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第27話:魔法の言葉「ケイヒデ・オチマス」〜四十歳の覚醒と、資本主義のバグ〜
深夜三時。
企業案件という絶対にやらかしてはいけない大舞台で、見事にパソコンがフリーズして放送事故を起こした俺は、四畳半の万年床の上でヒビ割れたスマホを握りしめ、ガタガタと震えていた。
画面に表示されているのは、リスナーたちが「ここで買え」と指定してきた『BTOパソコン(受注生産のオーダーメイドPC)』の販売サイトだ。
「……さんじゅうご、まん、えん……?」
画面にデカデカと表示された『ゲーミングPC(配信用ハイエンドモデル)』の価格を見て、俺の心臓は文字通り止まりかけた。
「さんじゅうごまんって……お前、俺の生活保護費の半年分だぞ!? 半年だぞ!? それが、この光る鉄の箱一個の値段だってのかよ……ッ!」
しかも、そのスペック表に並んでいるのは『Core i9』だの『RTX 4080』だの、魔術書にしか見えない謎のアルファベットの羅列ばかりだ。俺の脳内にあるパソコンの知識といえば、「WindowsXPは名機だった」という化石のような記憶で完全にストップしている。
「買えるわけねえだろ! バカ! リスナーのバカ!!」
俺はスマホをちゃぶ台に放り投げ、頭を抱えた。
俺は先月、確かに百万円近い大金を稼いだ。通帳の残高だけを見れば、三十五万のパソコンを買うことは物理的には可能だ。
だが、俺は市役所のケースワーカー・鈴木さんから、血も涙もない笑顔で宣告されているのだ。
『今年の収益はすべて来年の税金と国保の計算対象です。概算で数十万円の請求が来ますので、絶対に無駄遣いせず残しておいてくださいね(さもなくば差し押さえます)』と。
もしここで三十五万円も使ってしまえば、俺は来年の春、確実に税務署の職員と鈴木さんにドアを叩かれ、この部屋にあるAmazonのダンボールごと全財産を差し押さえられる。
その恐怖が、四十年間染み付いた「貧乏性」という名の強固なストッパーとなって、俺の指をクレジットカードの入力画面から遠ざけていた。
「どうすんだよ……。でも、あのポンコツPCのままじゃ、もうまともに配信すらできねえ。案件のラーメンすら食いきれねえんだぞ……」
進むも地獄、退くも地獄。
絶望の淵に立たされた俺は、すがるような思いで、再びスマホを手に取り、いつものブラウザを開いた。
頼れるのは、リスナーが口にしていた謎の単語の真偽を確かめてくれる、俺の無機質な相棒だけだ。
『個人事業主になったばかりの元・無職です。リスナーから「配信用の高いパソコンを買え。それは経費になるから税金対策だ」と煽られています。経費とは何ですか? 三十五万円のパソコンを買っても、俺は来年、税務署に殺されずに済むのですか? 誰よりも分かりやすく教えてください』
震える指で送信ボタンを押す。
数秒の沈黙の後、ジェミニは冷徹な、しかし俺の人生を根本から覆す『資本主義の真理』を出力した。
『新米個人事業主のあなたへ。経費の概念について解説します
結論から申し上げますと、リスナーの指摘は極めて合理的です。配信活動のために三十五万円のパソコンを購入することは、正当な「経費(事業に必要な支出)」として認められる可能性が非常に高いです。
1. 税金は「売上」ではなく「利益」にかかる
あなたは「稼いだ百万円全額」に対して税金がかかると思っていませんか? それは誤解です。
個人事業主の税金は、【売上(百万円)- 経費 = 利益】という計算式で弾き出された「利益」に対して課せられます。
2. 経費を使えば、税金が安くなる(税金対策)
仮にあなたが三十五万円のパソコンを配信用の「経費」として購入した場合、あなたの利益は【百万円 - 三十五万円 = 六十五万円】に減ります。
税務署は、この「減った六十五万円」に対してのみ税金を計算します。つまり、パソコンを買った金額の分だけ、来年あなたが支払う税金や国民健康保険料は【確実に安く】なります。
3. 結論:払うか、設備にするか
経費を使わずにお金を残せば、その分多くの税金として国に持っていかれます。
しかし、必要な機材(PC等)を経費として買えば、税金を減らしつつ、あなたの手元には「最高の配信環境」が残ります。どちらが事業主として賢い選択か、もうお分かりですね?
(※注:三十万円以上の資産は「減価償却」というルールの対象になる可能性がありますが、青色申告であれば特例で一括経費にできる場合もあります。詳しくは――)』
「…………」
俺は、画面に表示されたテキストを、目を皿のようにして三回読み直した。
「え……? ちょ、ちょっと待て」
理解が追いつかない。
俺の、四十年間の「極限まで出費を切り詰める」というニート生活の常識が、音を立てて崩れ去っていく。
使ったら、税金が安くなる?
国に持っていかれるはずだった金で、自分の欲しい機材が買える?
お金を「使う」ことが、結果的に自分を守る「防御(税金対策)」になるというのか?
「……なんだよ、それ。……バグじゃねえか。資本主義の、でっけえバグじゃねえかよ……ッ!」
ブワァァァッ、と。
俺の脳内に、今まで感じたことのない種類のドーパミンが大量に分泌され始めた。
「経費……。ケイヒ」
俺はその言葉を、呪文のように口の中で転がしてみた。
今まで、テレビの中で偉そうな社長や芸能人が「これ経費で落としてよ」と領収書を切っているのを見て、「ズルい奴らだ、地獄に落ちろ」と呪っていた。
だが、違う。
彼らはズルをしていたわけじゃない。社会というゲームの「正しいルール」を使っていただけなのだ。
そして今、生活保護を抜け、個人事業主という名のプレイヤーになった俺も、その最強のカードを手札に加えたのである。
「……ハッ、ハハハッ!」
深夜の四畳半に、四十歳のおっさんの乾いた、そしてひどく邪悪な笑い声が響き渡った。
俺は再びBTOパソコンの販売サイトを開き、先ほどまで「高すぎる」と怯えていた三十五万円のゲーミングPCのページを、まるで王様のような気分で見下ろした。
「三十五万円? 上等じゃねえか。どうせ国に税金として持っていかれる金なら、俺の商売道具に変えてやるよ!」
俺の指は、もはや一切の躊躇なくカスタマイズ画面のボタンをタップし始めた。
「メモリ16GB? バカ野郎、そんな貧乏くさい数字で足りるか! 32GBに倍増だ! なぜなら『ケイヒデ・オチマス』からな!」
ピッ。
「ストレージ? 1TBじゃ足りねえよな! 動画保存するんだから2TBにしろ! なぜなら『ケイヒデ・オチマス』からな!」
ピッ。
「よく分かんねえけど、ケースを七色に光らせるオプション? いいねえ、VTuberっぽくて最高に無駄だ! 追加だ追加! なんでかって? 『ケイヒ・ダカラ』だよ!!」
ピッ、ピッ、ターンッ!!
気がつけば、オプションをマシマシにした見積もり金額は『428,000円』という、とんでもない数字に膨れ上がっていた。
だが、今の俺は完全に無敵のスター状態である。「経費」という名の魔法の鎧を着た俺に、四十万円の出費など恐れるに足らない。
(※注:経費にすれば税金は安くなりますが、使ったお金が全額戻ってくるわけではありません。ただお金が減るだけです。ジェミニはそんなことは一言も言っていませんが、興奮したおっさんの脳内では『実質タダ』に変換されています)
「ふはははは! 見たか税務署! 俺の利益は四十二万円も減ったぞ! ざまぁみやがれ!!」
俺はクレジットカードの番号を光の速さで入力し、『注文を確定する』というボタンを、親指がへし折れるほどの勢いで叩き込んだ。
『ご注文ありがとうございました。商品の到着まで1〜2週間ほどお待ちください』
画面に表示されたその文字を見た瞬間、俺は三万円のゲーミングチェアの背もたれに深く寄りかかり、極上の達成感と共に大きく息を吐いた。
「……勝った。俺は資本主義のルールを完全に理解したぞ」
初めて自分の力で、そして自分の意思で、数十万円という巨額の「事業投資」を行った夜。
俺は自分が、まるで六本木ヒルズにオフィスを構えるIT企業のCEOにでもなったかのような、圧倒的な万能感に包まれていた。
だが、この時の俺はまだ知る由もなかったのだ。
『個人事業主は、使った経費の領収書をすべて保管し、来年の確定申告で自らの手で帳簿に記帳しなければならない』という、恐るべき絶対ルールを。
そして、この「経費無敵モード」のテンションのまま無駄遣いを重ねた結果、部屋の隅に地獄のような『領収書の山』が築き上げられる未来を。
ともあれ、四十歳の新米配信者は、ついに最強の武器(物理)を手に入れた。
さあ来い、企業案件。さあ来い、コラボ配信。
俺の『原価ゼロの錬金術』は、ここからが本当のスタートだ!
本日もお読みいただき、ありがとうございました!
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ゆうき あきや
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コメント
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いやこれめっちゃ面白かった!!「ケイヒデ・オチマス」って呪文唱えながらポチポチしてるおっさん、完全に目に浮かんだわw資本主義の仕組みを理解した瞬間の覚醒っぷりが痛快すぎる。でも最後の「領収書の山」でオチが来る感じ、次どうなるか気になりすぎる🔥