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かんな
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不穏な話というのは続くものだ。
ノアルから婚約の話を聞いた、次の日。
セインからアフタヌーンティのお誘いを受けた。
先んじて連絡があったのでディルクにも同席してもらった。
「イソトマの護衛は過保護だよね。金魚の糞みたいについてくる」
後ろに立って控えるディルクを、セインがニコニコと眺める。
セインが隣に座っているから、やけに近く感じる。
「セインは何の話なの?」
ここまでくると、婚約絡みなのは大体想像がつく。
セインは昔からアルシュタイン家との繋がりを欲しがっていた。仮にイソトマがルシアンに婚約破棄された場合、名乗り出てもおかしくない。
「セインは、ってことは、他に誰かと話したの?」
「……プライベートな質問には答えかねます」
目を逸らしたら、視線を追いかけられた。
「まぁ、折角のアフタヌーンティだし、紅茶を楽しみながら話そうよ」
セインがカップを傾ける。
促されて、イソトマも紅茶を含んだ。
(ミルクティ、美味しい。このミルクティみたいに美味しい話ならいいのに)
セインの表情からして、そうはいかなそうだ。
「俺はさ、ルシアンのほうが酷いと思うんだよ。婚約者がいるのに、恋人を作るなんて」
唐突にセインの話が始まった。
「リリーはルシアン様の恋人ではないでしょう」
間髪入れずにディルクが返す。
「君は黙っていてくれるかな。護衛騎士くん」
ディルクは一礼すると、半歩後ろに下がった。
「あんなの、恋人みたいなものだよ。学園内でも堂々とイチャついて、人目も憚らない。イソトマの視線すら気にしていないだろ」
「まぁ、そうだね。僕も気にしていないけど」
むしろ、見える所でやってくれと思っている、とは言えない。
「耐えるイソトマは偉いと思うよ」
「特に耐えてもいないけど」
むしろ、もっとやれと思っている、とも言えない。
「いっそ、イソトマのほうから婚約を破棄してやったらいいんじゃないかな?」
「僕から? 王子様に向かってそんなこと、できないよ」
さすがに王室を敵に回すようなやり方は、父親がしない。
「今の状態は、賠償ものだと思うんだ。ルシアンに百パーセント非がある」
「それは、まぁ」
非があるかないかと問われれば、イソトマに非はない。
「イソトマにその気があるなら、ローディス家が責任をもって仲介に入ってもいい」
「婚約破棄の仲介?」
セインが頷いた。
そういえば、ローディス家は弁護士が多い家系だった。当主が大きな投資に失敗して抱えた負債を、懸命に還している。それさえなければ充分、優秀な家柄だ。
「別にそこまでは……」
考えていない。何となく、なるようになるんだと思っていた。
「じゃぁ、イソトマはどうしたいの? このまま、愛人みたいな第二夫人枠に収まる? ルシアンからの婚約破棄を待つの?」
「それは……」
確かにセインの言う通り、待っている必要はないのかもしれない。
(ゲーム的にイソトマが捨てられるのはわかり切っているんだし、自分から破棄してもいいのかも)
何となく、セインの意見に気持ちが乗りかけた。
ちらりをディルクを窺う。小さく首を横に振っていた。
「もし、任せてもらえるなら、未来の花嫁のために頑張るよ」
「未来の? はぇ?」
セインが階段を何段も飛ばした発言をしてきた。
これは、あれだと思った。
金のためにアルシュタイン家と繋がりを持ちたいローディス家の策略だ。
「俺はもう何度もイソトマに気持ちを伝えているよね」
「そうだけど、それは」
お金のためでしょ、とは言いたくても言えない。
「皆が、最近のイソトマは丸くなった、優しくなったというけれど。俺は尖っている頃からイソトマが好きだよ。ずっと見てきたんだから」
セインには事あるごとに好きだと告げられた。
だから冗談だと思って流してきたけれど。
皆が煙たがっていた頃も、その態度は変わらなかった。
「昔も、今だって、俺はどんなイソトマも愛しているんだ。変わったから好き、なんていう浅い連中と一緒にされたくないね」
どきっと、胸がざわついた。
セインの告白がもし、本気だったら。どう返事をすればいいのだろう。
(今まで、相手にしてこなかったけど。もし本気だったら、ちゃんと返事をしないと失礼だ)
急に責任感が芽生え始めた。
(どうしよう。どうやって断ろう)
気まずい思いもしたくないが、それ以上に、セインはルシアンやノアルの従兄弟だ。下手な真似はできない。
「えっと、セインの気持ちは、嬉しいよ。でも、結婚となると、すぐには決められないし、僕一人の意見て訳にもいかないから」
「おじ様の許可をいただければ、俺と婚約してくれるかい?」
「それは……婚約は、他にも候補が」
「イソトマ様」
イソトマの言葉をディルクが遮った。
(危なかった。ノアルの話、しちゃうところだった)
「やっぱり、他にも候補がいるんだね。もう名乗りを上げ始めているのか」
セインが悔しそうに歯噛みした。
「そういうわけじゃないよ」
弱々しく反論するイソトマに、セインがニコリと笑いかけた。
「イソトマ、俺は諦める気はないよ。思い続けた期間が一番長い自負がある。誰より君を愛しているのは、俺だよ」
イソトマの手を握ると、自信満々にセインが言い切った。
手の甲に口付けられて、ぞわりと身の毛がよだつ。
(どうしよう。どんどん話が大きくなって、広がっていってる)
まだ婚約破棄すらしていないのに、次の縁談候補が舞い込んでくる。
非常事態だと、頭の中で警報が鳴っている。
(何とかしなくちゃ、なんとか……)
そうは思うが、咄嗟には頭が働かない。
「イソトマ、応えてくれるだろう」
イソトマの手を引いて、セインが身を寄せる。
いつもよりセインが近い。吐息が触れてしまいそうだ。
「まっ、ちょっ」
言葉にならず、体が強張る。イソトマの体を、ディルクが引っ張った。
「イソトマ様、次の茶会のお時間です」
「え? 次?」
「お急ぎください」
イソトマの腕を引いて立たせると、ディルクが歩き出した。
「待て、イソトマ!」
「セイン、ごめん。今度、ちゃんと返事をするから!」
ディルクに腕を引かれたまま、イソトマは部屋を出た。
「助かったよ、ありがとう、ディルク」
次のお茶会の約束なんかない。
ディルクの機転で、逃がしてくれた。
「いや、すまない。あれ以上は、俺が耐えられなかった」
「僕も、あれ以上は無理だよ。本当に良かったぁ」
大きく息を吐く。
ディルクがイソトマを眺めていた。
「それにしても、困った状態になってきちゃった」
「そうだな。放置すると、セインのような輩は増えそうだ」
「とっても、失礼だよね」
ルシアンとイソトマの婚約はまだ動いていない。
それなのに、破局を感じ取って次が舞い込む。
「出遅れれば不利だからな。どこも必死だろう」
ディルクの言う通りなのかもしれないけれど、狙われるほうは堪らない。
「ルシアンとちゃんと話したほうがいいのかな」
最近は、学園で会っても挨拶くらいで、話なんか久しくしていない。
「互いの気持ちは、話し合っておくべきかもしれないな」
ディルクがイソトマの頭を撫でる。
その手つきが、とても優しく感じた。
「うん、話してみるよ」
イソトマは、素直に頷いた。
この手の温もりがあれば、大丈夫な気がした。
コメント
1件
第15話、読ませていただきました。セインのしつこいくらいの告白、こっちまで息が詰まりそうでした…。イソトマが「どうやって断ろう」って必死に考える様子、すごくリアルで、胸がぎゅっとなりました。ディルクの機転で逃げられた場面は本当にホッとしましたね。ディルクの優しい手つきに、私も温かい気持ちになりました。イソトマがルシアンと話し合う決心をしたところ、これからの展開が気になります!