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【境界線の匂い】

見れば、れれが急いで閉めた窓が、ほんの少し開いているではないか!

僕のヒゲが思い切りピンと横に広がった。

「ももちゃん待って!」

僕は窓の端の、ほんの少しの隙間に前足の先を入れ、何度もひっかくようにしながら、その重い窓を横に動した。

少しずつ隙間が広がっていき、外の空気が家の中に入ってくる。

ももちゃんも、塀の上から降りてきて、庭の方から前足で手伝ってくれている。

「ここに受け取りのサインをお願いします」

玄関から、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「もうすぐれれが、段ボール抱えて戻ってくるはずよ。急いで急いで!」

前足を片方、ググっと突っ込んだら、その勢いで窓は横に動いた。

よし! いいぞ!

次はその隙間に、思い切りおでこを突っ込んだ。

ゆっくりと窓が横に動き、僕の頭は確実に庭に出ていく。

あと一息だ!

僕は休むことなくそのまま体を突っ込み、グイ グイと前に進んだ。体全体が外の空気に触れていく。

脱出成功! 僕は勢いよく庭に降り立った。

ももちゃんが、もう一度ジャンプして、塀の上に上がった。

そのあと僕もジャンプしてももちゃんに続こうとした。

が、後ろ足がダメになっている僕には、この塀は高すぎる。

「まるちゃん、急いで! 段ボールのお兄さんが帰ったみたいよ!」

何か、台の代わりになるものは?

あった! 塀の近くにあるこのムクゲの木。これに登ろう。

途中まで登って枝から枝に渡っていけば、塀の上に行けるはずだ。

僕はものすごい勢いで前足を動かし、ムクゲの木を登った。

後ろ足がダメな分、前足に筋肉が付いたいたようで、木登りは得意になってきている。

塀の高さまで来たとき、ムクゲの木の枝をつたって、ブロック塀の上に 飛び移った。

「よし、ももちゃん行こう」

僕たちは、塀の上から外に飛び降りた。

「まず、前田さん宅を目指そう」

「そうね、そこからちいさんがどっちに行ったかだけど、とにかく前田さん宅の車庫をめざしましょう」

実は僕たち、前田さん宅がどの辺にあるか、分かっているんだ。

本当に偶然のラッキーがあって、僕たちは前田さん宅の位置を確認できている。

いろいろあったから、うんと前の出来事みたいだけど……ほんの昨日のことだった。

僕たちはれれの運転する車で、前田さん宅に連れて行ってもらったよね。

あの時、途中で、れれはケーキ屋さんに寄ったんだ。

前田さん宅に持っていくケーキを買うためにね。れれが、お店の前に車を止めて、運転席のドアを開けた時、とっても懐かしい匂いが、車の中にどっと入ってきた。

「まるちゃん、この匂い覚えてる?」

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僕は鼻を上に向け、頭を上下に動かしながらクンクンと、その甘ったるい匂いを記憶の中から探りだそうとした。

「ああ、ノラ猫集団にいた頃の、境界線の匂いだね」

境界線の匂い。それは、となりのノラ猫集団との境目のこと。

つまり”この匂いのする辺からあっちに行ってはいけませんよ。

隣のノラ猫集団の縄張りですからね”というお知らせの匂いだった。

外で暮らす猫たちは、無駄な争いを避けるため、よその縄張りには入って行かないことにしている。

当時僕たちも、ボスから境界線を守るよう、何度も念を押されていたものだった。

「この匂いの辺りまでが、私たちの縄張りだったわね」

「そう、そしてこの建物の後ろは空き地になっていて、でっかい楠の木があったね」

あの日、前田さん宅に向かう車の中で、僕たちは、助手席の窓にピタっと顔を付け、しっかりと位置を確認し合っていた。

その後ケーキの箱を手にしたれれが車に戻って来て、そのまま真っ直ぐ車を走らせた。

その間、車の窓から差し込む陽の光は、ずっと同じように僕たちの体を包んでいた。

ということは、境界線の匂いを超えて、そのまま走って行けば、前田さん宅にたどりつけるはずだ。


「まるちゃん、先に行ってるね!」

前田さん宅の車庫に向かって、飛ぶように走り出したももちゃんの後ろを追って、僕も思い切り地面を蹴った。

前足で地面を後ろに押し出すようにして走れば、ももちゃんの俊足にもなんとかついて行けそうだ。

―ああ、こんな風に外を走るのはいつ以来だろう。排気ガスの臭い、木の匂い、畑の匂い、虫の匂い。なんて懐かしい匂いが混ざり合っている。

だけど、ももちゃんの言う通り、外の景色は随分変わってしまっていた。

僕は、ももちゃんに遅れないよう懸命に前足を回転し続けた。

しばらく走ったところで、僕の足が急に速度を落とした。

「ももちゃん、ちょっと止まって!」

急ブレーキをかけたように止まったももちゃんが、心配そうな顔で僕のところに戻ってきた。

「まるちゃん、どうしたの?足、大丈夫?」

「あ、いや、足は大丈夫なんだけど、あの……確かこの辺に崩れかけた倉庫があったよね。僕、その前に積んであった鉄板の隙間で暮らしてたんだ」

「ここも、駐車場になったの」

ももちゃんが、ポツンと言った。

懐かしい僕の住み家は、跡形もなく消えていた。

完全に平地にされ、全部がコンクリートで固められている。

胸がきゅっと締め付けられた。

少しの間に、こんなにも外は変わってしまっている。

「まるちゃん、今はちいさんを探し出すことが先決よ」

ももちゃんの声に、僕は我に返った。

ーそうだ。ぼやぼやしてる場合ではない。

急がなければ。早くちいを探し出さなければ。

僕たちは、ひたすら境界線の匂いの向こうの、前田さん宅を目指した。

ふと、微かなちいの悲鳴が、風に乗って聞こえてきた。

「誰か来て~助けて~」

そして、その声に混じった「ワンワン、ワンワン」という犬のけたたましい鳴き声。

僕とももちゃんは、はじかれたように声の方向に走った。

猫の気持ちがわかる物語

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