三パーセント以上の株主比率を持っている岳斗は、株主総会の招集請求権、会社帳簿の閲覧および謄写請求権を有しているのだが、『はなみやこ』に関わりたくなかったので、それらの権利を行使したことはなかった。
あと少し比率が上がれば三分の一超で、株主総会の特別決議を単独で否決できる権利を有することが出来るのだが、さすがにそこまでは息子に権利を持たせるつもりはなかったんだろう。そこに至らないギリギリなラインの持ち株比率にされていることが、あの男の手のひらの上で踊らされているようで腹立たしかった。
「実は僕もね、『はなみやこ』の株の七%を保有してるんだよね」
「え?」
「僕はね、キミがうちの社に残ってくれるというなら、それを全部倍相くんに特別ボーナスとして譲渡してもいいと思ってるんだ」
「ですがそんなことを勝手にするのは……」
「調べてみたんだけどね、『はなみやこ』には株の名義変更を取締役会の承認事項とする定款はないみたいなんだよね。ってことは……株式の譲渡は株主の任意ってことだ。勝手にやっても何の問題もないよ?」
岳斗の懸念をサラリと跳ねのけて、土井社長がニヤリと笑う。
「僕のを合わせたら、キミの持ち株比率は『はなみやこ』の中で三分の一を超えるんじゃない?」
土井社長が有していた株と、自分が持っていた株を合計すれば三.五パーセントの持ち株比率を越えることを花京院岳史が気付かなかったわけがない。
だからこそ、今まで岳斗は土恵商事にいることが分かっていても、父親から手出しされなかったのだ。
花京院岳史が息子の取り込みに動いたのは、岳斗がそのことに気付かず土恵商事を離れようとしたからだったのだと気が付いて、岳斗は呆然と土井社長の顔を見詰めた。
そうしているうちに、自然と涙がポロリと頬を伝って、岳斗は慌てて顔をうつむけた。
その上でふと思ったのだ。あの狡猾な男が、土井社長と自分の持ち株比率を知っていながら、株の名義変更を取締役会に掛けなくてもいいままにしていたというのは余りにもお粗末じゃないか? と。
「そうそう。倍相くん。キミは継母に助けられたんだよ」
「え?」
(どうしてここで花京院麻由の話が出てくるんだろう?)
そう思って岳斗が首をひねったと同時、「名義変更を取締役会の承認事項にすることを頑なに拒んだの、どうやら彼女だったみたいだよ?」と聞かされて、(何故そんなことを?)と思ったのだが。
「彼女自身が『はなみやこ』での力を付けたかったんじゃないかな?」
実際、自分も花京院麻由から株を売って欲しいと持ち掛けられたのだと土井恵介が笑った。
「あとはそうだな。……きっと旦那さんがそれをしたがっていたから、単に邪魔したかったって言うのもあるんじゃない?」
花京院岳史が独断で動こうとするときは、大抵自分とは血の繋がりのない跡取り息子を取り込むためだと知っていた麻由が、それを敏感に察知して抵抗したというのは大いに考えられる。
とにかく麻由は岳斗が『はなみやこ』を継ぐことを嫌がっていたからだ。
あの男は何だかんだ言って、隠し子という負い目があったからか、麻由に対しては事なかれ主義を貫いて、余り強く出ないところがあったのを思い出した岳斗である。
自分が花京院の姓に組み込まれず、実母の姓・倍相のままでいられたのも継母が反対してくれたお陰だ。
子供の頃はあの女に散々苦しめられてきた岳斗だったけれど、憎まれていることが役立つこともあるのだと、何となく可笑しくなってしまった。
「社長、僕は……お申し出に甘えさせていただいてもよろしいのでしょうか?」
土恵商事にいる限り、父親の魔の手から守られると言うのなら、ここを出ることにメリットなんてない。
「そうして欲しくて提案したんだけどな?」
退職願まで出しておきながら手のひら返しをするみたいで、結構恥ずかしい。この場にいる荒木羽理はともかく、退職する意向を伝えた法忍仁子へどう説明しよう? とか考えたら結構ハードルが高い気さえする。だが、今はそんなことを考えられることすら嬉しく思えるから不思議だ。
「有難うございます。もちろん、社長のお手持ちの株は買い取らせて頂きますので」
安い買い物ではないけれど、杏子と自分の未来のために使うのだと思えば何てことのない額に思えた。幸い蓄えは結構たっぷりある。
コメント
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社長かっこいいぞ!