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蓮の守護霊がスウェットの裾からつま先をぴょこっと出したところで、インターフォンの音が寝室まで届いた。
その音に彼は飛び上がり、俺の守護霊の後ろに隠れるような体勢を取ったが、頼みの壁は月夜にぽわぽわと透けていて、盾にするには心許なさそうに見えた。
「ダ、ダテさんきた…?」
「うん、来てくれたよ。迎えに行ってくるから待ってて」
「どうしよう…俺、怒られるかな…」
「自分が蒔いた種なんだから、しっかり受け止めなね」
俺の守護霊はなかなかに手厳しいらしく、そう簡単には蓮の守護霊を許してくれないように思えた。
二人にはそのまま寝室で待っていてもらい、深夜にも関わらず足を運んでくれた来客とモニター越しに挨拶を交わす。
「こんな時間にほんとごめんね…」
「気にしないで」
「下まで迎えにいくから、ちょっと待ってて…」
「ありがとう」
エントランスまで降りると、深夜にも関わらずおしゃれな装いの舘様が、軽いステップを踏みながら待ってくれていた。
「舘様お待たせ、ほんとにほんとにごめんね、、ありがとう」
「今日は寒いね、体あっためたくて振りの練習してたくらいだよ。それより、彼が間に合ったみたいでよかった」
「うん?」
「ふふ、なんでもないよ。早速だけど、お邪魔していいかな?」
「あっ、そうだよね、ごめんね、さむいよね、どうぞ…」
「ぁははっ、そんなに気を遣わないで?連絡してって言ったのは俺なんだから」
「ありがとう…」
エレベーターに乗り込みながら、「俺はきっと、この先もずっと舘様に頭が上がらないだろうな」なんて考えた。
それくらいこの存在が、優しくて大きくて、温かかった。
家の中へ一歩足を踏み入れると、舘様は「うーん…」と小さく唸った。
それがどんな意味を含んだものであるかがいまいち分からなくて、不安になる。
奥の方から聞こえてくる蓮の声を辿って冷えた床の上を歩き、寝室のノブを回して中に入った。
俺の後に部屋に入った舘様は、手始めに室内を一周するように仰ぎ見た。
そしてその視線を、俺の守護霊の後ろで縮こまっている蓮の前で止めるとただ一言、
「あー、こんがらがっちゃってるね」
とだけ言った。
「えっ、こんがら…えっ…?蓮は…!?蓮は大丈夫なの?!」
「それは大丈夫。阿部も一緒に行く?」
「ど、どこに…?」
「目黒がいるところ」
「…ぁ、ぃ、行く、行くっ!行きたい!蓮に会いたい!」
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。てことで、君の主人、少しお借りするね?」
「ええ、よろしくお願いします。ここまでお世話になる予定ではなかったんですが…本当にすみません」
「気にしないで、君も阿部も俺にとってはどっちも大切だから」
舘様は当たり前のように俺の守護霊と会話をしていた。
やはり、あの予感は間違いではなかったのだ。
あの日、照とふっかの背後を見ながら誰かと会話をする舘様に抱いていた一つの疑問と予想に、やっと確信が持てた。
きっと舘様には霊感がある、そういった特別な能力を持っているのだと。
舘様は彼と二、三度言葉を交わすとこちらに向き直り、右手を俺の前に伸ばした。
「阿部、手貸してくれる?」
「あ、うん、どうぞ…」
「君もおいで?君がいないと始まらないからね」
「ぅ…」
蓮の守護霊は、舘様に手招きされると躊躇うように小さくどもった。
怯えているようなその様子に、誰よりも先に俺の守護霊が焦れてしまったようで、蓮の守護霊の背中を思い切り前に押し出した。
三人で輪を作るように手を繋いで、ベッドの上に座る。
これから何が起きるのだろう。不安が胸を駆け巡っては、自然と呼吸が浅くなる。
そんな俺を見て、舘様は寂しそうに笑った。
「俺が怖い?」
「あ、ううん…っ!舘様じゃなくて、蓮がいなくなっちゃったらって怖くて、落ち着かないの…」
「安心して、必ず連れて帰るから」
「ありがとう、やっぱり舘様はかっこいいね」
「どうかな、ただの変わり者だよ」
苦笑いをこぼしながらそれだけ言うと、舘様は目を瞑って大きく深呼吸をし始めた。
その様子をじっと見守っていると徐々に頭がぼんやりとしてきて、目の前がふらついていく。
ぐにゃっと歪む平衡感覚に抗えずにバランスを崩したような気がするが、不思議と体はゆったりとした動きをもってベッドに沈んでいく。
少しだけ開けることができた瞼の隙間から周りの様子を伺うと、そばには青白く光る俺の守護霊がいた。
俺が倒れる直前に、彼が何かしらの力を使って支えてくれたように思えた。
「…ぁ……」
「マスター、きっと、全てはうまくいきますよ」
物憂げなその顔は一つも笑っていないのに、どうしてか微笑んでいるようだった。
どこかでこの表情に会ったことがあるような気がしたけれど、結局なにも思い出せないまま視界は暗く閉ざされていった。
「阿部、阿部、起きて」
「ん…、ぁ……、」
「よかった。うまく行ったみたい」
優しく肩を揺すられる感覚で目を覚ますと、間近に舘様の綺麗な顔があった。
ゆっくりと起き上がって辺りを見回せば、あの夢の中にいると気付く。
「ここって…」
「心当たりあるみたいだいね」
「うん、ここ、俺がずっと来てた場所…、俺の夢…」
「ううん、ここは目黒の夢の中だよ」
「えっ…」
「目黒は彼に体を譲った後、ずっとここにいたみたい」
「それじゃあ…」
今まで見ていたあれはどうやら、自分のものでも、ましてや俺の 願望でも幻想でも無かった。
あの蓮は、幻なんかじゃなかった。
俺が焦がれ、追い求め、愛した蓮がここにいる。
嬉しさと恋しさが、堰を切ったように溢れ出した。
早く蓮に会いたいと逸る俺の気持ちとは裏腹に、舘様はゆったりと両手を後ろで組んでロイヤルに歩き始めた。
「阿部、ちょっと散歩しようか」
「えっ、う、うん…」
「早く会いたいって気持ちはちゃんと分かってる。でもちょっとだけ、俺の話に付き合ってくれる?」
「うん、もちろん」
舘様は星を見上げながら一歩、また一歩と、その長い足をすらっと交互に出して前に進んでいった。
「彼はきっと、阿部に自分のことを「守護霊」って言ったと思うんだ」
「うん、そう言ってた」
「大枠は合ってるけど、少し足りてない部分があるから、それを話しておきたいんだ」
「?」
「彼らは、阿部と目黒のもう一つの心なんだよ」
「………へ…?」
「裏と表、その二つは全く違うようでとても似ている。反対に、同じなようで全く違う」
「え、ぇ……え?」
「例えば、今ここで大きな火事が起こったとしたら、阿部はその中に入っていく?」
「…入らないかな」
「じゃあ、難しそうな数式がたくさん書かれた問題用紙が落ちていたら?」
「拾って解いてみるかな」
「それが彼らの役目なんだ。阿部の好きなことを助長しようと心の奥底から励ましてくれて、阿部の身に危険が迫れば何も言わずに守ってくれる」
「なるほど…」
「逆の場合もあるね。未知のものに挑戦してみたら意外と楽しかった、何故だか分からないけど避けてみたら辛い状況に陥らなかった。そういう時も、彼らが事前に阿部たちにとっての良い悪いを判断して、不自然に思われないように手助けしてくれてる」
「どうして前もって分かるの…?予知能力があるとか?」
「ふふ、そんな能力があるなら俺も使ってみたいな。それよりは全然現実めいてるよ。簡単に言うと、傾向だよ」
「傾向…?」
「阿部の好きなもの、欲しいもの、苦手なもの、怖いもの。そういうのをあの子たちはなんでも知ってる。だから、どんな時でも「阿部のため」を考えて、与えたり省いたりしてくれるんだよ。もう一人の阿部だから、なんでもお見通しってこと」
「…なんだか…SNSのおすすめ投稿みたいだね…」
「傷ついちゃうと思うから、それ、あの子に言わないであげてね?」
なんとか頭で理解しようとして出てきた浅い喩えに舘様は困ったように笑うと、「それから…」と先を続けた。
「あの子達は、普段の阿部たちとは全く違う性格を持ってることには気付いてる?」
「あ、うん、なんとなく…」
蓮の守護霊は、いつもの蓮とは全く違った。
接し方も、愛情表現も、全てが別の意思を持っているように思えた。
「彼らは言ってしまえば、阿部と目黒の裏の性格を具現化した存在なんだよ」
「え…」
「ショックだった?」
「あ、ぃや…ちょっと、、感想に困ってる…」
「ふふ、今起きてることは、目黒の裏にある気持ちが溢れかえっちゃったことが始まりだったの」
「蓮の中にも、あの子みたいな性格があるってこと…?」
「そういうこと。あの子が阿部に何を伝えてたかまでは流石に俺も分からないけど、きっと、目黒の心の中にもそういう思いが少なからずあったんじゃないかって、 俺はそんな気がしてるよ」
「蓮が…」
どうして気付けなかったのだろう。
あれほどまでの執着心を、蓮は何故一人で抱え込んだのだろう。
もし、俺を思って遠慮していたのだとしたら…。
悔しい。申し訳ない。
そればかりが胸を打った。
やるせなくてその場で立ち止まり俯いていると、舘様はどこかにいるはずの蓮を呼んでいた。
その声の先には、草原に寝転がっていた体を驚きのままに半分だけ起こした蓮がいた。
舘様は昼間と同じように優しく俺の背中を叩いて、前に押し出した。
「ちゃんと二人で話しておいで」
「うんっ、行ってきます!」
舘様の保護者のようなあの眼差しを背中いっぱいに感じながら、蓮がいる方へと駆け出した。
「っ!亮平!また会いにきてくれたの?今日は舘さんも一緒なんだね」
「…れん、、蓮…っ、ごめんね…っ」
「?どうしたの…?」
「気付けなくて、ごめん…っ、寂しくさせてたって、全然分かってあげられなくて…ほんとにごめんね……ッ、」
「泣かないで?笑って?俺は大丈夫だから」
「…ねぇ、教えて?蓮がしたいこと、蓮の本当の気持ち」
「…亮平…、…っ、ありがとう。でも、亮平がそばにいてくれたら、それだけで幸せだよ」
そう言って寂しそうに笑う蓮の顔を見た瞬間、荒波が岩を打つような感情が体中に沸き起こった。その激情に気付いた時にはもう 、声の限りに叫んでいた。
「隠さないでよ!!!」
ー俺、こんなに本気で怒れたんだ。今、少しびっくりしてる。
ー全部うまくいくって言ってくれたよね。
ー俺ね、これからもずっと、蓮と一緒にいたいの。
ーだから、俺の「全部」で蓮にぶつかっていかなきゃ。
ー君の激しさが今すごく必要なんだ。
ーだから、少しだけ力を貸して。
「全部見せてよ!!!あれくらいのことで俺が蓮を本気で嫌いになるとでも思ってるの!?!馬鹿にしないで!!確かに伝え方も求め方も下手だし、蓮のまっすぐさが眩しくて逸らしちゃってたことも沢山あった気がしてる。でも!!この手を取った瞬間から蓮しか見えてないことぐらい気付け!!!」
何もかもかなぐり捨てた。
恥も外聞も、体裁も、何もかも取り去って気持ちのままに声を張り上げた。
自分のその姿を俯瞰してみると、先程蓮の守護霊に向かって激昂していた俺の守護霊の姿と重なって見えて、ようやく舘様の話に実感が湧き始めた。
蓮は呆気に取られたように目を見開いていたが、突然一粒の涙をぽろっとこぼした。
ドラマや映画の中以外で蓮が泣いているところなんて今までに見たことがなくて、途端に焦ったような気持ちが湧き出してくる。
あたふたと腕ばかりを忙しく動かし、弱々しく蓮の顔を覗き込んだ。
先程の威勢の良さなど、もうすっかりどこかへ消え去ってしまっていた。
「ご、ごめ…言い過ぎた、ぁ、え、っと…蓮が思ってる以上に俺は蓮のこと好きだよってつたぇ…ぅわっ!?」
「亮平、ありがと…嬉しい…、っ、」
伝え終える前に言葉ごと包み込んでくれたその体を抱き締め返して、いつか蓮が俺にそうしてくれたように、何度もその背を摩った。
「亮平、好きだよ」
「うん、知ってる」
「一緒にいられるだけで、ほんとに幸せ」
「俺も」
「でも、たまに寂しくなる」
「うん」
「亮平が楽しくいられるならそれで十分ってちゃんと思ってるはずなのに、「もっと俺のこと見て」って気持ちが出てくるの」
「ごめんね、気付いてあげられなくて」
「ううん。亮平は悪くない。俺が弱かったから」
「そうやって抱え込まないで。なんでも言ってよ、爆発する前に。あんまり怖いのはちょっと困るけどね…?」
「ごめん…。俺亮平の全部が好き。だから今のままでもいいんだ。ずっと一緒にいたい、そばにいてくれる…?」
「ッはぁ〜…何言ってんの?」
「ぁ…ごめ…」
自信の無さそうなその態度に、呆れているのか苛立っているのかどっちつかずのため息が思わず漏れると、蓮は怯えたように肩を窄めた。
何をおかしなことを言っているんだと、あの頃のような自信を取り戻せと、そんな気持ちを込めて蓮の目を真っ直ぐに見る。
「そのつもりしかないよ。蓮が飽きたって離れてなんてあげない」
そう伝えると、蓮の目から星のようにきらきらと光る雫が溢れた。
「飽きるわけない…っ、俺、生まれ変わっても絶対亮平を好きになる、ッ、ずっとずっとすき…っ、ぁ“ぁ“っ…」
蓮の涙声が、寄せ合った頭を伝って振動しては柔らかく体内に響いていく。
背中の上擦りを繰り返し宥めていると、しばらくして蓮はようやく落ち着いてくれたようで、ゆっくりとぐちゃぐちゃになったその顔を見せてくれた。
それは先程までとは違って心からの笑みを湛えてくれていたが、安心したのも束の間のことで、 それはすぐに落ち込んだように伏せられてしまった。
「はぁ…今日の夢は今までで一番都合良いな…」
「ん?」
「だって、亮平がなんでも言ってって言ってくれた。こんな風に言って欲しいって俺の願望が強くなり過ぎてんのかなって思ったらさ…」
なるほど…。という一言が脳裏に浮かぶ。
蓮は今ここにいる俺を、自分が見せている幻だと思っているらしい。
それに関しては、俺自身も先程までそう思い込んでいたので分からなくもないが…。
俺という存在をどのように伝えようかと迷っていると、 後ろから優雅な声が聞こえてきた。
「ちゃんと話せたみたいだね」
「舘様!お待たせしました…っ」
「そんなに待ってないよ。そろそろ帰ろうか」
「うん!」
「えっ…帰るって、、え…?」
「あ、目黒に説明してなかったね。二人で迎えに来たんだよ」
「はい…?」
「阿部が目黒に会いたいって言うから、現実の世界から連れて来ちゃった」
「………はっ!?ぁ、ぇ、ぅえ!?じゃ、じゃあ、、今ここにいる亮平は、、」
「もちろん本物の阿部だよ」
「え、どうしよう、全然わかんない……ってか待って、ってことはさっきの会話全部…」
「よかったね、阿部に伝えられて」
「マジすか……ぅぁぁ…カッコわる……」
「そんなことない、もっと蓮のこと好きになったよ?」
「亮平…!好き…っ…!」
「分かり合えた途端だね。そういうのは帰ってからやろうねー」
「「すみません…」」
俺も蓮も二人して溢れた気持ちをそのままに口に出せば、楽しそうに笑う舘様に嗜められる。
舘様は蓮の背後に回ると、その背中を三回叩いて小さな声で何かを唱えていた。
不思議な力を使う時のおまじないだろうかと、その様子を興味深く観察していると突如蓮の体が力を失ったようにガクンと崩れた。
何が起こっているのか全く飲み込めていない混乱した頭で、辛うじて蓮を支えて呼びかける。
「蓮!?大丈夫!?ねぇ、ちょ…だ、だてさま…!」
「大丈夫。…さん、に…いち………」
舘様は穏やかな調子でカウントを取る。
その声が「ゼロ」を告げた瞬間、舘様が叩いた場所から透き通ったシルエットがゆっくりと出てきて、蓮の体が二つに分かれた。
夜空に浮かんだ星を透過するその体は、驚いたようにあたりをキョロキョロと見回し、その目に舘様の姿を捉えると、未だぐったりとした状態の蓮の後ろにその身をさっと隠した。
「ふふ、そんなに怖がらないで?祓ったりしないから」
「ダテさん、ごめんね…いっぱい睨んで…あの時必死だったんだ、マスターの役に立ちたいんだから邪魔しないでって…」
「気にしてないよ。…ほら、目黒起きて?」
最近の蓮が頻繁に舘様の方を見ていたのは、そういう気持ちがあったからだったのかと、やっと合点がいった。
舘様が蓮の背中をもう一度叩くと、蓮の体はピクッと反応して徐々に自分で立てるくらいの力を取り戻していった。
「ん…あれ……寝てた…?」
「!!マスター!マスターっ!!」
「え、あ、いつかに会った俺だ。どうしたの、てか、体はもう借りとかなくていいの?」
「マスター、俺なりに頑張ってみたんだけど、失敗しちゃった…。ごめんね…」
「あ、そうだったの。でも大丈夫だよ」
「?」
「俺ね、どんな亮平も好き、どんな時でも幸せ。それにね、ちゃんと伝えてって亮平が言ってくれたんだ。だからもう寂しくないよ。お前は失敗なんかしてない。頑張ってくれてありがとね」
「…そっか、俺のマスターは相変わらず優しすぎるね」
「んははっ、それが俺なんだよ。寂しがりで独り占めしたがりなお前もいて、真反対な俺たちだけど、それで一個の「俺」なんだよ」
蓮とその守護霊が睦まじく会話するのを眺めていると、舘様は俺だけに聞こえる声で言った。
「表と裏、二つの目黒が重なってこんがらがっちゃってたんだ。糸が絡まってほどけなくなっちゃったみたいにね」
「蓮はもう大丈夫なの?元に戻れたの?」
「うん。元通りの綺麗な二本の糸に分かれて、それぞれの先に繋がってるよ」
「良かったぁ…っ」
「二人とも愛されてるねぇ」
「…ん?」
舘様が思い浮かべる「二人」とは誰のことか分からず首を傾げても、それだけは教えてくれなかった。
「さ、そろそろ帰るよ」
「あ、うん、蓮ー、帰るって!」
「うん!お前も一緒に帰るでしょ?」
「…ううん、俺はここにいる」
「なんで」
「マスター」
「ん?」
「俺、いつでもマスターのそばにいるからね」
「…ぁ、、。…ふはっ、うん、気付くの遅くなったけど、ずっとそうだった気がしてるよ。ありがとね、いつでも守って助けてくれて」
「!!っうんッ!!!」
「じゃあまたね」
蓮の守護霊に全員で手を振り、その場でまた輪を作った。
この世界に入り込んだ時と同じように三人で手を繋いでいると、また意識がふわふわと舞い上がっていく。
それを手放す直前に空を見上げれば、深く青い空に一筋の流れ星がきらっと光った。
「…べ…ぁべ……起きて…」
温かく気品のある声に呼ばれ、水面に浮かんだようにゆらゆらと漂う意識が次第にはっきりとしてくる。
閉じていた瞼をゆっくりと開いていけば、視界いっぱいに広がる星々は無く、見慣れた天井だけが少し上の方で独特の模様を描いていた。
「だてさま…?」
「おはよう、いい夢は見られた?」
「うん、とっても幸せな夢だったよ」
あたりを見回してみても、家中を探し回ってみても、もうどこにも俺の守護霊の姿は見えなかった。
あれから結構な時間が経っていたのか、あたりはすっかり明るくなっていた。
寝室の中に差し込む陽の光がやけに高いことにはっとして、サイドボードに置いてある時計を鷲掴みにすると、そこにはデジタル調のフォントで「10:56」と刻まれていた。
「うっそ!?え!?そんなに寝てた!?蓮っ、蓮!蓮ってば!起きて!!!遅刻しちゃう!!」
「んぁ…りょ、へ……あとごふん…」
「今だけは一秒だって無理だって…っ!!」
「あーべ?」
「はいッ!!?!?!!?」
「落ち着いて?今日は昼過ぎに事務所に集合して、次に出すアルバムのこと話し合って終わり、でしょ?」
「………ぁ…そうでした…」
日付の感覚を失っていたことに加えて、こんなに遅い時間まで寝ていたことが本当に久しぶりだったのでついつい取り乱したが、舘様に今日の予定を教えてもらったことでようやっと頭が落ち着き始める。
スマホにメモしているスケジュールにも、その通りのことだけが書かれていた。
ついでにアプリ内で共有している蓮のそれも確認したが、偶然にも俺たちの今日の仕事はそれきりだった。
冷静さを取り戻した頭で再度蓮を揺り起こしにかかりながら、はてと首を傾げた。
舘様はどうして俺たちのスケジュールを知っているのだろうか、と。
疑問のままにそれを投げかけると、舘様は悪戯が成功した子供のように笑った。
「次の満月の夜気を付けて言ったのは俺だよ?阿部からきっと連絡が来ることも、目黒を連れて帰るのに時間がかかるだろうことも、次の日の二人の予定も自分の予定も、ここから事務所に直行するだろうなってことも全部、予測と把握済みです。二人のスケジュールはマネージャーに聞いておきました、ふふ」
その得意げな表情と、深夜にしてはやけにバッチリ決め込んでいるなと思っていた服装とを見ては、この先もずっと舘様について行きますと思わないではいられなかった。
彼らが所属する事務所の一室では、先程まで入念な打ち合わせが行われていた。
それは三時間ほど経過した後で大体の着地点に辿り着き、つい今しがたピンと張り詰めていた空気がやっと砕けたところだった。
充足感に溢れたため息をそれぞれが思い思いに吐いていく中で、宮舘も一人小さなため息を漏らしていた。
それは他の八人の中で誰よりも、達成感と安堵の色に満ちていた。
一難を乗り越えた阿部と目黒の穏やかな表情を宮舘は離れた場所から見守っていたが、何かを感じたのか突然室内の端の方へと移動した。
自身の目にのみ映るその半透明な存在を宮舘がにこやかに見つめていると、それは一礼ののちに声を発した。
「お世話になりました」
「あの夜ぶりだね」
「…なんのことでしょう?」
「雷が鳴った夜、俺の幼馴染と、俺と同じ江戸川出身の子のよしみで差し出した命が無駄にならなくて良かったよ」
「……覚えていましたか。月の力が当てにならないこともあるものですね」
「ふふ、俺の場合はそういうの、跳ね除けちゃうのかもね」
「いつから気付いていたんですか?」
「んー、最初からかな。あいつが犯人だってことはあの世界に迷い込んでからすぐに気付いたけど、なんだか頑張ってるみたいだったから情が湧いたのかな。あえて黙ってたのは、あの二人には内緒にしておいてね?」
「あなたが彼の正体について何も言及しなかったことも、時に庇ってくれていたことについても、本当に感謝しています。彼が死んでしまっては本末転倒でしたから」
「今はあれだけ仲良くなってくれたし、結果オーライかな」
「言い訳がましいかとは思いますが、僕のマスターの願いを叶えるためには、あなたの死がどうしても必要でした。すみません」
「君は優しいね。全然苦しくなくて、なんならとっても綺麗に殺してくれた。あれは俺の理想の死に方と言ってもいいくらいだったよ」
「目的のためとはいえ、僕たちの存在を容認してくれる方を手にかけることは気が引けただけです。ただそれだけです」
「それが心で、優しさなんだよ。君たちにもちゃんとそれがある。だから俺は大切にしたいと思うんだ。君だけじゃなくて、この世にある全ての強い想いを」
「これが僕の心ですか……」
「これからもあの子を大切にしてあげてね。阿部の一番の友達でいてくれてありがとうね」
「ええ、もちろんです。僕のマスターは世界一ですから。彼が生まれたその瞬間から、僕は彼を守り、その願いを叶えるためだけに生きているんです。これからもずっと、あなたが仰るその「想い」は変わりません」
「よっぽど好きなんだね。阿部のお姫様気質は、君あってのことなのかもね。でも、少しは恋人のことも構ってあげてね?じゃないとあの子、また暴走しちゃうかもよ?」
「…そこまで見抜かれていましたか。参りましたね、生憎そういったことは苦手で」
「ふふ、君のそういうところは阿部そっくりだね」
物憂げに淡々と言葉を紡ぐその半透明な存在は、「ご助言ありがとうございます。マスターのためにも、それに従ってみることにします」と最後に残し、その姿を虚空に溶かして消えていった。
「ぁははっ、可愛い。あの子が惚れ込むわけだ」
不思議なことに、周囲には誰もいないというのに一人快活に笑う宮舘を、僅かでも訝しむ者はいなかった。
白一色に染まった空間は物質的なものは何も無く、ただ二つの存在だけがある。
一方は腕を組むと怒気を孕んだ声で、自身の前に背を丸めて座る者を問いただした。
「それで?なんでこんなことしたの?」
「マスターの心が壊れそうだったから、、です…」
「あとは?」
「リョウヘイがそのタイミングでどっかに消えちゃったから寂しかった…です…」
「それは聞いた。僕が聞きたいのはそこじゃない。僕たちは裏の存在だってことくらいは分かってるでしょう?」
「はい…」
「表である僕らのマスターたちにも僕らにも、それぞれの世界がある。裏と表はとても近いところにあるけれど、決して交わってはいけない。この平行線は絶対に重ね合わせてはならない。どうしてそれが守れなかったの」
「…はい…」
「ミヤダテさんが来てくれなかったらどうするつもりだったの。戻せないって気付いてたくせに、それを無視して僕のマスターにあんなに傷を付けて、彼もあのまま戻れなかったらどうなってたか。考えもなしに勝手に動いて、一歩間違えればミヤダテさんに祓われてた可能性だってあった。どうして分からなかったの、なんで想像できなかったの」
「…すみません…」
「おかげでマスターに僕の存在が知られちゃった。「死んでもいい」なんてマスターが言うもんだから咄嗟に前に出たけど、どうしてくれるの。せっかく、うまいことあの日の記憶を消せたと思ってたのに」
「…でも、マスターが俺たちのこと見てくれたの、すごく嬉しくなかった…?」
「そ、それは今は置いといてっ…!今重要なのはそこじゃ無い!!」
「あ、やっぱり嬉しいんだ。…いいなぁ、アベちゃんは、、リョウヘイからたくさん愛されてる…いいな、羨ましいな…リョウヘイは俺よりもアベちゃんの方が好きなんだろうな…どうしたらリョウヘイは俺だけ見てくれるんだろう…この真っ白い俺たちの家に閉じ込めたらいいのかな…いっそ何もかも全部奪えたら…ぁぁぁぁ…リョウヘイ、好き、好き、好き…大好き…俺だけがいい…俺だけ見てよ……」
丸まった背中が余計に内側に折り込まれていっては一人でに飛躍していく言葉に辟易するように、腕を組んでいた者は後頭部を思い切り掻いて「っだぁああッ!」と声の限りに叫んだ。
頭に当てていた手でダンゴムシのようになったその背を無理やり起こし、晒け出された胸ぐらを思い切り掴んで、わなわなと震えているその唇を強引に塞いだ。
「んぅ!?リョ、ヘ…んむ、っ…ま、」
「、ふ、は…ぁ、黙って、…んぁ…っ」
しばしの交わりの後、離された口元に二つの切なげなため息が重なる。
甘い余韻がただ純白なだけの空間に溶け切ると、「リョウヘイ」と呼ばれていたその存在は、その場に座り込んで呆けたままの者へ背を向け、彼をちらと振り返る。
「僕のマスターと比べたって意味が無いってなんで分かんないの。そういう「好き」は……、っ、レンにしかあげてないつもりなんだけど」
「レン」と呼ばれた者は、無愛想なその言葉を聞き取ると大きく飛び上がり、すかさずその声の主にしがみついた。
「〜っ!!リョウヘイっ!!!!!好き!好きっ!!もう一回言って!今、俺が一番好きで愛してて俺しか見てないって言ってくれたよね!?ね!?そうでしょ?!?!」
「そこまで言ってない!!!苦しいから離れてよ…っ!くっ…!」
「あはぁ…リョウヘイが俺を一番好きだって、、えへぇ、、」
「んぐ…ぅっ、!、はぁ…びくともしない…。…もうなんとでも好きに思えば。別に間違ってはないし…」
「リョーヘっ、俺も好き、だぁいすきっ」
「……はいはい。ったく、どの口が言ってるんだか。……体を繋げた相手が僕のマスターじゃなかったら、殺してるところだったよ」
「ん?なぁに?」
「なんでもないッ!!バカ!!!」
「ひどい!!好き!!!!」
「うるさい!!!!!!!!!!!!」
メンバー全員で三時間ほど、アルバムに収録する楽曲についての打ち合わせをしたところで今日は解散になった。
今日の予定はこれでおしまいだということに、少し安心する。
長く眠っていたせいか、体が少し重怠いような、シャキッとした気持ちに切り替えられないような、そんな感覚があったのだ。
「蓮、体平気?」
そんな気の抜けた俺の状態に気付いていてくれたのか、亮平は声をかけてくれた。
「うん、大丈夫だよ」と伝えたが、それでも亮平は「心配だから一緒に帰る」と言ってくれた。
その優しさが嬉しくて思わず抱き締めると、腕の中から「…ッい…」と堪えるような亮平の小さな声が聞こえてくる。
体を離して「どうしたの?」と尋ねてみるが、亮平は「なんでもないよ」と微笑むだけだった。
タクシーに揺られること三十分、あっという間に俺の家まで到着し、冷たい夜風から逃げるように早々と二人で家の中に入った。
「はぁぁぁ〜…寒かった…」
「ほんとだね、、暖房っ、暖房つけよ」
「うぅぅ…ありがたい…部屋の中あったまるの時間かかりそうだね…」
肩を縮こませながら、暖房の風が部屋の中に充満するのを待つ。
ところが、設定温度を上げてみても、風量を最強にしてみても、エアコンからは起動したてのしょぼくれた音のみが聞こえてくるばかりで困ってしまう。
思い通りにならないこともあるよなぁ、なんて独りごちていると突然背中が暖かくなった。
温もりの先に首を回すと、後ろから抱き締めてくれている亮平の鼻筋と伏せられた瞼の先にある綺麗なまつ毛が見えた。
「亮平?」
「あったかい?」
「うん、すっごく。それに幸せ」
「ならよかった、んふふ」
亮平が俺に触れてくれてとても嬉しいと感じる反面、今かなり動揺していることに気付かれはしまいかと焦る。
気のせいかもしれないが、どうしてか亮平がとても可愛い。
いや、前からずっと可愛いのだが、今日の亮平はその比でないのだ。
「蓮、なんか、緊張してる?」
「へっ?!い、いや、、そんなことないと思う…けど…」
「ほんと?でも…」
臍のあたりからつぅっと沿うように昇ってくる亮平の指にじっくりと体を撫でられたかと思うと、それは胸の真ん中で止まる。
全身がぞくぞくと麻痺するような感覚に陥って、思わず「は、ぁ…っ、」と熱を帯びた吐息が漏れ出してしまう。
「ここ、すごく忙しそう」
「ぁ…っ、りょ、りょうへ…っ…」
「蓮、こっち向いて?顔見たい」
違う。可愛いだけじゃない。
なんだろう、すごく、すごく………。
「りょうへ…ぃ、あ、あの…」
熱っぽい瞳で見上げられては、戸惑ったような情けない声が出る。
「…ねぇ、キスして…?」
強請るようなその甘い響きに眩暈がする。
おずおずと艶やかなそれに触れれば、少しの間があってから亮平の唇がその中へ誘い込むように開いていく。
許されるままに深いところで絡ませ合えば、「ん…ふ、ぁッ…」と漏れる亮平の切なげな吐息が舌をなぞる。
静かな部屋の中に、蠱惑的な水音だけが響く。
先程まであれだけ寒いと感じていたというのに、今はもう、エアコンの微風さえ暑い。
籠った熱を吐き出したくなって、亮平が募らせた情が欲しくなって、「……いい?」と恐る恐る乞うと、亮平は「全部ちょうだい」と甘く囁いてから俺の耳たぶを柔く噛んだ。
駆け込むように二人で寝室に入り、身に纏うものを脱がせ合う。
手探りで見つけた間接照明のスイッチを入れると、室内がほんのりと明るくなる。
暖かいオレンジ色の光を受けて、亮平の肌が露わになる。
その隅々にまで口付けようと顔を近づけた瞬間、その肢体中にくっきりと刻まれた毒々しい紫に目を奪われた。
胸、首筋、肩、腕、腿の付け根、体の至る所にその痕は濃く残っていて、その中でも一際、うなじと背中のものが酷かった。
痛々しいその痣が、心を抉る。
「亮平…これ……俺が…」
「いいの」
「よくない…全然よくないよ…っ、ごめん、ごめんっ…」
「これも蓮の「想い」だったんでしょ?だからいいの」
「傷つけたくないんだよ…っ、ごめん…、ごめんね、ッ…」
「否定しないであげて、あの子のこと」
身に覚えがないとしても、俺がやったことに変わりはないだろう。
亮平が許してくれていても、自分で自分が許せなくて、息が詰まって苦しくなる。
同時に、そんな俺にかけてくれた亮平の言葉にどうしようもなく救われたと感じてしまう。
きっと、亮平の言う通りなんだと思う。
俺を無条件で一番に考えてくれるあの子を否定することは、きっと、俺自身を咎めて拒絶することと同じで、だからこそ、亮平は赦してくれている。
俺を、そして、もう一人の「俺」を。
湿った目元に残る雫を腕で拭い、もう一度亮平に向き直る。
時折しゃくりあげては上擦る肩と胸には気付いていないふりをして、何度も亮平のその痣に口付けた。
気休めにしかならないとしても、それでも触れさせてほしかった。
内側で悲鳴をあげているそこに一つ一つ唇をそっと当てると、亮平はくすぐったそうに笑う。
無理はしていなさそうなその様子に安心するのに、その深い優しさにまた泣きたくなる。
ごめん、ごめんね、と心の中で何度も唱えながらその傷にキスしては、早く癒えるようにと舌を這わせた。
その内に、亮平の声にもどかしげなため息が混ざっていく。
胸に残る噛み痕に吸い付いていると、突然亮平は俺の顔を両手で包んで引き寄せた。
「もう…っ、はやくっ…!」
「…え…ぁ…」
「れん、きて…ほしぃ…っ…」
悩ましげに寄せられた眉と、潤みきった瞳、羞恥に染まる真っ赤な顔。
その全部が目の前にあって、たまらなくなる。
今すぐに奪いたくなる。
でもそれだけじゃなくて。
俺の全てが昂っていた。
今までこんな風に、全身で求められたことがなかった。
慎ましくて奥ゆかしい。
これまでの亮平との行為で感じていたその印象は、今、どこかにその影を潜ませてしまっている。
本当にいいのだろうか。
夢みたいだ。
不満があったわけじゃないけれど、今のようにこうやって強請られてみたいと思ったことが幾度もあった。
だが、いざそれが叶った瞬間、途端に足がすくむ。
正直、今抱えきれずにいる興奮やら欲望やら、そういった衝動を全て亮平にぶつけようものなら、確実に壊してしまうと、そんな確固たる予感があった。
理性と本能の狭間でどちらを優先すべきかと、必死に頭を働かせる。
しかし、亮平は待ってくれなかった。
「れん、さみしい、ちゅーして…?」
追い討ちをかけるかのような極上のわがままを一身に受けては、いとも簡単にそれに煽られて、目の前で俺を待ってくれている亮平の唇を激しく貪った。
「ん、っふぁ…ぁ、んぅ…れ、ん…すき…」
「ごめ…とまれない…、っは、ぁ…っ」
「とめないで…っん、んむッ…ぅ…」
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情事の後に残る気怠さと満ち足りた多幸感の波に揺られながら、亮平の形の良い頭を何度も撫でる。
亮平はシーツの皺を指でなぞっては、うつ伏せたまま足をぱたぱたと動かして、眠そうに目をゆっくりとしばたかせていた。
その可愛らしい仕草を愛おしく眺めつつ、先程から気になっていたことを尋ねてみようと、まずは当たり障りのないものを選んだ。
「眠い?」
「うん、、ねむい…」
「寝てもいんだよ…?」
「んーん、まだねたくないの、、」
「……亮平、あ、あのさ…」
「ん〜?」
寝落ちる寸前なのだろう、いつも以上にまろやかなその声に心臓を鷲掴みにされたような心地だった。
「今日、その…すごい、積極的…?いや、、違うな…」
「ん〜?なぁに?」
「お、怒んないでね…、…その…すごい…えっちだったな…って、、なんかあったの…かなって……」
そこまで言葉にすると、亮平の体がぴくっと動く。
眠気が覚めてしまったのか、緩慢だった瞳の動きは今、忙しく右往左往していた。
その口元がもごもごと何かを言いたげに動いているのに気付いて耳を寄せると、その口からぽそぽそとした声が微かに聞こえてきた。
「…俺から求めると蓮が喜んでくれるって気付いちゃったから……っ」
本当に小さな声だったが、確かに聞こえた。
言葉では言い表せないくらいの強い嬉しさが全身を駆け巡っていく。
ようやく鎮まった熱がぶり返していくのを感じて、有頂天のままに亮平の首に抱き着いて叫んだ。
「亮平っ!もう一回シたい!」
「しない!今日はもうしないっ!!」
「今日は?!明日ならいいってこと!?」
「調子乗んなばかっ!!!」
湯気が出そうなほどに真っ赤になった亮平に叩かれた後頭部が、いつまでも甘く痺れていた。
冷気に透き通った夜空の下を、蓮と手を繋ぎながら歩く。
やっと巡り会えた俺も蓮もオフの日に、蓮は俺をここに連れてきてくれた。
数日前に見たあの世界よりかはいくらか小さく見えるが、その銀色の輝きは都会で見るそれよりも遥かに大きく瞬いていた。
「いつか連れて行きたいって思ってたんだ」と言ってはにかむその頬は、ほのかに色づいていた。
小高い展望台の上にあるベンチに二人で座りながら、空を見上げる。
「そういえば、俺の夢の中で会ってた亮平って、本物の亮平だったんだよね」
「そうだよ。毎日会いたくて、早く寝たいってそればっかり考えてた」
「ふは、うれしい。でも、その間にももう一人の俺がいたのに、なんでそんな風に思ってくれてたの?」
「んー…、、なんとなく、」
「ん?」
「なんとなく、今俺の目の前にいるのは蓮じゃないって気がしてたような気がするの」
「え、気付いてたの…?」
「ううん、流石にそこまでは分からなかったよ。蓮にもあの子みたいな一面があったんだって飲み込もうとしてたところで、急に状況がころころ変わってよく分からなくなっちゃったけど、なんでか違うって、それだけは思ってたの」
「どうして?」
「あの子ね、」
「うん」
「絶対に呼ばなかったの。俺の名前。どんな時も」
「それで、なんとなくってこと…?」
「うん。どうしてだったんだろうね。でも、もう一人の俺が現れた時だけは、その子のこと「リョウヘイ」って呼んでたな」
蓮の守護霊はいつでも、どこにいても、どんな場面でも、頑なに俺を「アベちゃん」と呼んだ。
愛称として俺の耳にも馴染みの良いものなので最初のうちは気が付かなかったが、そういう行為をしている時でさえ呼ばないとなれば、流石の俺でも違和感は抱く。
自分が普段の蓮ではないと気付かれてしまうかもしれなかったのに、それでも名前を呼ばなかった彼の頑固さが、不思議だった。
いつか彼と答え合わせをしてみたい、なんて考えていると、隣からくすっと笑う蓮の鼻息が聞こえてきた。
「どうしたの?」
「いや、あの子の気持ち分かるなって」
「えっ、教えて!」
「あの子の中での一番が、亮平の守護霊だったから呼ばなかったんじゃない?」
「…んん?」
「もしさ、俺たちがお互いを好きでいるから、あの子達もその縁で結ばれてるのかもしれないって想像したらさ、なんとなく分かんない?」
「うーん…分かるような、分からないような…」
「俺たちの一番は、それぞれの「亮平」ってこと」
ふわっと笑う蓮の表情を見て、舘様がこっそりと俺に言った「二人」が誰のことだったのか、ようやく分かったような気がした。
あの日から、俺の守護霊は一度もその姿を見せてくれない。
せっかく会えたのだから、もっとゆっくりを話をしてみたかった。
俺が気付いていない俺のことを教えて欲しい、なんて思う。
でもきっと、こうしている間にも彼は俺のそばにいて、見守ってくれているんじゃないかって、そんな気がする。
蓮の考えが正しいのなら多分、愛情が強すぎるあの子と一緒に。
目には見えなくても、感じる。
いつだって俺を守って助けてくれる「友達」がいると。
彼はまるで、この幾千の星が輝く空の遥か彼方にあると言われている、九番目の惑星のよう。
あの巨大な太陽の熱さえ届かない場所で静かに生きているその星は、光の反射を受けないために観測が難しいのだという。
見えないけれど、この宇宙のどこかに存在しているかもしれない。
そんな不思議な星は、彼そのもののように思える。
いつかまた巡り会いたい。
真っ白く輝く光がフローリングを照らしたあの夜のように、もしかしたら、また月が俺たちを引き合わせてくれるかもしれない。
そんな現実離れした空想に耽りながら蓮の肩に頭を預け、夜空を見上げた。
君を喩えた星、
ーープラネット・ナインを思って。
Fin
コメント
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前回のコアラ🖤が可愛らしいコアラだといいですね、と仰っていた意味を理解してワクワクブルブルしながらお話読みました。 あの子たちも幸せになって良かったです😊 今回も読み応えある素敵なお話ありがとうございました🙏✨
🖤💚が幸せになれて良かった…😭守護霊同士も想いあっていたんですね! 想像以上の素晴らしいハッピーエンドで、楽しませていただきました! 舘さまの霊感を授かった時のお話も密かに楽しみにしております笑 これからも応援してます!!!

あの子が大好きだったので、また会えて嬉しいです✨️ あの子たちにもストーリーがあったんですねー💖 サブタイトルにも、どんなお話なのかドキドキさせられました。 ❤️のお話、あるといいなぁ。