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アイ先生が『藍色の湖』に到着したのは、ナオトが湖に落ちた時だった。
ちなみに、この湖は湖であって湖ではないため、落ちても大丈夫である。
実は、その湖の液体は全て『超小型のゴマ型モンスター』の集合体である。
このモンスターがいるおかげで、湖に落ちても息ができるし、濡れても太陽の光を数秒浴びれば、カラッと乾く。
名前は『インディゴマ』。その大きさは普通のゴマの『一万分の一』ほどしかない。
油とは思えないほどの味と滑らかさが特徴で油というより水に近い。
この湖は彼らの住処であり、魚たちがいる限り、この湖にいる。
ちなみに魚がいなくなると移動する習性がある。(サ〇サングラミーが泳いでいる天然油に近い)
彼が湖から出てくるまでかかった時間は、およそ三十分。その間に、アイ先生はどうしたらナオトにうまく接触できるのかを考えていた。
導き出した答えは……変装だった。
仮にも彼は高校の卒業試験で、ただ一人の正式な合格者であるため、その能力は十年ほど経った今でも変わっていないと見るべきである。
ただの変装では容易に気づかれてしまうため、声質、しゃべり方、身長、服装、スリーサイズ、などを変えなければならない。
変装というより変身に近いが致し方ない。これも、世界のためなのだから……。
『パーフェクトチェンジ』
見た目だけでなく、声やしゃべり方も変えることができるこの魔法は、現代の科学では全く検証できない。
この魔法が世に出回れば、ちょっとした騒ぎになる。
なぜかって? それは、この魔法を使えるようになった人がまずやることは……『他人になりすますこと』だからである。
よって、この魔法が使えるのは『長老会』のメンバー(十六人)とララ、ルル、ロロ。そして、ここにいる、アイ。
この世界では、その二十人しか、この魔法を使えない。いや、使えなくしている……と言った方が妥当だろう。
つまり『レベル制限』というやつである。
この世界にレベル制はないが、ある一定の功績を積むと何かしらの報酬が出る。
それが『トレジャーマジック』。
つまり功績を積めば、誰でもこの二十人が使用を許可している魔法を使い放題というわけである。
ただし、犯罪などに使用した場合には『ヘルズゲート』へと強制転移される。
そこに転移させられてしまうと、一生そこで働くか、そこでその罪を一生、償うかのどちらかを選択しなければならない。
この仕組みのおかげで各国での魔法の使用による犯罪は、ほぼゼロである。さて、そろそろ話を戻そう。
「私はアイじゃない……。私はアイじゃない……。私はアイじゃない……」
ブツブツと呪文のように同じことを何度も言っている時の彼女は、ほとんどの場合、精神を集中している時だ。
特に『ナオト』に会う時は気を使う。
これは、恋する乙女の行動原理と同じである。
つまり、彼女は今、好きな人に会う前に自分は大丈夫だと言い聞かせているのである。
湖から出現した彼らと彼らを救出する複数のモンスターチルドレンとその他の存在たちを確認した後、彼女は作戦を実行した。
*
そして、今に至る……。
ナオトは彼女が高校時代の担任だった『アイ先生』だということに、今のところは気づいていないようだ。どうやらうまくいったらしい。
さて、問題はこれからだ。
いろいろ質問したいことはあるが、やりすぎるとこちらの正体が見破られてしまう。
よって、世間話をしながら、それとなく訊いてみることにした。
「今日は……いい天気ですね」
「そ、そうですね。というか、釣りより昼寝をしたくなりますね」
「……そうですね」
「……はい」
『…………』
しばらく沈黙が続いた。その間、彼女はなんと言って話を切り出そうか悩んでいた。
だが、彼女の心と体は高揚仕切っていた。ん? その理由が分からない? では、もしあなたがその立場だったとしたら、どうだろう。
約十年ぶりに好きな人と再会し、会話をする。これほど、うれしいことがあるだろうか?
彼女は、そんな気持ちを抑えながら、話を切り出した。
「あ、あの……」
「なんですか? 何か釣れそうなんですか?」
「いえ、そうではないのですが……。その……先ほど、あなたは湖から出てきましたよね? 私はどうしても、それが気になりまして……」
彼は昔のことを思い出したかのように、こう言った。
「あー、それですか。それはですね、湖の主に助けてもらったんですよ」
「湖の主に……ですか?」
「はい、『コハル』と名付けました。とても明るくて、一緒にいると楽しくなる、そんな子です」
「湖の主に名前をつける人なんて初めて聞きましたけど、名前を考えるの得意なんですか?」
彼は懐かしい日々を思い出すように、こう言った。
「得意というか、まあ、成り行きですかね。俺……いや、私が入学した高校には個性豊かな人たちがいてですね、学級委員にも任命されたことのない私に、その役を押し付け……いえ、任せたんですよ。それから、事あるごとに名前をつけなければならない状況になって、もう毎日がお祭り騒ぎでした」
彼女はその話を聞くと、クスクスと笑い始めた。
なぜ笑い始めたのかは分からなかったが、昔の思い出をまだ鮮明に覚えている彼に共感したのかもしれない。
「あ、あのー、俺……いや私、何かおかしなこと言いましたか?」
彼女は腹を押さえながら、こう言った。
「い、いえ、その……あなたは、その人たちに、とても好かれていたんだなと思いまして……」
「そ、そうですかね?」
「ええ、きっとそうですよ」
「……うーん、まあ、そうかもしれないですね」
頭をポリポリと掻きながら答える彼と、となりでクスクスと笑う彼女。
客観的に見ると、なんとも微笑ましい光景である。
「ところで、あなたは『モンスターチルドレン』という存在をご存知ですか?」
その時、彼は一瞬、彼女を睨んだ。
「もし、私が知っていると言ったら、どうしますか?」
「それはもちろん、あなたが知っている情報を洗いざらい吐いてもらいます。なお、匿っていた場合は」
「場合は?」
「ここで……死んでもらいます」
彼は、それを聞くと、ため息を吐いた。
その後、ゆっくり立ち上がると釣り竿を肩にかけた。
そして……その場からダッシュで逃げ始めた。
「冗談じゃない! 俺はまだやりたいことがたくさんあるんだよー!」
彼女もすぐに立ち上がり、彼のあとを追う。
「待ちなさい! まだ話の途中ですよ!」
必死に逃げる彼と、それを追いかける彼女。
これが砂浜ならまだしも、草原であるため、全く青春っぽさがなかった。
彼女は自分が先ほどまで使っていた釣り竿で彼のパーカーのフードに釣り針を引っ掛けると、彼を釣り上げた。
その直後、彼は数秒間、宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「イタッ! い、いきなり、何するんですか! パーカーのフードを引っ張るとか、あんたは小学生か!」
「小学生じゃありません! ちゃんと成人しています! それに今のは、私の話を最後まで聞こうとしないあなたが悪いです!」
「えっ? じゃあ、俺を殺すっていうのは?」
「そんなの……冗談に決まってるじゃないですか」
「……その……とりあえず起き上がっていいですか?」
「はい?」
「……その……言いづらいんですが……ス、スカートの中が見えそうなので……」
彼は、そう言いながら目を逸らした。
しかし、彼女はこう答えた。
「別にいいですよ」
「……はぁ!?」
「だから、見ててもいいですよ?」
「見ててもいい! そんな素晴らしい日本語があったのか!?」
「ハ○スクールD×Dですか?」
彼はそれを聞くと、バッと起き上がって、こう言った。
「なんで、この世界のやつらは、みんなオタクなんだよおおおおおおおおおおお!!」
その声は、アパートにいるミノリたちにも聞こえた。
彼女たちは、ナオトに何が起こったのか確かめるために部屋を飛び出した。(コハルとルルは留守番)
「魔力反応多数。どうやら、私の考えは間違っていなかったようですね」
「はて? いったい何の話ですか?」
「とぼけないでください。あなたが複数のモンスターチルドレンと共に行動していることは分かっているんですよ?」
「……それがどうした」
「は?」
「俺はどうなってもいい。けど、あいつらには一切関わらないでくれ」
彼の目には恐怖など微塵もなかった。
彼は、ただ目の前のことだけに集中していた。
これこそが、彼女が唯一習得していない能力……。つまり、『メンタル』である。
「『ストップ』」
彼女がそう言うと、彼と彼女以外の時間が停止した。
「いいでしょう。そこまで言うのなら、とことん話し合いましょう。この止まった時間の中でね?」
彼は、ニヤリと笑いながら、こう言った。
「望むところだ。白黒はっきりさせようぜ」
こうして、元担任と元生徒の戦いが始まった……。