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「……じゃあ、俺はそろそろ戻りますね」
瑞樹は何事もなかったかのようにいつもの穏やかな顔に戻ると、真理子に「おやすみなさい」と優しく声をかけ、靴を履くために玄関へと向かった。
柊吾は力が入らない膝を必死で叱咤し、壁に手を預けながら、ようやくの思いでその後を追う。
「あ……黒瀬さん」
「はい?」
「あ、えっと……何でもない、です」
呼び止めてみたものの、何を言いたかったのか自分でも分からない。ただ、まだ唇に残っている痺れるような熱と、身体の奥でくすぶっている甘い疼きが、このまま彼を帰してしまうことを猛烈に拒んでいた。
瑞樹は立ち尽くす柊吾の髪を愛おしそうにひと撫ですると、いつものスマートな手つきでドアノブを回す。
「おやすみなさい、柊吾さん。また明日」
パタン、と無機質な音を立ててドアが閉まる。
一人取り残された玄関で、柊吾は糸が切れたように膝から崩れ落ち、その場にへたり込んだ。
(……なんなんだよ、あの人……っ)
どうにか自室へ戻り、倒れ込むように布団の上へダイブする。
枕をぎゅっと力任せに抱きしめ、柊吾はベッドの上でゴロゴロと転げ回った。
足をバタバタと暴れさせ、枕に顔を押し付けてくぐもった叫び声を上げる。
(あんな……あんな、いやらしいキスしてくるくせに……!!)
両想いになった。毎日一緒にご飯を食べている。スーパーでは人目を忍んで手を繋ぎ、真理子の目を盗んでは腰が立たなくなるほど濃密に貪られているのだ。
それなのに、瑞樹はそこから先へは絶対に踏み込んできない。いつだって一番いいところで寸止めし、「おやすみなさい」と何食わぬ涼しい顔で自分の部屋へ帰ってしまうのだ。
(なんで……!? なんでそれ以上はしてこないんだよ……!!)
瑞樹のあの荒々しいキスも、腰を抱く強い力も、間違いなく柊吾を欲している男のそれだった。なのに、どうして最後までは抱いてくれないのか。
「やっぱり……僕が男だから、最後まで抱く気にはなれないのかな? ……それとも、ただ僕が翻弄されるのを見て楽しんでるのか……?」
一度回り始めた悶々とした思考が止まらない。
瑞樹に抱かれたいと欲している自分を認めるのは死ぬほど恥ずかしい。けれど、あの熱い体温と唇の感触を知ってしまった以上、もう「おやすみ」のキスだけではとても満足できない身体にさせられてしまっていた。
(でも、自分から『もっと先までして』なんて……死んでも言えるわけないだろ!!)
触れられるだけで頭が真っ白になるほど瑞樹のことが好きなのに。それ以上の関係を期待してしまう自分が浅ましくて、情けなくてたまらない。
(……参ったな、本当に)
瑞樹のいやらしいキスの感触を唇に残したまま、柊吾は暗い部屋の中で一人、行き場のない熱に浮かされながら甘く切ない溜息をついた。
コメント
3件
マジで尊いです!!!(泣)
あーもう、柊吾の悶々が痛いほど伝わってきたよ……!瑞樹さんのあの余裕ある寸止め、めっちゃずるいよね。自分から「もっと」なんて言えないし、でもあのキス知ったら物足りなくなるの分かりすぎる。柊吾がベッドでゴロゴロ転がるシーン、可愛くて笑っちゃったけど切ないね…。早く2人の壁が崩れるとこ見たいなあ🥀