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「つまり、表立っては言えない女性の需要を上手く捕らえて、絵に描き起こしているのが恋恋という訳だ」
「それだとなんだか商売的表現過ぎて嫌なんですけど……」
「まあ、お前の言いたいことは分かった。それで金儲けしようと、私は何も言わないことにしよう」
なにも金儲けしたくて描いてるわけじゃないんだけどなぁ。
でも対価を受け取らないと絵は描けない。絵を描くための紙や絹、顔料だってタダじゃないのだから。
少々、煜峰の言い方が気になるが、そこに突っかかっている場合ではない。見逃してくれると言うのだからそこはグッと堪えた。
「それでだ。恋恋に関する全てのことを見逃す代わりに、お前にしてもらいたいことがある」
「何でしょうか」
何でもすると言った手前、とんでもない要求をされるかもしれない。ゴクリと生唾を飲み込む麗霞に、煜峰は薄く笑んだ。
「そう硬くなるな」
ポンポンと肩を叩かれたが、こういう言い回しが一番危ない。余計に身体を強ばらせると煜峰は耳元に顔を寄せて、小さな声で話しかけてきた。まるで麗霞以外の誰にも、その声が聞き取られないように。
「簡単なことだ。私の味方に付けば良い。平たく言うとそうだな……私の犬になれ」
「い……ぬ……ですか……?」
「私の目となり耳となり情報をかき集めろ。そしてそれを報告してくれれば良い。単純だろう?」
「情報をかき集めるというのは一体どんな……?」
絵描き好きのただの官女に、諜報員の真似事でもしろと言うのか。
いいや、官女だからか。
後宮の女官や下女は、主人から別の妃嬪の様子を伺ってくるよう別の宮へ送られたり、送り込まれていたりが日常茶飯事だそうだ。
もちろん麗霞の主人が皇帝なのは間違いないが、画院務めなのでこれといって主人と仰ぎ、側で仕える人はいない。
困惑する麗霞に、煜峰は冷りとするような声音で答えた。
「もちろんそれは政敵の、だ」
「政敵……ですか」
煜峰に政敵が?
普通の皇子なら後継者云々で大変なのだろうが、煜峰は玉無しだ。跡継ぎを作れないのでは皇帝になどなり得ないので、どの皇子の味方に付くとか色々とあるのか。
政治的なアレコレはだいぶ関心が薄い麗霞だが、恋バナが大好きな上、春画を描いて売っているだけあって男女の話はよく入ってくる。
それらの話から考えるに、煜峰が推しているのは恐らく……。
「それは皇太子殿下の敵と考えてよろしいでしょうか」
「ほう。こんな絵を描いているから頭の中は花畑かと思ったが、そのくらいは分かったか」
なんだか馬鹿にしているなぁ。
自分だって酒で、とんでもないポカをやらかしたくせに。
「煜峰殿下は皇太子殿下とは、同母の兄弟のように育てられたと聞いております。それからこれは、口にしていいものかどうか……」
「よい。話せ」
「皇太子殿下は皇太子としての立場も危ういと囁かれているとか」
現皇帝はかなりの好色家。
次から次へと宮女に手を出しては子を孕ませ……ではなく子宝に恵まれて、今では皇子が30人、皇女が15人にもなる。
23番目の皇子として生まれた煜峰の母もまた、一人の宮女に過ぎなかった。
皇后宮で下女として働いていた彼女は、その美しさから皇帝の目にとまりお手付きに。たったの一夜、共に過しただけではあったが、彼女は皇帝の子を身篭ったのだ。
やがて彼女は皇子を産んだが、身分が低くなんの後ろ盾もないことから、その子は皇后の手で育てられることに。
普通なら皇帝の寵愛を一身に受けたいだろうに、お優しい皇后陛下は「私のところにいた下女だったから」と煜峰を引き取り、我が子のように可愛がって育てたのだのか。
そんな皇后の3番目の子は、次期皇帝とされている暁明皇太子。煜峰と歳が15も離れていたこともあって、焼きもちを焼くどころか小さな弟が出来たと喜んで世話をしたらしい。
当然煜峰は暁明を慕うこととなるのだが、その暁明はと言うと、皇太子の座が危ういと宮廷内ではもっぱらの噂。
というのも、暁明には男の子供がいないのだ。
子宝には10人恵まれているのに、そのどの子も女の子。まだ30代の後半なので、これからまだ男の子が生まれる可能性は十分に有り得るのだが、ほんの些細なことで足元をすくわれ、蹴落とされるのが後継者争いというもの。
暁明のライバルとなる兄弟は多く、なかなか男児が産まれてこないことを皇帝も気にしている。
「お前の推察するとおり、私は暁明兄上の地位を磐石のものとしたい。大恩があるというのもそうだが暁明兄上は人望も厚く、兄弟の中で最も皇帝となるに相応しい人物だと思っている。年々激しさを増す後継者争いにおいて、情報は大きな武器だ」
「それは分かります。ですが私のような者が、殿下の期待にお応えできるとはとても思えませんが……」
確かに麗霞は宮女の間では、顔が広い方ではある。恋恋としての活動があるから。
とはいえ内情を話されて聞き出してこいと言われたって、宮女達から有益な情報を得られるかどうか……。
「そこはお前の腕の見せどころだろう?」
そう言うと煜峰は、麗霞の足の先から頭の先まで、品定めするかのようにまじまじと見てきた。
「なっ、なんですか?」
そんなに見つめられると、流石に宦官が相手でも心臓がバクバクしてきた。
煜峰は母親が皇帝の目に止まるような美女の子とだけあって、かなりの美形なのだ。
さらに煜峰が麗霞の心臓を跳ね上がらせるような行動に出た。
「ゆ……煜峰殿下?」
顔がよく見えるようにか煜峰は、顎に手を添えて上げると「悪くない」と呟いた。
「はい?」
「少々つり上がり気味でぱっちりとした目は猫のようだし、すももを思わせる艶のある唇にもそそられるだろう。それにその身体付き。華奢そうに見えて出る所は出ている」
「あ……あの……もしかして煜峰殿下が仰りたいことってもしかして……」
なんだか嫌な予感がする。
この先はきっと、麗霞が期待するロマンチックな展開ではない。
「分かるだろう? 『犬』改め『メス猫』よ」
くいっと口角を上げた煜峰はやはり、麗霞の期待を裏切った。
市川 ありみ
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花月夜れん
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耀聖(ようせい)
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耀聖(ようせい)
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コメント
1件
おお、ついに来たか……煜峰の要求。 「犬になれ」じゃなくて「メス猫」って呼び直すあたり、彼の洒落っ気というか、計算高さというか。麗霞の困惑と、それでも話を呑まざるを得ない状況がじれったくて楽しいです。 それにしても、皇太子の立場の危うさや後宮の情報戦がここで本格的に動き出すんですね。春画を描く官女という異色の立場を、あえてスパイに仕立てる発想が憎い。恋恋の絵が単なる春画以上の意味を持ち始めそうな予感がして、次の展開が気になります。