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『主様であれない主様』
第1話 見慣れない場所
⚠︎︎創作主様や創作執事がでます⚠︎︎
見慣れない天井だった。
ぼんやりと視界に入る装飾は、どこか重厚で、現実味がない。
体を起こそうとして、わずかにシーツが擦れる音がした。
「……ここは……?」
自分の声が、やけに静かな部屋に溶けていく。
記憶を辿ろうとして――止まる。
何も、掴めない。
その時、控えめなノックの音が響いた。
返事をする前に、扉がゆっくりと開く。
「お目覚めでいらっしゃいますか、主様」
穏やかな声だった。
振り向くと、一人の執事がそこに立っている。整った身なり、無駄のない所作。
その視線はまっすぐこちらへ向けられていた。
主様。
そう呼ばれたことに、胸の奥がわずかにざわつく。
「……っ、すみません」
気づけば、そう口にしていた。
一瞬、空気が止まる。
執事――ベリアンは、ほんのわずかに目を細めたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻った。
「謝る必要はございません。どうぞ、ご無理なさらず」
差し出された手に、戸惑いながらも視線を落とす。
どうして、謝ったのか。
分からない。ただ、それが当たり前だった気がした。
⸻
屋敷の廊下は、やけに広かった。
歩くたびに、床が小さく音を立てる。
その先々で、執事たちが足を止め、深く頭を下げてくる。
「主様」
その度に、胸がざわついた。
「……やめてください」
思わず言葉が漏れる。
数人の執事が顔を上げ、こちらを見る。
「その、頭を……上げてください」
沈黙が落ちた。
空気が、微かに重くなる。
「……規律を乱すおつもりで?」
静かな声が横から入る。ナックだった。
整った姿勢のまま、冷ややかな視線を向けている。
「い、いえ……そういうわけでは……」
言葉が続かない。
「この主様、めんどくさそ〜」
気の抜けた声が後ろから飛んだ。ラムリだ。
空気を読まないその言葉に、余計に視線が集まる。
「……すみません」
また、口をついて出た。
自分でも分かる。
この言葉が、ここではおかしいことくらい。
けれど、止められなかった。
⸻
食堂には温かい匂いが広がっていた。
「できましたよ、主様」
料理を運んできたのはロノだった。
手際よく皿を並べていく様子は、見ていて安心する。
「……ありがとうございます」
言った瞬間、ロノの手が止まった。
「……あ、えっと……どういたしまして?」
少しだけ困ったように笑う。
その反応に、胸の奥がざわつく。
何かが、違う。
食事を終えた後、無意識に手が動いた。
皿を重ね、立ち上がる。
「ちょっ、主様!?」
ロノが慌てて声を上げる。
「それ俺の仕事!!」
「……手伝った方が早いかと」
自然に出た言葉だった。
その瞬間、周囲の空気が、はっきりと変わる。
誰も何も言わない。
ただ、見られている。
――違う。
自分は、今、何かを間違えた。
⸻
「面白いね」
別室で、ルカスが小さく笑った。
「……はい」
隣でベリアンが静かに応じる。
「“主”じゃない」
その言葉は軽いのに、どこか鋭かった。
ベリアンは否定しない。
ただ、わずかに視線を伏せる。
⸻
「主様、指示をいただけますか」
真正面からの声に、足が止まる。
ハウレスだった。
真剣な目でこちらを見ている。
「……え」
思考が止まる。
「本日の業務について、優先順位を」
当然のように言われる言葉。
けれど、それが理解できない。
「……私が、決めるんですか」
その場の空気が、一気に冷えた。
ハウレスの眉がわずかに動く。
「当然です。あなたは主様なのですから」
ナックの声が重なる。
逃げ場がない。
息が、浅くなる。
頭の奥がざわつく。
――命令。
その言葉に、何かが引っかかる。
けれど、掴めない。
「……いつも通り、で」
絞り出した答えだった。
「“いつも通り”とは?」
すぐに返される。
言葉が詰まる。
「……皆さんが、一番やりやすいように」
言った瞬間、分かった。
これが、違うことを。
「それは命令ではありません」
ナックがはっきりと言い切る。
沈黙。
重い空気が、場を支配する。
「ねぇ、この人ほんとに主様?」
ラムリの声が、妙に響いた。
誰も否定しない。
その事実が、胸を締め付ける。
⸻
「……主様は、お疲れです」
ベリアンが一歩前に出る。
穏やかな声だった。
庇うように、さりげなく視線を遮る。
「一度、お休みになりましょう」
その言葉に、誰も逆らわない。
けれど。
その表情は――ほんのわずかに、歪んでいた。
⸻
夜。
一人きりの部屋。
静寂がやけに重い。
「……主様って、何をすればいいんだ」
ぽつりと呟く。
返事はない。
当たり前だ。
手が、震えていることに気づく。
ぎゅっと握りしめても、止まらない。
「……命令、って……」
その言葉が、ひどく遠い。
なのに、胸の奥を締め付ける。
分からない。
分からないのに――
どこかで、それを知っている気がした。
第1話 終わり
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