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「あっ。ごめんなさい。やっぱり無理。お金、持ってきてない」
私のお財布の中、千円ちょっとでデリバリーなんて頼めるわけがなかった。
一日で千円使ったなんて孝介が知ったら、なんて言われるか。
それにこの前、加賀宮さんに奢ってもらったばかりだし。
加賀宮さんがお金持ちだからって、出してもらう義理はない。
「はっ?金は別に気にしなくていいんだけど。俺が出すし。そんなに俺と飯が食べたくない?」
命令と言われても拒否を続けたので、彼のご機嫌が斜めになってしまった。
「違う。この前も奢ってもらったし。嫌……なわけじゃない。私、本当にお金持ってないの」
ベッドサイドにポスっと彼は座り
「BARで会った時、金も管理されてるって言ってたもんな」
そう言った。
私が話したこと、覚えてるんだ。
「そう。この前、出張で帰って来なかった時に一週間の食費として渡されたのが千円で。私のこと、そんなに憎いのかな」
「はぁ?一週間千円って、一食いくらだよ?それ、経済的DVだぞ」
加賀宮さんは眉をひそめた。
「うん」
経済的DVか。孝介はDV《そんなこと》している認識はないんだろうな。
「とりあえず、服着ろよ。そのままだとまた襲うよ」
布団で隠してはいるが、まだ下着姿だった。
「シャワーでも浴びてくれば?なんか食べたいものある?適当に注文しとくから」
「えっ……。特に何もないよ。加賀宮さんの食べたいもので……」
「わかった」
なにこれ。普通の会話してる。
自分でも彼との関係がよくわからない。
優しいと思ってしまうことも正直あるけど、さっきみたいに悪魔のように感じることもあるし……。
シャワーを浴びながらそんなことを考える。
部屋は汚いのに、水回りは綺麗だな。
てっきりカビだらけだと思ってたけど、掃除とかちゃんとしてるんだ。
それとも家政婦さんとか雇ってるのかな?
いや、部屋の中とか見るとそんな雰囲気ではないな。
食事もほとんど外食だって言ってたし。
「タオル、ありがとう」
私が髪の毛を乾かし部屋へ戻ると、彼は携帯を見ながらベッドの上で寛いでいた。
こういう姿見ると、年相応のお兄さんなんだけどな……。
イケメンには違いないけど。
そう言えば、加賀宮さんってモテないの?
いや、絶対モテるよね。性格には問題ありだけど、このスペックだもん。
「なに?俺のことそんなに見て」
彼と目が合った。
「ん……。加賀宮さんってモテるんだろうなって思って」
「まぁな」
否定しないんだ。まぁ、彼らしいけど。
「俺自身って言うよりは、俺の容姿とか代表取締役っていう役職、金目当てで近寄ってくる奴がほとんどだけどな。仕事中の人柄は演技だし」
確かに。そっか。加賀宮さん、素は基本的には出さないって言ってたもんね。
「どうした?そんなこと聞いてくるなんて、心配してくれてんの?他に女がいるんじゃないかって嫉妬?」
「はぁ?そんなわけないでしょ!私はあなたと契約してるからこんなことしてるんであって……」
言い返そうとした。
が――。
あっれ……?
加賀宮さんが他の女の人と居るところ、一瞬想像したら……。
なんだろう、嫌な気持ちになった。
孝介と美和さんが浮気していることがわかった時とは違う。
別の嫌な感じ……。
言葉に詰まる。
そんな時――。
<ピンポーン>
インターホンが鳴った。
そしてすぐに<コンコンコン>ノックの音。
「ちょっと待ってて?」
加賀宮さんはベッドから降り、玄関へ向かった。
デリバリー《配達の人》かな?
「お疲れ様。悪かったな。また残業?」
「いえ。これ、頼まれたお弁当とスイーツです。あと、こちらが美月さんの契約書です」
この声、秘書の亜蘭さん?
私、挨拶した方がいいのかな。これからお世話になるし。
あっ、でもここに私が居るって亜蘭さんは知ってるのかな。
「ありがとう。助かった」
「お楽しみ中のところだったら、すみませんでした。それでは、失礼します」
彼は言葉少な目にパタンと扉を締めた。
「デリバリーにしようと思ったけど、美月に食べさせたいものがあって。亜蘭に頼んだ。契約書もできたみたいだし。ついでに持って来てもらったんだ」
私に食べさせたいもの?
彼が紙袋から取り出したのは――。
「ええっ!!これ、見たことある!清水亭の超高級ステーキ弁当!!」
私の反応に彼はクスっと笑った。
「知ってんだな。あとこれ」
もう一つの可愛らしい紙袋から見えたのは――。
「これっ!!ネピネピのミニフルーツパフェ!?」
彼はハハっと笑い
「なんだ。これも知ってんの?」
狭い部屋に一つしかない小さなテーブルの上に、超高級弁当が並べられた。
「すごい!予約でしか買えないってテレビでやってた!しかも今は数カ月待ちじゃなかったっけ?」
「お前、この前の時もそうだったけど、飯の時が一番良い顔してるな」
「どうして買えたの?」
「ちょっとしたコネ」
「加賀宮さんって本当に凄い人なのね!」
興奮がさめやらない。
これは私が働いていた時からずっと憧れていたお弁当だった。
ボーナスが入った時に自分へのご褒美としていつか食べてみたいと思っていたけど、予約のタイミングがいつも悪くて、結局購入することができないまま結婚してしまったから。
「こんなことで褒められてもな」
彼は苦笑していた。
ここまで言っておいてだけど……。
食べていいのかな。高級弁当に釣られて。
私がお弁当を黙って見ていると
「美月が俺のカフェに今後協力するって言うのは本当の話だから。今日はそのお礼。だから食え」
「……うん」
難しいことは考えず、彼の言葉に甘えることにした。
「いただきます」
一口食べる。
「美味しい!!」
柔らかい。時間が経ってるはずなのに。なんでこんなにお肉が柔らかいの。
私の様子を見て
「お前、マジ美味そうに食べるな。一緒に飯食べてて、気持ち良いくらい」
彼はそう言い、微笑んでくれた。
「そうやって自然に笑ってる美月が一番可愛いと思うよ」
「えっ?」
彼の言葉に箸が止まった。
「お世辞言っても……。何もしないわよ」
動揺が伝わらないよう、平然を装う。
きっと彼は何人もの女性をそう言って騙してきた……はず。
私だけが《《特別》》じゃない。
「お世辞じゃないけどな」
彼の返答には聞こえないフリをした。