◻︎貴の過去
「おしえて、何があったの?昔」
抱きしめられていた腕が離れ、改めてソファに2人で座り直す。
「昔、大学生になった頃の話。俺には、仲良くしてるグループがあったんだ。男女で7人いた。高校の時からの親友と大学に入ってからの友達が集まって、いろんなことを一緒にして過ごした。バブルはとっくに弾けていたけど就職氷河期とか言われる前の頃。
大学生はやっぱり、遊ぶことが楽しくてね。バイトもしたけどそのお金で旅行とか、クリスマスイベントとか、誰かの誕生日とか何かの理由をつけてみんなで集まっては遊んでいた」
「楽しい時代だね。私は大学行ってないからわからないけど…」
「まぁ、そうだね。毎日何をして遊ぶかばかり考えていたような気がする。で、その中の女の子の1人をとても好きになったんだ。何回も一緒に過ごすうちに…あ、と言ってもみんなでだけどね…すごく好きになってどうしても恋人になりたくて、気持ちが抑えられなくなったんだ。でも、グループ内でそういうことがあると、他のメンバーも気を遣うからどうしようか悩んだ。あれくらいの年の男ってきっと、女が思うよりもっとギラギラと女を欲しがってる年代でさ。
日増しにその子を好きだと思う気持ちを、同じグループ内にいた高校からの親友に話したんだ、親友は男ね」
話を聞きながら、ギラギラと女を欲しがる貴の様子を想像してみたけど、ピンとこない。
「それで?親友はなんて言ってくれたの?」
「はじめはびっくりしてた、俺がそんなふうに誰かを好きになったと言ったことがなかったから。でも、応援するよって言ってくれて。それから何かと言っては、その子と仲良くなれるようにチャンスを作ってくれたんだ。で、グループ内でもなんとなくいい雰囲気でいられるようになってさ。けど、告白はできなかった、グループの中でそんなことはダメかなと思ってたから」
「他にカップルとかいなかったの?」
「もしかしたらいたのかもしれない、でもそんな気配はなかった、いや、俺が気づかなかっただけかな」
「それで?」
「でも、親友がさ、告白したらどうだ?って言ってきた。もうある程度みんなお前の気持ちに気付いてるから、告ってもうまくいくに決まってるって。あとから思い返したら、俺の態度があからさまだったみたいだ。今でいうストーカーに近いのかもしれない。もちろん、あんな風にしつこく追いかけ回したり家まで出かけて行ったりとかしてない。でも、なんとなく授業の席はできるだけ近くがよかったし、グループでの集まりでも、できるだけ近くにいたかった。今思えば、気持ち悪いよな?だったらさっさと告白して、彼女になってもらった方がいいかもしれないと、俺も思ったんだ、彼女の態度もまんざらでもない感じだったから」
「で、したんだ、告白」
「うん、親友がさ、メールにしなよって言ってきて。たしかに手紙よりいいかなって思って。当時はまだ携帯電話とか今みたいになかったから、パソコンのメールでね。その親友がその子のアドレス知ってるからって設定してくれて、内容も一緒に考えてくれた」
そこで、貴の言葉が止まった。
「どうしたの?」
「あ、ごめん、思い出したからちょっと…」
しばらく間が空く。
「…で、親友に言われるままに、熱烈な…あとから思えばこれも気味が悪いくらいの、文面を書いて、ポン!と親友が送信ボタンを押したんだ」
「それから?」
「次の日、大学に行って、返事を聞かせてもらうために朝からその場所で待ってたんだ。
オッケーでもダメでも、返事はちゃんと聞かせて欲しいとメールに書いていたからね。キャンパスの庭の隅に大きな欅の木があってそこに来てほしいって。俺は、きっとオッケーだと思って自信満々でそこにいたんだ。そして約束の時間より少し遅れてその子がやって来てーーごめんなさい、付き合えませんーーって言われた」
「振られちゃったんだ?」
「うん、結論はね。だけど…」
「だけど?」
「俺はその返事が信じられなくて、その子に詰め寄ったんだ、なんで?どうして?って。そしたら、ーー付き合ってる人がいるんですーーって。誰か教えてって言ったら、俺だよって、木の後ろから親友があらわれた。あんまりしつこくするなよ、俺の彼女にって言われて…」
「えっ!」
そこで貴が深いため息をついた。
「全部、最初からその親友が仕組んでたらしい。その子を好きになった俺の態度がすごく面白かったみたいでね、面白いというか、滑稽だったんだな、多分。その子もグルになってさ、俺のことをからかってたんだよ。そのうちグループメンバーみんなで俺のことを影で笑ってたみたいだ、後で知ったけど。
最悪だったのは、あのメールをグループ全員に送信してあったこと。おかげで俺はグループにいられなくなった…」
「ひどい、そんな人、親友なんかじゃないじゃん!」
「俺もそう思った、でもそれと同時に、誰かを好きなった俺は、周りから見たら滑稽でキモい男でみんなで笑ってしまうくらの男になってしまうんだとも思った。
普段なら見える周りのことも見えなくなってしまうくらいにね、一途と言えば聞こえがいいけど、そうじゃない、恋は盲目状態の一番ひどいヤツだな。そんなことがあってからは友達だと思ってたヤツのことも信じられなくなったし、当然、誰かを好きになるということも怖くなった、好きにならないようにしてた、もうあんなめにあいたくないから。
それからは、感情を持たない機械いじりが好きになって車やバイクが好きになってどんどん没頭していったんだ。
だけど、親には結婚しろと言われるし、仕方なく見合いした、どうせ断られると思ってたし」
「でも、断られなかったわけだ」
「そう。裕美が結婚を前提に、と返事してくれた時は、正直驚いた。条件は、ラブホでの清掃アルバイトをしばらく続けさせて欲しいって、それだけだったし。それにこんな俺でも許されてる気がして、ずっと甘えっぱなしだった……ごめん」
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