おかしいな……。湖に落ちたはずなのに、どうして息ができるんだ?
俺は竿を握ったままだったため、湖の底に引きずり込まれていた。
なぜ息ができるのかは謎だったが、強い探究心と得体の知れない何かを釣り上げたいという欲求の影響で竿を持つ手を離せずにいた。
それにしても深いな。いったいどこまで続いているのだろう。
そう思っていると、目の前に『巨大な影』が出現した。
それは、蛇というにはあまりに大きすぎた。蛇というより龍に近い存在であった。
湖の中だということを一瞬、忘れてしまうくらい、その姿ははっきりと見えた。
体長はよく分からなかったが、全身には藍色の鱗が規則正しく敷き詰められていた。
そいつの目は黒く、数秒に一度見せる舌はピンク色だった。
俺がその巨大な蛇らしきものを観察し終えた時に思ったことは……喰われるかもしれないということである。
こんな巨大な生物が目の前に現れたら、まず喰われるだろう。
映画で見た『ア〇コンダ』よりも大きい気がする。いや、間違いなく大きい。(その蛇はいつの間にか、釣り針とエサを吐き出していた)
残念ながら、美少女の膝枕で死にたいという俺の小さな願望は叶いそうにないらしい。
俺は腹をくくると、水中で大の字になった。
さあ、煮るなり焼くなり好きにしやがれ!
「こんにちはー」
ん? 今、声が聞こえたような……って、気のせいだよな。まったく、おどかすなよ。
「あのー、人間さん? 聞こえてますか?」
「うるさいな。誰だか知らないが、俺がせっかく蛇のエサになってやろうとしてるんだから邪魔するなよ」
「ひどいなー。私は人を食べたりなんかしませんよ」
「こんなでかい蛇が人を食べないだって? 冗談はよせ。現に今、俺は喰われかけているじゃないか」
「それは誤解です。私はあなたをここに連れて来るために運んできただけですよ?」
「そうか……。けど、俺はこの湖で生まれた亀以外、ここに住んでいるやつのことなんて全く知らないぞ?」
「まあ、そうでしょうね。それでは、これからお教えしましょう」
「なに? それは、いったいどういう……」
その時、白き光が辺りを照らし始めた。
あまりの眩しさに、俺は両目を両腕で覆った。
な、なんだ! この光は! いったい、何が起きているんだ!
数秒間、それは辺りを照らし続けた。
その光は藍色の湖を、少しの間ではあったが、神秘的で幻想的なものにした。
それが止むと同時に目を開けると、そこには腰まである藍色の長髪と黒い瞳と、スクール水着が特徴的な美少女……いや美幼女がいた。
その子は、にっこり微笑むと俺の背中に手を回して抱きついた。
「お、お前は、誰だ! 俺に何の用だ!」
クスクスと笑いながら、その子はこう答えた。
「私はさっきまであなたの目の前にいた『巨大な蛇』ですよ?」
「はあ? いやいやいや、そんなわけないだろ。こんな幼女がさっきの蛇なわけ……」
その子は俺が言い終わる前に、耳元でこう囁いた。
「……私は『インディゴファースネーク』といいます。一応、この湖の主ですが、『四聖獣』の一体である【玄武】の妹でもあります」
「そ、そうなのか?」
彼女は、こちらに視線を合わせると、こう言った。
「はい、そうですよ。ところでお姉様との旅はどうですか? 快適ですよね? まあ、私のお姉様ですから、そんなの当たり前ですよね?」
「も、もしかして、本当にミサキの妹……なのか?」
「はい、そうですよ……って、お姉様の昔の名前は『メタルタートル』という名前だったはずですが。あっ、もしかしてあなたがそんな素敵な名前をつけてあげたのですか? どうもありがとうございます!!」
な、なんでだ? ミサキは妹の話なんて……。その時、俺は思い出した。
この世界で『四聖獣』と呼ばれている存在は、俺の世界では『四神』という名であることに。
そして、その一体である【玄武】は、亀と蛇がセットで描かれていることに……。
それを思い出した瞬間、なにか嫌な予感がした。
「あのー、よかったら、私も、ご一緒させてもらえませんか?」
予想的中……。俺の嫌な予感は見事に当たった。
まったく、こんな時だけ勘がいいというかなんというか。まあ、仕方ないか……。
そう考えていると、その子が顔を異様に近づけてきた。
「あー! もうー! 分かった! 分かったから! それ以上、顔を近づけるのはやめろ!」
「わーい、お姉様と一緒だー!」
縦横無尽に水中を動き回る……もとい泳ぎまくる彼女のスピードは、普通ではなかったが、無邪気な女の子にしか見えなかった。
おっと、こんなことをしている場合ではなかったな。早く帰らないと。
「なあ、早く地上に戻してもらえないか?」
「ん? ああ、そうでしたね。では、参りましょうか」
「ん? というか、どうやって上がるんだ?」
「えーっと、じゃあ、私の右手を握ってください」
「お、おう」
俺は言われるがまま、彼女の右手を握った。
い、意外と柔らかいんだな、この子の手。
手を握った感想を心の中で呟けるほど、俺の精神は安定していた。
彼女は俺が右手を握ったのを確認すると、上を向き、バタ足というよりドルフィンスイムで上がり始めた。(この場合、スネークスイムかな?)
ものすごい速さで泳ぐ彼女に、俺はこう言った。
「なあ、お前はその名前、気に入ってるのか?」
「いいえ。この世界のモンスターは誰かが勝手につけたものがほとんどですから、私の名前も仮の名前です」
「そうか……なら、お前は今から『コハル』だ」
「コハル……?」
「ああ、そうだ。湖に青と書いて、『湖青』だ」
「そうですか。コハル……。それが私の名前……。いい名前をつけていただきありがとうございます! 一生、大事にします!」
別に物をプレゼントしたわけじゃないんだが……まあ、いいか。
気に入ってくれたのなら、それで……。
さて、もうそろそろかな?
いつのまにか、太陽の光が見えてきたため、そろそろ地上に着くということがわかった。
俺たちは湖から出る前に、湖の魚たちに別れを告げた。
「とうちゃーく!」
「うわあああああ! お、おい! コハル! 高く飛びすぎだ!」
コハル(湖の主)は、イルカショーのイルカをはるかに凌ぐほど高く飛んでいた。
「あっ!」
「どうした? まさか着地できないとかいうんじゃないだろうな?」
「……テヘペロ♪」
「う、うそだろおおおおおおおおおおおおおお!!」
ここから地面まで約三十メートルはある。
ここから落下して助かる確率は……いや、今はそんなことに頭を使っている場合じゃない!
何か! 何かないか! この状況を打破できる方法は!
……あっ、そうだ! ミノリ(吸血鬼)の固有武装とコユリ(本物の天使)なら、俺たち二人を支えられるかもしれない!
けど、あの二人が協力して何かを成し遂げることができるのか?
俺はそれが気になったため、咄嗟にこんなことをコハルに訊いてみた。
「なあ、コハル。女の子って男になんて言われたら断れなくなるかな?」
こんな状況の中、コハルは冷静に答えた。
「うーん、そうですね。私なら、デートの約束ですね。『俺を助けてくれたら、あとでデートしてやるよ』とかです」
「そうか、ありがとう」
「いったい、何をするつもりですか?」
「なあに、ただの賭けさ」
俺は大きく息を吸うと、湖の近くにいるであろうミノリとコユリに向かってこう叫んだ。
「ミノリーーー! コユリーーー! お前たちが協力して俺たちを助けられたら、次の目的地でデートしてやるかもしれないぞおおおおおおおおおお!」
その声が辺り一帯に響き渡る前に、ミノリとコユリは競い合いながら、俺たちの方に飛んできた。
「あたしがナオトを助けるから、あんたはみんなと待ってなさい!」
「いいえ、あなたのようなバカには任せられません。マスターは私が助けます!」
「あたしよ!」
「私です!」
「二人で協力しないと、さっき言ったことは無しにしちゃうぞおおおおお!」
その声に反応した二人の目つきは、良い方に変わった。
「……今回だけだからね」
「……当然です」
____こうして俺たちは無事、地上に降りることができたのである。
俺が何かをする度に、ややこしい事に巻き込まれている気がする。
まあ、それも旅の醍醐味だから仕方ないよな。(『キ○の旅』を思い出した)
____コハルの紹介をしている時のみんなの表情は、なんとも言えないものだった。
全員が、また、新しい子を連れてきたんだね……この浮気者! と言ってきそうな顔をしていたからだ。
これはまずいと思った俺は、みんなと一緒に釣りをした。(一人一匹釣れるまで、帰れなかった)
ミノリ(吸血鬼)は、ピョンピョンと飛び跳ね、マナミ(茶髪ショートの獣人)とシオリ(白髪ロングの獣人)は、耳をヒコヒコと動かし、ツキネ(変身型スライム)は、クルクルと回転しながら喜んでいた。
コユリ(本物の天使)は、静かに微笑み、チエミ(体長十五センチほどの妖精)は、俺の頭の上で踊っていた。
カオリ(首から下を包帯で覆っているゾンビ)は、魚を釣るなり、生で食べようとしていた。
シズク(左目に眼帯をつけているドッペルゲンガー)とルル(目の下にクマがある白魔女)は、それぞれのアホ毛をピンピンと動かしながら、俺の周囲を走り回っていた。
コハル(湖の主)は、魚を釣ると鱗を一枚一枚剥いでいた。(もしかしたら、彼女はドSかもしれない)
あまり長居すると周囲の人に勘違いされそうだったので、釣った魚をアパートに持って帰り、冷蔵庫(チルド室)に入れた。
ちなみに俺が使っていた竿はルル(目の下にクマがある白魔女)がこっそり持ってきた『マジック・ロッド』だったらしい。
つまり、コハル(湖の主)は蛇の姿だと、十トンくらいあるということだ。(重すぎる)
やることがなくなった俺は湖に行って、夜までゆっくりすることにした。
今日は主を釣ったから、もうあまり大物はかからないと思うが……暇だから、もう少しここにいよう。
「何か釣れるかなー」
「となり、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ、どうぞ」
となりに座ったその女性は白いパーカーに付いているフードを被っているせいで顔が隠れていたが、なんとなく懐かしい感じがした。
身長は百六十センチほどで、白というより銀に近い美しい髪。(髪型は多分、ショート)胸はC〜Dカップくらい。(俺はどこを見ているんだ……)
白い運動靴と、白い靴下と、白いスカートを身に纏っている。
どこかで見たような服装だな。うーん、まあ、いいか。俺は、その人のことは特に気にせず、釣りを再開した。
……あなたには悪いけど、少し調べさせてもらうわよ、ナオト……。(こうして、アイ先生の作戦が始まった)
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!