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真理子がデイサービスに通い始めてから一ヶ月。柊吾と瑞樹の距離は、もはや「ただの隣人」という言葉では片付けられないほど密接なものになっていた。
瑞樹が夜勤で不在の日以外、二人はほとんどの時間を共に過ごしている。
瑞樹は驚くほど料理が上手く、かつて差し入れで柊吾の胃袋を掴んだその腕前は健在だった。今では柊吾の家のキッチンに自然な佇まいで瑞樹が立っている光景も、すっかり日常の一部になっている。プロの介護士としての確かな知識と手際で真理子のケアも完璧にこなす瑞樹を見て、柊吾はこの四年間、一人で必死に格闘してきた時間は一体なんだったのかと脱力するほどだった。瑞樹の手にかかれば、あんなに頑なだった真理子も嘘のように穏やかに介護を受け入れている。
瑞樹の休日には、二人で近所のスーパーへ買い物に出かけることも増えた。
真理子をデイサービスへ送り出した後の、わずか一時間ほどの束の間の自由時間。かつては人目を恐れてフードを深く被り、逃げるように買い物を済ませていた柊吾だったが、瑞樹が隣にいてくれるだけで、外の世界に対する恐怖は不思議とやわらいでいった。
「柊吾さん、今日はこれがお買い得ですよ」
「あ、本当だ。……黒瀬さんって、なんだか主婦みたいですね」
「ふふ、僕にとっては最高の褒め言葉です」
陳列棚の間を並んで歩きながら、瑞樹がさりげなく柊吾との距離を詰めてくる。
広い店内には買い物客の姿もある。けれど、棚の陰や視線を遮る死角に入るたび、瑞樹の指先がそっと柊吾の手の甲をかすめた。
「……っ」
柊吾はびくりと肩を揺らし、慌てて周囲をキョロキョロと見渡す。誰にも見られていないことを確かめてから、瑞樹の大きな手に自分の指をそっと絡ませた。
しっかりと握りしめるというよりは、互いの指先を重ね合わせるだけの、あまりにも密やかな触れ合い。けれど、そこから伝わってくる瑞樹の確かな体温は、冷房の効いた店内でもやけに鮮烈で、熱かった。
(……誰かに見られたら、どうしよう)
胸をかすめる不安よりも、「もっとこの温もりに触れていたい」という甘い欲求が勝ってしまう。瑞樹の指が手のひらを優しくなぞるたび、柊吾の心臓は破裂しそうなほど大きく跳ね上がった。
穏やかで、幸福で、けれどどこか生殺しのような日常。
二人で買い物から戻り、夕食を終えた後の時間。真理子がリビングのソファでテレビに夢中になっているその隙を突いて、瑞樹が柊吾の腕を引き、キッチンの死角へと滑り込ませる――それが、ここ最近の「お決まり」になっていた。
「黒瀬さ……んっ」
制止の声を上げる余裕すら与えられない。
瑞樹の大きな手が柊吾のうなじを強引に引き寄せ、そのまま熱い唇が重なる。
触れ合うだけの優しいキスではない。隙間をこじ開けるように強引に舌先が割り込み、口内をくまなく舐めずり回す、息もできないほどの深いディープキスだ。
「ん、んんっ……ふぁ、あ……っ」
髪に食い込む瑞樹の指。腰を強固に引き寄せ、逃げ場を失わせる腕の強さ。
日を追うごとに過激さを増していく瑞樹の行動に、柊吾の思考は追いつかない。困ったことに、そんな強引な愛撫をどうしても嫌だとは思えなかった。それどころか、直撃する強い快楽に身体が甘く痺れていってしまう。
壁一つ隔てたすぐ向こうには、母親がいる。ふと真理子が振り向いたり、立ち上がったりすれば、一瞬で二人の姿が視界に入ってしまうはずだ。
見つかるかもしれないという猛烈な恐怖。けれど、そのスリリングな毒のような背徳感が、皮肉にも柊吾の感情と身体をどこまでも苛烈に煽り立てていく。
瑞樹の舌が粘り強く柊吾の舌を絡め取り、奥まで吸い上げるたび、脳裏が真っ白に弾けた。逃げ場のない甘美な疼きに膝からガクガクと力が抜け、瑞樹の広い胸にしがみつくことでしか立っていられない。
「……静かに、そんないやらしい声出してたら真理子さんに気付かれますよ?」
ようやく唇が離れたとき、柊吾の瞳は潤み、肩を上下させて激しく呼吸を乱していた。
「……っ、だ、誰のせいだと……っ」
「フフッ、僕のせい。ですよね? すみません」
対して瑞樹はというと、静かに眼鏡の位置を直しながら、恐ろしいほど色っぽく、そして余裕たっぷりに目を細めて柊吾を見つめているのだ。乱れた柊吾の息とは対照的に、呼吸ひとつ乱れていない。
(……なんで、この人はこんなに平気そうな顔をしてるんだ)
自分ばかりが真理子の目を気にしてビクビクし、瑞樹の手一つで無様に腰を抜かしている。その落差と瑞樹の崩れない余裕が酷く腹立たしくて、柊吾は涙目のまま、目の前の男を睨みつけることしかできなかった。
コメント
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かんなさん、こんにちは、みぅです🤍 第54話、読み終えました。瑞樹さんの余裕と柊吾くんの振り回されっぷりの対比が、もう…すごく好きです。キッチンの死角でのあのシーン、真理子さんがすぐ隣にいるっていう背徳感が、読んでるこっちまで息を止めちゃいました。スーパーの買い物で指先だけ絡める密やかな触れ合いも、瑞樹さんの「最高の褒め言葉」って返しも、全部が瑞樹さんらしくて滾ります。柊吾くんが涙目で睨むしかないのも、可愛くて切ないです。次話も楽しみにしてますね🌙