効率に寂しいんだよ。……責任、取れよ」
彼は私の手首を掴み、そのまま自分の胸元に引き寄せた。
ドクンドクンと、バレーで鍛えられた彼の心臓の音が、私の手のひらに伝わってくる。
「……雨、止むなよ。……このまま、お前を俺の計算の中に閉じ込めておきたいんだわ」
外の世界なんてどうでもよくなるような、独占欲の塊。
白布君の部屋で、私たちの「一点差」の関係は、もう一ミリの隙間もないほどに密着していた。
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