テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し

1
【短歌】
打席立つ 君を見つめて 祈るだけ 声が届いて ほしいと願う
【短歌をテーマにした物語】
試合の日は、いつもより早く家を出る。
グラウンドには、まだ朝の空気が残っていた。
「おはよう」
私が声をかけると、彼が振り返った。
「おはよう、マネージャー」
いつもの呼び方。
たったそれだけなのに、今日は少し嬉しかった。
私はベンチの準備をして、ボールを確認して、選手たちの水分も用意する。
いつもと同じ仕事。
だけど今日は、大事な公式戦だ。
負ければ、このチームでの夏が終わる。
練習のときから、彼はずっと頑張っていた。
誰より早くグラウンドに来て、最後まで残って練習する。
調子が悪い日もあった。
思うように打てず、悔しそうにバットを握っていた日も知っている。
それでも彼は、次の日にはまた練習していた。
私はそんな姿を、ずっと近くで見てきた。
だから今日だけは。
どうか、彼の努力が報われてほしい。
そう思っていた。
*
試合は一進一退だった。
守備につく彼。
ベンチへ戻ってくる彼。
私はそのたびにタオルや水を渡す。
「ありがとう」
「うん」
それだけ。
それ以上のことは言えない。
試合中だから。
でも、本当は何度も言いたかった。
頑張って。
大丈夫。
いつも見てるよ。
ずっと応援してる。
そんな言葉を。
最終回。
スコアは同点だった。
そして、彼の名前が呼ばれる。
「次、行け!」
監督の声が飛ぶ。
彼がバットを持って、打席へ向かっていく。
私は思わず立ち上がった。
胸が苦しい。
手を握りしめる。
周りから大きな声援が聞こえる。
相手チームの応援。
味方の応援。
いろんな声が重なっている。
それでも私は、彼だけを見ていた。
バッターボックスに立つ彼。
帽子のつばに触れて、静かに構える。
いつも練習で見てきた姿。
なのに今日は、少し遠く感じる。
ピッチャーが投げる。
ストライク。
もう一球。
ファウル。
私は祈るように両手を握った。
頑張って。
ここまで来たんだから。
ずっと努力してきたんだから。
どうか、届いて。
私の声。
私の気持ち。
全部。
「頑張れ……!」
気づけば、声に出していた。
周りの声援に紛れて、彼に聞こえたかどうかも分からない。
それでも私は、もう一度叫んだ。
「頑張れ!」
彼が、一瞬だけこちらを見た。
目が合った。
ほんの一瞬。
でも、確かに目が合った。
そして彼は、少しだけ笑った。
次の球が投げられる。
バットが振られる。
カンッ――!
乾いた音がグラウンドに響いた。
ボールは外野へ飛んでいく。
選手たちが走り出す。
「走れ!」
ベンチから声が飛ぶ。
彼も走る。
一塁。
二塁。
そして――。
歓声が上がった。
サヨナラだった。
「やった!」
チームメイトがグラウンドへ飛び出していく。
私はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。
嬉しくて。
安心して。
気づいたら涙が出ていた。
*
試合が終わったあと。
片付けをしていると、彼がやってきた。
「マネージャー」
「何?」
「さっきさ」
「うん」
「聞こえた」
「え?」
私は顔を上げた。
「打席に立ってたとき」
彼は少し照れくさそうに笑った。
「お前の声、ちゃんと聞こえた」
「……本当に?」
「ああ」
胸がいっぱいになった。
たった一言。
ただ「頑張れ」と言っただけ。
それなのに、こんなに嬉しい。
「じゃあ……よかった」
「うん。ありがとう」
彼はそう言って、グラウンドのほうへ戻っていった。
私はその背中を見つめた。
今日も私は、選手ではない。
バットを振ることもできない。
マウンドに立つこともできない。
ただ、応援することしかできない。
それでも。
私の声が、彼に届くことがある。
それだけでいいと思った。
これからも、彼が打席に立つたびに。
私はきっと祈る。
頑張れ、と。
届いてほしい、と。
そしていつか。
彼が振り返ったときに、今日みたいに笑ってくれたら。
それだけで、私はずっとこの場所にいられる気がした。
打席立つ。
君を見つめて。
祈るだけ。
声が届いてほしいと願う。
そんな私の夏は、まだ終わらない。
コメント
1件
うおおおお第54話読み終わったよ〜!!😭💕💕 短歌から始まるスタイル、もう毎回グッときてるんだけど今回もやられた…「打席立つ 君を見つめて 祈るだけ」って、マネージャー視点の片想いと応援が重なってて切なすぎる!! 最終回の打席で「頑張れ!」って叫んだとこ、私も一緒に声出しそうになったよ…!彼が「聞こえた」って言って笑ってくれたシーン、あれだけで全て報われるよね🥺✨ 「私は選手じゃない、でも声が届く」っていう着地が綺麗すぎて、読後感が爽やかで泣ける…青春って最高!!次回も楽しみにしてるよ!!🌸