テラーノベル
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とある飲食店の中、周りの目も声も全て遮られた個室の一角。
すっかり冷め切ってしまった鍋を間に挟み、目の前で項垂れるラウールと康二に、かれこれ三十分以上休む間もなく言いたいことの全てを吐き出していた。
「分かってるの!?自分たちが何してたか!」
「、、ごめんなさい…」
「すまん…そないなことなってるて知らんくて…」
「ほんっとに…もう…ッ!」
こんなに感情を昂らせたのは久しぶりだった。
もしかしたらガスボンベが爆発するかもしれないと、まず先にカセットコンロから抜き取っておいたのは正解だったかもしれない。
先程から、ガタガタと机が揺れていて、一向に大人しくならないのだ。
むしろ、それだけで済んでいてありがたいくらいだった。
二人が反省している様子は痛いくらいに伝わっていたが、それでも自分の中に湧き起こる気持ちがいつまでも大人しくなってくれる気配が無い。
こんなに心が騒がしいのはどうしてだろうか。
今、俺は何を感じているんだろう。
嬉しいの?
怒ってるの?
悲しいの?
むしろ、興奮しすぎてこの状況を楽しんですらいるの?
自分の喜怒哀楽なんて一つも掴みきれないまま、大きさを増すばかりの声を張り上げ続けた。
あれから三日が経って、やっと心の中にある激しさが落ち着き始めた。
常に頭に血が上り続けていたわけでは無かったが、ふとした瞬間に二人の顔が頭に浮かぶと、何とも言えない気持ちが体の中で渦を巻いていくので、唸り声を上げたい衝動をどうにか抑え込んでいた。
その度に自分の持ち物が破裂したり、ひとりでに揺れたり回ったりと忙しなかったが、そんなことを気にしている暇も無いほど、いつだって全ての感情がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
できることなら、その辺をぐるぐると走り回りたかったくらいだ。
人前では何とか普段の自分でいられたことに安心しつつ、新曲の打ち合わせのために集まったメンバーたちを遠巻きに眺める。
──はぁ…、ほんとに申し訳ない…。
重苦しいため息を吐き出しては、心の中でそれぞれへ「ごめん…」と唱えた。
とりあえずラウールと康二には、もう二度と満月の夜に“超常現象探求クラブ”とかいうものはやらないと約束させたので、きっともう何も問題は起きないだろう。
とはいえ、それが解決したとしても、やるべきことはまだ残っている。
「ちゃんと考えて欲しい」と言われても、どこから手を付けたらいいのかさっぱり分からなくて、無意識に「うぅ”ん…」と声が漏れた。
「舘さん、すごく不満があるって顔してる」
不意に声を掛けられ、すかさず顔を上げると、三日前と同じように照とふっかが心配そうな顔をこちらに向けていた。
「なんでもないよ」と返答すると、照は困ったように顔をくしゃっとさせて笑った。
「それ、いつだったかに俺が舘さんに言われたのとおんなじ言葉だよ」
「えっ?」
「ほら、一回見えなくなっちゃった時にさ」
「ぁ…あぁ、そうだね。そんな話したね」
「あの時、俺は全然「なんでも」なくなかった。言いたいこと、モヤモヤすることでいっぱいだった。怒りたいのか泣きたいのか全然分かんなくて、ずっと落ち着かなかった」
「うん、そんな感じに見えたよ。もうしばらくそんな顔見てないから良かったよ」
「みーやーちゃん?」
「っ、、うん?」
「今は俺の話じゃないよ?今の宮ちゃん、あの時の俺と同じ顔してる。無理にとは言わないけど、俺に持てるものがあるなら、少しだけでもいいから分けて欲しい」
「二人の話よく分かんねぇけど、俺も照に同感。話聞くくらいしか出来ないかもだけど、なんか困ってんなら何でも言ってよ」
「…ふふっ、大丈夫だよ」
「………そっか…」
彼らを見ていると、去年の夏頃のことが自然と思い出される。
熱く燃え上がったドームライブの最中、寂しくて悲しいのに、それでいてとてつもなく強い気持ちが遥か高い屋内の天井まで昇って行った日が、昨日のことのようだ。
俺がしたのは、間に合わせの応急処置でしかなかった。
ただ、「これだけでは終わらないだろう」という心配はあったので、それからも注意深く彼らのことを見守っていた。
強くなる想いに共鳴するように、その粒は毎日形を成して行った。
反対に、一つの命を生み出す程にまで膨れ上がった気持ちを抱えているはずなのに、彼は毎日萎んでいった。
俺がしてあげられるのはあくまでも「そっち方面」のことだけなので、深入りはせずに秋頃まで動向を伺い続けた。
ある日、二つに分かれてしまっていたものがしっかりと元の場所に帰ってきていることに大いに安心したことも、新しい話し相手ができたこともいい思い出である。
無事に解決した過去の出来事を振り返っていると、照はこちらに顔を寄せ「ねぇ舘さん、ありがとう」と耳打ちした。
「っ、…ん?」
「この間ね、仕事で霊媒師の先生に会ったの」
「そうだったの」
「その人が教えてくれたんだ。あいつ、ずっと俺のそばにいてくれてるって」
「ふふ、そうだね。俺もずっと視てたよ」
「どこ行っちゃったんだろうってずっと気になってたから嬉しかった」
「でも、今はふっかがいるでしょ?どうしてあの子のことも気にしてくれてたの?」
「んー、“どっちが”みたいなのじゃないんだよね。あいつの中から生まれたんなら、俺にとってはあいつも大事な存在だからさ」
「ありがとうね」
「どうして舘さんがお礼を言ってくれるの?」
「嬉しいんだよ。普通なら、こんなこと「怖い」とか「気味が悪い」って遠ざけようとするでしょ?でも、照はあの子のこと受け入れてくれた。それが嬉しいの」
「ぃひひっ」
「そういえば、照最近家にゲーム置いたでしょ?あの子が嬉しそうに話してたよ」
「えっ!そんな話してたの?!」
「ふふふっ、うん。見てるだけでも楽しいってさ」
「…そっか、ふひひ…」
嬉しそうにふにゃっと笑う照と、今ではもうすっかり表情が明るくなったふっかを眺めていると、後ろから声がした。
「照ね、俺“たち”が家に行った時はずっとテレビ点けててくれるの。俺が好きな番組ばっかり。ぇへへっ」
彼らだけの甘い時間がこんなにも筒抜けになってしまっていていいのだろうか、なんて思うが、こちらも勝手に口角が上がるくらいにはお腹がいっぱいだった。
──蜂蜜みたい。
誰かと深くまで心を通わせるということは、もしかするととんでもなく幸せなことなのかもしれない。
自分が経験したことのない感覚を想像することは難しくて、なんともぼんやりした幸福の形を漠然と思い浮かべながら照とふっかを眺め、そしてその気配を背中で感じていた。
あっという間に日は過ぎて、また三日が経った。
納得のいく答えは、まだ出せていなかった。
状況は整理できているが、そこに自分の気持ちが全く追い付いていなくて、どうしたいのかも相変わらずよく分からなくて、気付けば二人を避けてしまっていた。
今はMV撮影の真っ最中だが、セットの中で今しがた撮った自分のカットを確認していたラウールと不意に目が合った瞬間、居た堪れなさからか無意識にふいと顔を背けてしまって、すぐにツキンと胸の奥が痛んだ。
「はぁ…良くないなぁ…」
一緒にいる時間が重なっていくほど自然と固くなっていったメンバーたちとの関係を、自分が壊してどうするんだと心の中で自分を責めてみても、気持ちが焦るばかりで考えはまとまらず、空回るばかりだった。
「舘さん、舘さん」
ぐちゃぐちゃの頭の中を空っぽにするように大きくため息を吐いてから、パイプ椅子の上で足を組み直すと、いつの間にか隣に座っていた目黒から唐突に声を掛けられた。
こちらの考え事を察されてしまわないうちに、すぐ「ん?どうしたの?」と尋ねると、目黒は遠慮がちに、それでいてどこか希望に満ちた輝く目で俺を見つめた。
「舘さんにさ、頼みっていうか、お願い事があって…」
「?」
「その…えっとさ…」
「ふふ、遠慮しないでよ。何でも言って?俺にできること?」
「あ、ありがと…。その、さ…」
「うん」
「亮平とあの子を、もう一回会わせてあげられないかなって…」
「…あの子って?」
「亮平の守護霊。二人に話をさせてあげたいんです」
「どうして?」
「亮平さ、いつも寂しそうにあの子の話するんだ」
「それを聞いて、目黒はもう寂しくなったりしないの?」
「え、俺?ぅん、流石にヤキモチ妬くことはないし、思ってることも我慢しないで亮平に伝えられるようになってきたから、その辺は大丈夫ですけど…」
「そっか、ならよかったよ」
「それでさ、会えたりする…?頼まれたわけじゃないんだけど、それでも叶えてあげたいんだ、亮平のお願い。いつだって笑ってて欲しいから」
「そっか」
目黒の話に一つ頷き、真っ直ぐにその目を見つめ返す。
こちらの言葉と気持ちが捻じれて伝わってしまわないように。
しっかりと、誠実に、真剣に。
「ごめんね、会わせてあげることはできない」
大きな黒い目は、「やっぱだめか…」と嘆くように悲しげに伏せられる。
その表情にこちらまで胸が締め付けられるが、諦めるのはまだ早い。
俯いた広いおでこに向かって、一つの提案を投げた。
「でも、方法が無いわけじゃないよ。もしよければ、今日目黒の家にお邪魔してもいい?阿部も連れてきて」
:
:
:
「舘さま、今から何するの…?」
何も事情を聞かされていないのだろう。
阿部は戸惑うように目をくりくりと回しながら首を傾げた。
「亮平!座って座って!」
「う、うん…?」
目黒と阿部がソファーに深く腰をかけたのを確かめてから、こちらも二人を正面に見て床にあぐらをかき、深く息を吸い込んで全て吐き出す。
それを数回繰り返し、神経を研ぎ澄ませる。
俺には、あの子の姿を二人の目に映してあげられるような力は無い。
それに、“彼”の方にも阿部の前に姿を見せたいという意思が全く感じられない。むしろ、全力で嫌がっている空気をこの肌にビリビリと感じている。きっと、あの夜に出てきてくれたのは咄嗟のことだったのだろう。
状況と条件が揃っていた、ただそれだけのことだったように思う。
目黒の頼み事の全部を叶えられずとも、言葉だけならきっと。
ゆっくりと目を閉じてから、“彼”に問い掛けた。
──聞こえる?
「…えぇ、聞こえていますよ」
──ふふ、怒ってるの?
「いえ、ミヤダテさんには一つも。誰の差し金かは分かっていますから」
「ぎく。…マスターがアベちゃんのお願い叶えてあげたいってずっと思ってたから「ダテさんに頼んでみたら?」って囁いただけだよぉ…」
「そういうのがメグロさんに影響するって言ってるんでしょう!?なんでいつもいつも後先考えないで軽はずみに行動するの!」
「ご、ごめ…リョウヘ…」
──まぁまぁ、阿部からのお願いなんだって。少しくらいは聞いてあげて、ね?
「はぁ…“僕”に関係しないお願い事を専門にしてきたんですがね…。存在を知られてしまった以上は仕方ありませんか。それで、僕は何をしたら?」
──ありがとう。ちょっと待っててね。
一応の了承をもらえたところで、不思議そうにこちらを見つめていた阿部に声を掛けた。
「阿部、あの子と話したいことある?」
「えっ、、?」
「亮平言ってたでしょ?「あの子とゆっくり話してみたかった」って。だから舘さんにお願いして、話が出来るようにって来てもらったんだよ」
「そうだったの?!舘さまごめん…」
「ふふ、どうして謝るの?」
「だって…また迷惑かけちゃった…」
「迷惑だなんて思ってないよ。せっかくだし、なんでも話してみたら?」
「うぅ…」
「亮平?」
「あの子にも申し訳ない…。だって、多分だけど敢えて会わないようにしてくれてる気がするの。あの子の気持ちの全部は分からないけど、この間みたいなことが起こっちゃうかもって、あの子は誰よりも俺に会いたい気持ちを必死に我慢してるのかもしれないって、、そんな気がして…」
「…亮平…ごめん…、俺…余計なことした…」
「ぁ、ううん、蓮が俺のこと思ってくれるのも本当に嬉しいよ。二人の気持ちがどっちもおんなじくらい嬉しいから複雑で…」
──だってさ。宿主の前に姿を見せないっていう君たちの性質は、俺もちゃんと分かってるから普通のことかなって思うけど、それにしても君は控えめだよね。どうしてそんなに決まりを守ろうとするの?
「今マスターが仰ってくださった通りです。僕らが生きる地点とマスターたちがいる世界とには、実際以上の距離、隔たりがあります。それをひとたび踏み越えれば、その先はもう何が起こるか分かりません」
──うん、そうだね。
「僕にとって何よりも一番大切なのはマスターなんです。その身を守り、その平穏と安寧が永遠に続くよう見えない場所から支えていくのが僕たちの役目です。その均衡が崩れてしまうというのは、何よりも避けるべきことですから」
──会えなくても寂しくない?
「その目に映らずとも、言葉は交わせずとも、僕は毎日幸せです。いつだってマスターのそばにいることができる、役に立つことができる。それだけで十分なんです。それに、たった一度だけですが、僕はマスターと…いえ、これは言わずにおきましょう。夢は夢、ですから」
──そっか。今の話、阿部に伝えてもいい?
「えぇ、どうぞ。恥ずかしいので、簡潔にお願いします」
「阿部の言う通りだって」
「えっ!」
「あの子達って、すぐ近くでいつだって支えてくれてるけど、この間みたいなことがあると何かしらトラブルが起こるの」
「うん」
「そういうことが起こらないようにって会わないようにしてくれてるみたい。全部、阿部が傷付かないためで、ずっと守っていたいからだって」
「やっぱりそうだったんだ」
「うん、会えなくても話せなくても、ずっとそばにいられるから幸せだって言ってるよ」
「そっか、ふふっ」
「うん?」
「「いつもありがとう」って毎日心の中で伝えてるんだけど、それが聞こえてたら嬉しいなって」
「聞いてみようか?」
「たはは、お願いします」
──どう?阿部からのお礼、届いてた?
「……えぇ。僕には、…勿体無いくらいです…っ…」
「リョウヘイ、泣いてるの…?」
「うるさい…っ、」
「そんなこと言わないで、俺にまで隠さなくていいんだよ。おいで?」
「っ、、いつもバカなくせに、こんな時だけそういうことしないでよ…」
「嬉しいね、アベちゃんがやっとリョウヘイに気付いてくれた」
「…ぅ”ん…っ、」
「俺たちのこと受け入れてくれた、大事に思ってくれてる。幸せだね」
「う”ん”ッ…」
冷静で強気な子の新しい一面に出会ってはなんとも心が温かくなって、思わず頬が緩んだ。
「ちゃんと聞こえてたみたいだよ。すごく、すごく嬉しいって」
「ほんと!?よかったぁ…。すぐ近くにいるなら、直接伝えてみようかな」
「うん、いいと思うよ」
阿部は弾む息を落ち着かせるように深く深呼吸をした後、斜め上を向きながら微笑んだ。
「いつも大切に想ってくれてありがとう。姿は見えなくても、いつでもそばにいてくれてるんだなって思うと、勇気をもらえるの。君が言ってくれた「全てはうまくいく」って言葉、いつもお守りにしてるよ。…これもなんとなくなんだけどね、「うまくいく」ようにいつも君が、影から俺を助けてくれてるような気がするの。本当にありがとう。大好きだよ。そっちの“れん”とも仲良くしてね」
阿部の言葉が途切れると、開けていた窓から優しい風が吹き込んできて、カーテンが大きく宙を舞った。
──落ち着いた?
「…すんっ、ええ。…あぁ、そうだ。僕からも一つだけマスターにお尋ねしたかったことがあるんです。ミヤダテさん、代わりに聞いていただけませんか?」
──うん、いいよ。どんなこと?
「あの時、マスターがどうして命を粗末にしようとしたのか、それが今でも分からないんです」
──ん?どういうこと?
「あの日、マスターは突然レンに「死んでもいい」と言ったんです。どうしてそう仰ったのかずっと不思議で、だから僕は咄嗟に前に出ざるを得なくなったというわけでして」
──うんうん、わかった。聞いてみるね。
先程までの困惑した表情とは打って変わり、幸せそうに笑っている阿部に彼の言葉を丸ごと借りて尋ねた。
「ねぇ、阿部」
「なぁに?」
「あの時、どうして「死んでもいい」なんて命を粗末にするようなことを言ったの?って聞かれてるんだけど、理由教えてあげてくれない?」
「へっ…」
「ん?そんなことがあったの?」
「ぁ、、そっか…蓮はその時のこと知らないんだっけ…」
「なんでそう言ったの?亮平、ホントに死なないよね…?」
「ぁ、ぁはは…死なないけど、…恥ずかしい…」
阿部は照れたように笑いつつ、二、三度頬を掻いた。
「あれ、言葉通りの意味じゃなくてさ…」
「「んん…?」」
「明治時代の文豪がね、ロシア文学のある小説の中のセリフをそう訳したの」
「あるセリフ?」
「うん。そのまま翻訳するんじゃなくて、日本人の思考性とか価値観を汲んで、日本風の表現にアレンジした有名な一節なんだよ。月を見てたら、なんでか急に思い出したの」
「それを、阿部は目黒に伝えたってことか」
「うん。ふふ、自分で言っておいて、今更ながらに恥ずかしいけどね」
「亮平、それ、どんな意味で俺に言ってくれてたの?」
「知りたい?」
「し、知りたい…、…っ、」
覚悟を決めるように目黒が唾を飲み込む音が、静かになったリビングに響く。
一呼吸置き、阿部はふわっと笑って目黒の頭をその胸に抱いた。
「“俺は蓮のもの”。俺の何もかも、全部蓮にあげるから、って気持ちだったんだよ」
その言葉を聞き終えると、目黒は目を数回瞬かせてからその体を強く抱き締め返し、声の限りに叫んで、阿部の顔中にキスの嵐を降らせ始めた。
「亮平っ!亮平!すき!すきっ!〜〜っ!!大好き!俺も!俺も全部あげるっ!」
「ちょっ…!れんっ、まって…!ぁっ…っ、だてさま、見てるからッ、んむん”ん”ぅ〜ッ!?」
明後日の方向を向いて「暑い季節が近付いてきたなぁ」なんて全く違うことを考えてやり過ごそうとしているうちに、気付けば背後からも熱気が漂ってきていた。
「…マスター…紛らわしいですよ…」
「へー、そういう意味だったんだ。やっぱヒトの感情ってすごいね。難しいや」
「感心してる場合じゃないっ!…僕の勘違いだったなんて…」
「でも、今はみんなで元通り仲良くできてるし、結果オーライ?ってやつなんじゃない?」
「棚に上げないで!そもそもレンが勝手なことしなきゃ、マスターがあんなに思い詰めることもなかったんだから!それは一生忘れさせないから」
「絶対忘れないよ。だってリョウヘイがキスしてくれて、「好き」って言ってくれたんだもん。永遠に覚えてる」
「うるさい。そこだけ忘れて」
「やだ。リョウヘ、こっち見て」
「…ぃや…」
「ふは。だぁいすき…。ん、、ちぅ…」
「…っ、ぁっ、、やぁだ…、ミヤダテさん、いらっしゃるから…ぁ、ッ」
「ダテさん見てないフリしてくれてる」
「そういう問題じゃな…、っひぁッ!?やめっ…、マスターがいるとこでは、、、ぁ、ぁっ………〜〜ッ!!レン、レン…っ!」
「ん、、ふふっ…なァに?」
「ぁぅ、…おうち、、かえる…ぜんぶうばって……、っ、とじこめて…っ…」
「ぁは。泣いちゃったから?今日は堕ちてきてくれるの早い。…っ、ぁぁァッ…!!リョウヘイのこの目が一番好き…。綺麗だよ、愛してる。俺の愛はリョウヘイにしか理解できない、リョウヘイの愛も俺にしか理解できない。はぁ…幸せすぎておかしくなりそう」
「レン…はやくいくの…だっこ……」
「うん、おいで?…ん”ァ”ぁ”〜…ッ”!!俺だけがリョウヘイの全部を奪えるんだ…その手もその足もその目もその心だって、何もかも…俺だけ…俺だけが…………ぁはァ…ッ…」
──ここ南国だっけ?あ、パイナップル食べたい。
彼らの恋愛事情に口出しするつもりなんて全く無いが、俺を挟んだ状態で事が始まりかけている状況には、流石に耐えられそうもない。
阿部の守護霊は、もしかすると本当は激しい感情を持っているのかもしれない。
今日は阿部から言葉をかけられたこともあって、いつもであれば抑え込めているものが出やすくなってしまっていたのだろうか。
きっと、自分の恋人にしか見せない特別な姿なのだろう。
恋人を厳しく叱りつけている場面しか見たことが無かったので、「この二人はなぜ上手くいっているんだ?宿主の魂に引っ張られて仕方なく一緒にいるのか?」と思っていたが、そうではなかったらしい。
今見るに、どうやら阿部の守護霊もなかなかに愛情が重たいおかげで、いいバランスが取れているようだ。
──まぁ、幸せそうでなにより、か。
「そろそろ帰るね。目黒、明日もMV撮影あるから程々にね」
「ぅす。舘さんありがとう」
「いえいえ、こんなことくらいでいいならいつでも声掛けて」
「っはぁ、、…ん…はっ、だてさま、ありがと…また明日ね…」
「……がんばって」
──二人も、またね。
「うん!ダテさんありがとう。俺も今度マスターと話したい」
──うん、約束ね。
「ありがと!へへ…嬉しい」
「レン、、やだぁ、、ぎゅってしてて…」
「はぁい、ぎゅ〜っ。…んん〜っ…すき…すき…。マスターたちのそばからしばらく離れるけど…まぁ大丈夫か」
「レンっ…!…はぁく…ぼくとレンだけがいい…」
──あーあーあー、早く帰ろ。
溶け切った二人の阿部と、目をギラつかせる二人の目黒を置いて、甘い空気が充満する部屋を後にした。
目黒の家を出た後、どうしてかゆっくり帰りたくなった。
タクシーは拾わず、電車に乗って歩いて帰ろうと思い立った。
今は深夜近いし、マスクをして帽子を被れば誰にも気付かれずにいられそうだ。
時折スマホでナビを確認しつつ、夜空を眺めながら歩いた。
天高く上る橙色の月が、こちらをじっと見つめている。
ほんの少しだけ体を欠けさせたその輝きを見つめていると、頭の中には澄み渡った考えが浮かんでいった。
月の力というものは計り知れない。
言うなれば強い霊力のようなものを持っている。
そんな気がしてならない。
「超常現象探求クラブ、ねぇ…」
好奇心は猫をも殺す、という言葉はこういう時に使うのだろうか。
それっぽくは聞こえるが、本当の使い時が今かどうかは知らない。
強い気持ちは、一つの命を産む。
満月は、生きているものにも、そうでないものにも、不思議な力を与える。
俺の中にあるこの二つの持論は、やはり正しかったのかもしれない。
ふっかは生き霊を生み出し、目黒は守護霊をその身に移すことを許した。
阿部は、目黒の守護霊と過ごすうちに生命のエネルギーを枯らしかけた。その極限状態の中で、阿部の守護霊は満月の力を借りて姿を現した。
しかし、これらは副作用に過ぎなかった。
その命たちの根源は。
その元凶は。
「ラウールと康二の“強い気持ち”が、みんなを呼んだ…」
いや、そうじゃない。
それだけじゃない。もっと奥深くに根本がある。
その想いの先にいたのは。
そんな強い気持ちを生み出させたのは──。
「……俺のせいだ………っ…」
あの二人が気持ちを向けてくれて、超常現象に出会いたいとそっちの方面でも強い気持ちやら、期待やらを持って満月の夜に行動していたことが全ての始まりだった。
あの子達の“気持ち”の残滓は、知らず知らずのうちにメンバーへ降りかかってしまっていた。
こういうものは、近しい人から、またその近しい人へと伝染していく。
大きく回り道をしながら、ついに二人の想いは俺の元まで届いた。
あの二人は何も悪くない。何も知らなかったのだから。
純粋に俺を好きでいてくれていただけだ。
この一年、自分の周りがこんなにも騒がしかった理由は、ここにあった。
そのことに、鍋を食べた六日前にようやく気付いた。
「赤くなり始めてる…トマトみたい…」
トマトは一本の太い根の横から細い根を何本も生やし、そこから栄養を吸収して大きな実を付けると、どこかで聞いたことがある。
照とふっか。
目黒と阿部。
そしてあと二人──。
みんなが必死で掴んできた幸せは、一年をかけて“これ”が丸々と太るための養分集めの根っこでしかなかったなんて、そんなの、あまりにも冷徹過ぎて。
背筋が冷えると同時に、口の端には自嘲的な笑みが浮かぶ。
全ての原因は俺にある。
だからこそ、この数日間ずっと、みんなへの申し訳なささが消えない。
二人の気持ちを素直に喜べなかったのは、そのせいだった。
もっと早く、あの子達の想いに気付けていたら、みんなが辛い目に遭うことは無かったかもしれない。
「…いや、無理か…」
こんな経験なんて、今まで一度もしたことがなかったのだ。
気付けるわけはなかった。
「明日の夜は家に篭ってよう…」
一切れだけ削ぎ落とされたような形をした、ほぼ丸い月を恨めしく睨みつけては、すぐに「いけないいけない」と反省し、ふるふると頭を振る。
少し先に、誰もいない改札のゲートが見えていた。
ぽっかりと口の開いたそれは、まるで俺を飲み込むのを今か今かと待っているようだった。
コメント
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❤️さんもきっと🤍🧡のことを少なからず想ってるはずだから飛び込んじゃえばいいのになあ…優しすぎるよ🥹🥹
うわあ…読み終わったあと、しばらく動けなかった💦 舘さんの「俺のせいだ」って気付きのシーン、胸がぎゅってなったよ。全部を背負っちゃうタイプなんだね…。 照とふっかの甘い空気も、目黒と阿部と守護霊たちの重なる愛情も、どれもほんとにあたたかくて切なかった🥺 「トマトの側根」っていう比喩が心に刺さる…この物語、すごく好きです。続き、絶対読みたい!!🌸💕