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「えっと、名前か……」
ゲームのように、適当に名付けるわけにもいかない。
俺は少し考えた。
彼女の容姿を見る。
お人形のように、可愛らしい顔立ち。どことなく、玉依に似ている。彼女の中で、一番目を引くのが、あのピンク色の髪と瞳だ。
「あっ、待って」
俺は廊下に出て、向かいにある和室へと向かう。祖父母が使っていた和室には、書架があり、そこに『色』の本があったはずだ。
俺は手早く目的の本を見つけると、それを畳の上で広げた。
目次を見て、赤色のページを捲る。
タタタタタ……
少女が後を着いてきた。
襖の手前で止まり、こちらの様子を伺っている。
「来て」
俺は優しく少女に呼びかける。
少し警戒したように眉間に皺を寄せ、体を強ばらせた少女だが、ゆっくりと、慎重に近づいてくる。
「見て、君の髪と目に近い色は……」
色と言っても様々な色があり、名前がある。特に、日本人は昔から色には深いこだわりがあったようだ。
赤と一言に言っても、『赤』『猩(しよう)々(じよう)緋(ひ)』『紅(くれない)』『深緋(こきひ)』『緋(ひ)色(いろ)』『赤丹(あかに)』など、僅かな濃淡によって呼び名が違う。
俺は少女の髪の色と、色見本を見比べた。俺の反対側に座った少女は、同じように色見本を覗き込む。
俺は赤色から、徐々に薄い赤色へと見ていく。
少女の指先が、一つの色を指し示した。
「これ、わたしとおなじ」
『朱華(はねず)色』、『唐棣色』とも書く。唐棣とは、ザクロの古名らしい。
「お、これは」
俺は色の説明文を見る。
天武天皇の時代、親王など一部の権力者のみが身につけていた色で、一般の者が使うことを禁じられた、『禁色』になったこともあるそうだ。
「高貴な色なんだな。確かに、髪の色はこれにそっくりだ。それじゃ、君の名前は、今日からこの色の名前を取って、『朱華(はねず)』だ」
「はねず?」
少女、朱華は自分を指し示す。
「そう、君の名前は、朱華だ」
「うん。わたし、はねず」
少女はコクコクと頷く。
改めて、俺は朱華を見つめる。
童話なやゲームなどで出てくるピクシーという可愛らしい妖精を想像すれば、それが一番近いかも知れない。羽は生えていないが、ピンク色の髪と瞳は、彼女の愛くるしさを際立たせている。
コスプレで髪をピンク色にしているが、その作り物の髪と、朱華の髪は全くと言って良いほど違っていた。艶やかで、花が生み出すような自然な色合いだ。
「とりあえず、着る物か……」
「きるもの?」
朱華は目をぱちくりさせて、俺を見上げる。
「これだよ」
俺は服を引っ張る。朱華は自分の体と、俺の体を交互に見ている。
全長一五センチほどの朱華。裸でいさせるわけにも行かないだろう。少女相手にやましいことなど考えないが、目のやり場に困ってしまうのも事実だ。
「きるもの? わたし、ふくきたい。はくほう、と、同じの」
はくほう、と呼ばれると、少しこそばゆい感じがする。
「だよな。でも、そのサイズの服なんてあったかな」
立ち上がると、同じように朱華も立ち上がる。
本を書架に戻した俺は、隣の奥座敷にある押し入れを開ける。
「……衣装ケースに、麒麟のお古があったはずだけど」
『きりん』と記された衣装ケースを開けてみる。
「やっぱり、こんなに小さな服はないよな。生まればかりの子供だって、朱華より遙かに大きいんだしな」
「ふく、ないのか?」
朱華が残念そうに呟く。
「ちょっと待って。もしかすると、麒麟の部屋にあるかな」
今はあんな麒麟でも、昔はよく咲と一緒に人形遊びをしていた。もしかすると、何処かに人形の服が残っているかも知れない。
早速、俺は二階へ行く。
「とっ、大丈夫か?」
階段の途中で、俺は振り返る。
朱華は、小さい体でジャンプをして、なんとか一段一段、階段を登っている。
「乗るか?」
俺は身を屈め、手を差し出す。
朱華は俺の手を見て、顔を見て、ニコリと微笑む。
「うん」
朱華の体は、見た目以上に軽かった。まるで、羽を乗せているかのようだ。
温かい。朱華から伝わってくる温もりは、確かに、この極小の幼女が存在していることを俺に示していた。
これは、夢でも錯覚でもない。紛れもない現実の出来事だ。
「どうかしたか?」
小さな口から発せられるのは、拙い言葉だ。
俺は「なんでもない」と答えると、麒麟の部屋へ向かった。