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推しの生誕祭から6年が経った。
俺はあれから気の向くままに、のどかなエルフ森ライフを満喫している。
【星渡りの古森】には、エルフが誇る美しいスポットが何個もある。
その中でも特に俺がお気に入りなのは【空中庭園パピヨル】だ。
「あ、いましたね」
【空中庭園パピヨル】は巨大な花に擬態している蝶々で、その大きさは全長30メートルを超える。羽には無数の花々が咲き誇り、一度羽ばたけば鱗粉のごとく花びらが地上へと舞い落ちる。
空飛ぶ庭園、ゆえに【空中庭園パピヨル】。
そしてそれらは決まって、天へと延びる巨大な植物の上に居座っている。蝶が花の蜜を吸うように、しかし花本体が蝶となっている不思議な存在だ。
「————蔓よ、私を乗せて」
俺は『神象文字』を用いずに、エルフが習得する森言葉を通じて植物に協力を仰ぐ。
周囲の蔓が俺を包むように伸びては、そのまま【空中庭園パピヨル】まで押し上げてくれる。
【空中庭園パピヨル】は俺みたいに小さな存在が乗っても微塵も気にしない。
だから俺はふさふさのパピヨルの上で寝転がりながら空中庭園を堪能するってわけだ。
「やっぱり空が近いと気持ちいいですねー。では、そろそろクエスト消化もしましょうか」
今度は『神承文字』を空中に書く。
『解錠————【次元の宝物殿】』
いつでもどこでも収納可能なアイテムボックスから、【古代樹の樹液】が入った瓶を取り出す。そして【空中庭園パピヨル】に咲く花々へ振りまけば、地面が揺らめくように巨大な羽がぶるりと震えた。
クロクロのシーズン4時代に存在していたクエスト、『空中庭園のお世話』に該当する行いだ。
「さあ、飛び立ってごらん」
【空中庭園パピヨル】にとって【古代樹の樹液】は非常に栄養価の高い蜜だ。
それを摂取したとなれば『ここではもう十分食事ができた』と判断し、次なる餌場を求めて【空中庭園パピヨル】は飛び立つ。
花々の翼がバサリとはためき、風と奏でる音色が俺を包んでくれる。
天高く【空中庭園パピヨル】が羽ばたけば、無数の花びらが森へと降り注ぐ。もし下にいたら、花のシャワーを浴びてると錯覚してしまいそうな光景だ。
「んー、今日もよい感じに花が撒かれていますねーこれで古森もさらに元気になりますねー」
実は【空中庭園パピヨル】の鱗粉こと、花びらは森の植物たちにとてもいい影響を与える。土壌そのものを強くする、色力が宿っているのだ。
クエスト『空中庭園のお世話』は、【星渡りの古森】に存在するデイリークエストの一つで毎日コツコツこなしてゆくといずれはとびきりの報酬がもらえる類のもの。俺はこういったクエストらしきものを、この数年でちょこちょこクリアしている。
もちろんクエストを提示してくれる依頼人なんてのはいないけど、もしこの世界がクロクロと同じならば多少は意味があるのかもと思い、検証した次第だ。
その結果——
『森、喜んでる——』『ありがとう——』『エルフたちにも伝わる——』
『緑魔法【新緑の芽吹き】——教える——』
古代樹たちが意思を通して俺に感謝を語る。さらには新魔法の習得方法まで教えてくれるといった寸法だ。
クロクロでのクエスト報酬は、『森レベル+1』『エルフ族の好感度+2』『緑魔法【新緑の息吹き】習得』の三点だ。
森レベルとは森の状態がよくなり植物の力が増すというもの。それに付随して新クエストなどが発生するし、エンシェントエルフの特性から見てもメリット満点だ。
森が強くなれば、森からより強大な力を借りれるようになる。
そして『エルフの好感度+2』はおそらく木々を通じて、俺が森の状態をよくしてくれたと伝わるのだろう。
最後の新魔法習得まで、ゲームと同じ報酬内容だ。
「やっぱりクロクロの世界に似てます」
なんとなくクエストを消化して自身の糧とする。
それが俺の六年間の生活ルーティーンとなっていて、古森の土や水、そして植物を強化していく日々となっていた。
「ふあー綺麗ですねー」
【空中庭園パピヨル】から森を見渡し、地平の彼方から登る朝焼けをじっと見つめる。
推しも同じ景色を見ていたと思うと喜ばしい。その反面、もう推しと何かを共有できなくなってしまったこの状況に……侘しさを覚える。
そんな風にぼーっとしていたから、いつもより長く【空中庭園パピヨル】の背に乗り続けてしまった。
おかげでだいぶ古森の浅い地域まで移動していたようだ。
エルフの楽園から離れ、人族との境界線を引く森まで来てしまったと気付く。
「ん……? 木々が何か、囁いてる?」
『人の子——』『憔悴——』『迷い人——』『朽ちて——』『森の糧に——』
どうやら古森に人間の子供が迷い込んでしまったらしい。
俺はすぐに古代樹や周囲の木々に意思をつなぐ。
「木々たちよ、避けて。パピヨル、私を下ろして」
鬱蒼と生い茂る木々が、私たちを避けるようにしなってくれる。
空を覆い尽くしていた森は、一瞬にして空へと繋がるぽっかり空間を作ってくれた。
そこへパピヨルを誘導して、改めて人の子を見てみる。
パピヨルからの花びらが無数に舞い降る中で、ボロボロになりながら途方にくれた少年が私を見上げていた。
そう、ここにきて初めて人族と遭遇した瞬間だった。
「あっ、あっ……森の精霊姫……?」
その少年はよくわからない言葉をこぼし、驚愕の眼差しで俺を指さした。
まるで伝説そのものと出会ったかのように——