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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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脇田と別れて、蓮はマンションに入る。


困ったな、どうしよう、と思う。


脇田のことではない。

奏汰のことだ。


ああいうタイプが一番困るんだよな。


脇田の誘いに乗るのも、真知子に言わせると問題あるそうだが。


やはり、同じ部署だし、いつも顔合わせてるし、お世話になってるし、断れない。


……待てよ。

前もこんなことあったな、と思いながら、エレベーターを待つ間、スマホを見ていた。


未来の番号に合わせたあとで、うーん、と唸る。


助けて、と一言言うのは簡単だ。


だが、未来はあの顔で冷ややかに見て言うだろう。


『へー。

助けは借りないんじゃなかったの?』


そうですね。

そうですよね。


せいぜい、晩ご飯持ってきてもらうくらいですよね、頼るのは、と思いながら、溜息をついたとき、誰かが後ろからスマホを取り上げた。


振り返ると、渚が立っていた。


スマホの画面を見ながら、ほほう、と言う。


「他所の男に電話しようとしてたところだったか」


どうするかな、浮気の現場を見つけてしまったぞ、と言い出す。


「なに言ってんですか。

未来じゃないですか」


もう~と言ったあとで、

「今、いきなり、スマホが上に浮いてったから、UFOにでも吸い上げられたかと思いましたよ」

と言うと、


「お前は相変わらず、阿呆だな」

と言われる。


ほら、乗れ、と扉の開いたエレベーターに向かい、背を押された。


鏡の前の手すりに手をかけた渚は笑ってこちらを見下ろす。


「気の利くエレベーターだな。

二人きりだ」


意味不明ですが……、と思いながらも、渚の顔を見られて、ほっとしていた。




「そうだ、蓮。

式場は何処がいい?」


はい? と珈琲の缶を持ったまま、蓮はキッチンで顔を上げた。


「これが、徳田お薦めの式場だ」

とパンフレットを一通り出してくる。


「はあ、徳田さん、お薦めの……」


それは断れなさそうだな。

この中から選ぶしかないのか、と思った。


「お前の親にも断らなきゃいけないがな、蓮」


パンフレットを見たまま、渚は言う。


「……そうですね」


蓮は側に座り、そのうちの一枚を手に取った。


森の中の美しい教会だ。

真っ白な尖塔が太陽の光に映える。


夢のように綺麗な場所だな、と思った。


「そこにするか?」

と渚が横から覗いてくる。


「あんまり人が入りそうにない小さな教会ですけど、大丈夫ですか?」


「いや、誰も呼ぶつもりはないから」

と渚は言い出した。


「披露宴はそのうちやらないとまずいかもしれないが、式は誰も呼ぶつもりはない。

まあ、徳田と……享は呼ぶか」


「浦島さんは?」


じゃあ、浦島も、と言う。


「お前の親も来たいと言えば、来ていいぞ」


そんな言い方をする。


あれっ? と思ったが、今はなにも追求したくはなかった。


側に居る渚の肩に少し頭を寄せる。


「……どうかしたのか?」

「どうもしません」


いけませんか? とこちらを見た渚を見上げた。


……いや、と言い、パンフレットを置いた渚の手が肩に触れ、そのまま唇を重ねてくる。


そのままソファに押し付けるようにしてきた渚の額に手をやる。


「今日はパスです。

疲れてるんで」


「大丈夫だ」

と言った渚は、蓮の胸に、ソファの下にあった大きなクマのぬいぐるみを押し付けてくる。


「それ抱いて、目を閉じて、じっとしてろ。

その間に終わるから」


「……どんな人でなしですか」




結局、クマを抱いたままだった蓮は、ベッドに転がったまま、さっきの結婚式の話で、文句を言う。


いや、文句があるのは、渚に対してではないのだが。


「いい大人がいちいち、結婚するとかしないとか、親に報告しなきゃいけないなんておかしくないですかね?」

と言うと、渚はクマを取り上げながら、


「祝ってもらえるんなら、祝ってもらえ。

まあ、俺も人のことは言えないが」

と言ってくる。


「お前を育てた人たちだからな」


……育てられただろうかな、と蓮は眉をひそめてしまう。


だったら、一番懐かしいのが、未来の叔母の手料理なんてことがあるだろうかと思う。


うーん、と渋い顔をしながらも、俺も人のことは言えないがってなんだろうな、と思っていた。


前から気にはなっていた。

渚の話に、ジイさんと徳田さんの話は出るが、ご両親の話は出てこない。


居ないわけではないのは知っているのだが。


あれかな。

何処かの国の貴族みたいに、各子供に城があって、親と滅多に接点がないとか。


そんな莫迦な……。


クマを抱いたまま、キスしてこようとする渚を押しのける。


「考え事してるんで、やめてください」

「なにしてても、考えられるだろうが」


「気が散るんです」

と言うと、どんな言われようだ、と言うが。


いや、まだキスされて平気なほど、恋人同士として、馴染んでいないというか。

ちらと後ろの渚を見、


「そんなことされると、渚さんのことしか考えられなくなるからです」

と少し赤くなって本当のところを言うと、ちょっと嬉しそうに笑って真後ろから抱き締めてくる。


なんかいいなあ、と思っていた。

此処ではなにも構えたり、気を使ったりしなくていいし。


この人とずっと二人で居られたら、幸せな気がする、と思って、でもなあ、と思う。


「やっぱりやめてください」

と渚の顎を突いて押し返した。


「あの、あんまりキスとかしたら、飽きませんか?」

渚を振り返り言った。


「お前は飽きるのか?」


「いや……そんなにはしたことないので、わからないですけど」

とうっかり言うと、そんなにはしたことないって誰としたんだ、という顔をされてしまう。


「い、いや、渚さんとはですよ」

とフォローを入れたが、かえって変な感じになってしまった。


渚以外とはたくさんしたことがあるみたいではないか。


もちろん、そんなことはないのだが。


……言い間違い恐ろしい、と思いながら、

「そうじゃなくてですねー」

と弁解というか、説明する。


「あんまり近づき過ぎると、飽きられたり、嫌われたりしないかなあって、不安になったりしないですか?」


「全然」


うん。

そういう人ですよね、貴方、と思った。


でも、ちょっと小心者なところもなきにしもあらずだと思うのだが。


虚勢を張っているのか。

そんな自分に気づいていないのか。


判断つきかねるな、と思いながら、

「真知子さんが言ってたんです。

憧れから近づき過ぎたら、好きじゃなくなるかもって」

と言う。


奏汰のことを思い出していた。


「大丈夫だ。

俺はお前になど憧れてはいない」


うん、それもどうですかね? と思っていると、

「それに、最初に会ったときより、今の方が好きだ」

と言ってくる。


この人の、言葉よりも、この、いつも真っ直ぐに見つめてくる瞳にやられそうになる。


まあ、真っ直ぐに見て嘘つく人も、嘘でなくとも、視線を合わさない人も居るけど。


そんなことを考えていると、渚が、

「なに思い出してる?」

と訊いてきた。


また渚に背を向け、呟いた。


「いえ……。

男と女って難しいですよね。


なに考えてんのかわかんないって言うか」


「お前……それ、俺の話じゃないよな?」


そりゃ、渚さんの考えは丸わかりだからね、と思う。


なにも隠さない人だから。

だから、安心できる。


「……俺にそういう相談するの、おかしくないか?」

と問われ、なにも考えずに、


「そうですよねえ」

と答えていた。





「おはようございます」


朝、社長室に入ってきた脇田を見た渚は、組んでいた腕を解いて、デスクを叩いた。


「脇田。

蓮の過去を洗え」


そう言うと、何故か脇田は吹き出す。


なんだ? と見ると、

「今まで調べてなかったことにびっくりです」

と答えてきた。


再び、腕を組み、渋い顔をして、渚は言った。


「ま、たぶん。

徳田辺りは調べてる」


「じゃあ、徳田さんに電話しましょう」


そう笑って言う脇田を上目遣いに見、

「……驚くなよ、脇田」

と言うと、なんで僕が驚くんですか、という顔を脇田はしていた。




派遣社員の秘め事  ~秘めるつもりはないんですが~

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