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兎束作哉
5,492
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#乙女ゲーム
結愛
40
ふわり、と。
高級ホテルのリネンを思わせる上品な香りが、鼻先をくすぐった。
「……ん?」
重たい|瞼を開けた私は、思わず瞬きを繰り返した。
(いつもの見慣れた木目の天井じゃない――!?)
白い漆喰の高い天井。
きらびやかなシャンデリア。
重厚な調度品。
映画に出てくるような、ため息が出るほど豪華な部屋。
少なくとも、壁の薄さが自慢の家賃六万円ワンルームではないことだけは一瞬で理解できた。
「……ここ、どこ?」
慌てて上半身を起こす。
さらり、とシルクのシーツが肌を滑った。
違和感に胸がざわつく。
恐る恐る部屋の隅に置かれた姿見へ近づく。
そして――
鏡に映った人物を見て、私は完全に固まった。
「……は?」
そこに映っていたのは――
艶やかな黒髪。
宝石のようなアメジスト色の瞳。
すっと通った鼻筋。
誰もが振り返るような、完璧すぎる顔立ち。
息を呑むほど美しい少年。
「……如月玲?」
見慣れたニ十五歳、ゲーム開発者の私の姿ではなかった。
「……夢?」
恐る恐る頬をつねる。
「痛いっ!!」
めちゃくちゃ痛い……夢じゃない!
私は、この顔をよく知っている。
見間違えるはずがない。
乙女ゲーム『恋する生徒会エグゼクティブ』(通称『恋エグ』)の高難易度攻略キャラクター。
誰にも心を開かない冷徹生徒会長、如月玲。
シナリオ会議で何度も台詞を書き直し――
イベントCGの構図に頭を抱え――
収録ボイスを聞いて涙ぐんだ――
情熱のすべてを注いで作り上げた、私の最高傑作だ。
「ええーーーっ!? 嘘でしょ!? これって……転生!?」
混乱のあまり、部屋の中をぐるぐると歩き回る。
「ここは普通、主人公の『サクラ』に転生するんじゃないの!? よりにもよって『玲』なんて……難易度高すぎるよ……。」
二十五歳の開発者オタク女子にとって、超ハイスペック男子高校生は荷が重すぎる。
途方に暮れる――。
しかし――ふと、あることに気付いた。
「…………あれ?」
ここが『恋エグ』の世界なら、私が作った愛してやまない攻略対象たちに……
「……生で会えるってこと?」
ダウナーでツンデレ、萌え要素をふんだんに詰め込んだ律――
男も女も落とす、美の化身絢――
純粋ピュアな大型犬の豪――
大人の余裕がセクシーな烈――
ヤンデレ裏ボス属性の冴――
私の愛(癖ともいう)をふんだんに込めた、攻略対象たちの姿が次々と浮かんでいく。
(神様――。私、どうなったのか分からないけど……)
前世の私は死んでしまったのだろうか? 分からない……。
けれど――それ以上に、推したち(我が子)に会えるという喜びの方が勝った。
「くよくよ考えたって仕方ないじゃん!! せっかくならこの世界を楽しんで、ついでにみんなをハッピーにしちゃおう!!」
(そうすれば、神様がボーナス特典で元の世界に帰してくれるかもしれないし!!)
非日常が、私をかなり楽観的にしていた。
「それによく考えてみて? 主人公やモブじゃなく攻略される側なんて……みんなを近くで見守れる特等席だよ!!」
思わずガッツポーズを決める。
「最高じゃんっ!!」
私は勢いよくクローゼットを開けた。
制服に袖を通し、ネクタイを締める。
鏡の中には、凛とした冷徹生徒会長。
だけど中身は、ただの開発者オタク女子だ。
「よーし! 今度こそ、この世界でみんなを幸せにしてみせる!!」
ゲームのシナリオは完璧に頭に入っている。
この世界では、誰一人不幸になんてさせない。
みんなをハッピーエンドに導いてみせる。
「推しの幸せは、私が守る!!」
リアル推し活、スタート!!
勢いよく部屋を飛び出す。
目指す先は学園最上階の生徒会室。
あの扉の向こうに、みんながいる。
画面越しに何百時間と見つめてきた彼らに――
今度は画面越しじゃなく、本当に会える。
「みんな待ってて――今、会いに行くから!」
胸が高鳴る。
自然と頬が緩む。
そして、重厚な扉の前で深呼吸を一つ。
「失礼しますっ!」
私は勢いよく扉を開けた――。
この時の私は、まだ知らない。
推したちを幸せにするために動き始めたはずなのに――
その全員から、バグレベルに溺愛される未来が待っていることを。
コメント
1件
わあ、第1話からすごく楽しかったです!転生先が主人公じゃなくて攻略対象の冷徹生徒会長ってところにまず驚きました。しかも中身はゲーム開発者のオタク女子っていうギャップが面白くて、思わず笑っちゃいました。 「推しの幸せは私が守る!!」って宣言するシーン、めっちゃ元気もらえました。私も推しの幸せを願う気持ち、すごくわかります。でもラストで「全員からバグレベルに溺愛される未来」って予告されて、もう続きが気になって仕方ないです!次の話が待ち遠しいです🌷