テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
146
956
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
結局、雨は深夜になっても激しさを増すばかりだった。
私は白布君から借りた、ぶかぶかのTシャツ(バレー部の遠征用らしい)に着替え、客間の布団に潜り込んでいた。
「……うう、心臓がうるさすぎて眠れない」
隣の部屋には、白布君がいる。
壁一枚隔てた向こう側に、あの冷徹で、でもたまに信じられないくらい熱い瞳をする彼が。
枕元のスマホが、短く震えた。
『起きてるか。効率悪いぞ、さっさと寝ろ』
白布君からのLINE。自分だって起きてるくせに。
私は反射的に、通話ボタンを押した。
「……もしもし。白布君も、起きてるじゃん」
『……っ、いきなりかけるな。……心臓に悪いだろ、バカ』
受話器越しに聞こえる彼の声は、いつもより低くて、耳元で囁かれているみたいに響く。
壁を隔てているはずなのに、すぐ隣に彼がいるような錯覚に陥る。
「……ねえ、白布君。今日、楽しかったね。勉強ばっかりだったけど」
『……ああ。……お前の解き方、相変わらず雑だけどな。……でも、お前が隣にいると、俺の計算が狂うのは……本当だ』
沈黙。スマホから聞こえるのは、彼の静かな呼吸音と、外の雨音だけ。
「……白布君。私、さっきお風呂上がりに、白布君の部屋のチャーム見たよ。……あんなに大事にしてくれてるなんて、思わなかった」
『……っ、見るなっつっただろ! ……あれは、お前の呪いみたいなもんだ。……外したら、お前に負ける気がするから付けてるだけだわ』
嘘。本当は、私との思い出を片時も離したくないだけでしょ。
私はクスクスと笑いながら、寝返りを打った。
「……白布君。……好きだよ」
『…………。……知ってる。……俺の方が、お前のこと計算不能なほど好きだからな。……責任、取れよ』
スマホ越しの告白。
直接会っている時よりも、ずっと素直で、ずっと重い独占欲。
「……明日、起きたら。……また一点差で、勝負しようね」
『……ああ。……お前が俺に追いつくまで、絶対に離してやんねーから。……おやすみ、奈々花』
通話が切れた後、私は彼の声を思い出しながら、温かい布団の中で目を閉じた。
「一点差」のライバルから始まった二人の物語は、この雨の夜を経て、もう後戻りできないほど深く、溶け合っていた。
夏休みが明け、校内にはペンキの匂いと段ボールを運ぶ活気が満ちていた。
私は担任に押し付けられる形で「文化祭実行委員」になり、放課後は連日、会議室に詰め詰め状態。
「……あー、もう! このシフト表、全然合わないんだけど!」
会議室の長机に突っ伏す私。
隣の席には、いつもの白布君……ではなく、他クラスの実行委員たちが忙しそうに動き回っている。
ふとスマホを見ると、白布君からのLINEが一件。
『放課後、図書室で待ってる。三分のロスだぞ』
……ごめん、白布君。今日は行けそうにない。
私は申し訳なさと焦燥感で、短い返信を打った。
『ごめん! 実行委員の仕事が終わらなくて。今日は先帰ってて!』
送信ボタンを押した直後、既読がつく。でも、返信は来ない。
……怒ってるかな。効率悪いって、また呆れられちゃうかな。
それから一時間後。
ようやく会議が一段落し、重い足取りで廊下に出ると、そこには壁に寄りかかって腕を組んでいる、不機嫌そうな白布君の姿があった。
「……白布君!? なんでここに……部活は?」
「……自主練。……お前がいつまで経っても来ねーから、様子見に来ただけだ。効率悪すぎだろ」
彼は私の顔を見るなり、低く、温度の低い声で言い放った。
でも、その瞳は怒りよりも、どこか寂しそうな……あるいは、焦っているような光を帯びていて。
「ごめんね、仕事が終わらなくて。……白布君、待っててくれたの?」
「……待ってねーよ。……ただ、お前がいないと、俺の集中力が二割は落ちるから、強制的に回収しに来ただけだ」
彼は私のカバンをひょいと奪い取ると、私の手首をガシッと掴んだ。
学校の廊下。まだ残っている生徒たちの視線。
でも、白布君はそんなの気にする様子もなく、私を引き寄せて、耳元で低く囁いた。
「……文化祭なんて、非効率なイベント。……さっさと終わらせろよ。……お前が他の奴と作業してる時間、俺にとっては一秒一秒が『一点差』以上の損失なんだわ」
独占欲。
文化祭というノイズの中で、白布君の「計算」は、ますます私一人の方へと偏り始めていた。