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そろそろ日が暮れる時間帯。ソフィアは村の東門で防衛の指揮をとっていた。
村の外周に張り巡らされている柵や門の補強も完璧ではないものの、大体が完了。
子供やご年配の方々は徐々に避難を始めていて、ギルド職員はその避難誘導に追われていた。
ミアと戦えない女性は、火災の対策として桶にいれた水を次々と運ぶ。
結局、集まった冒険者はたったの三人。カイルを含めても四人だ。
ブロンズが二人とカッパーが二人。正直言うと心もとないが、参加してくれるだけありがたい。
相手は最低でも二十人。それにウルフの群れを従えているということは、|獣使い《ビーストテイマー》の適性持ちがいるとみて間違いない。
左右の物見櫓から矢を射かけ、追い払う事が出来れば上等。万が一、門を突破されたらギルドまで避難し籠城する手筈になっている。
家畜や民家からの強奪は想定内。後はギルドが狙われない事を祈るという受け身な作戦ではあるが、これ以上はどうしようもなかった。
そんな中、一筋の希望を見出したのがカガリである。出来ればミアと共に戦ってほしい――というのが村人たちの本音。
強要する勇気はないが、誰もがそれに期待してしまうのも無理もなかった。
日が沈み、松明に火が灯される。鎌や鍬。使い慣れた農具を手に、ぞくぞくと東門へと集結する村人たち。
「よし、全員揃ったな。門を閉めろ!」
カイルが物見櫓の上から叫ぶと、皆が力を合わせ一斉に門を閉じ、|閂《かんぬき》の角材を押し込んだ。
「じゃあ、作戦通りミアは回復担当を。それ以外は補助全般を担当します。門が突破されたら補助はほどほどに回復に専念を」
「「はい!」」
ソフィアの指示に、大きな声で応じたのはギルド職員たち。
ソフィアとミアを含めても、わずか四人の女性陣。人と人との戦闘経験などなく、緊張で顔が強張るのも無理はない。
もちろん、ソフィア自身も不安がないわけではなかった。だが、ギルドの長としての責務を忘れることはない。
まさか実際に役立つとは思わなかったが、彼女は支部長になるための筆記試験で「集団戦闘マニュアル」を暗記していた。
その知識があるからこそ、今こうして前に立っていられる。――マニュアル通りにやれば大丈夫。ソフィアはそう自分に言い聞かせていた。
「来たぞー!!」
不幸中の幸い。盗賊達は狙い通り東側から姿を現した。
カイルの声が辺りに轟き、皆が気を引き締め息を呑む。
「【|強化《グランド》|防御術《プロテクション》|(物理)《フロムフィジックス》】」
「”ロングレンジショット”!」
手筈通り門扉に防御魔法を張り、カイルと冒険者達は先制攻撃を開始する。
「あぁん? なんだよ……完全武装じゃねえか。ブルータスの野郎、しくじりやがったな……」
村の門が視認できるほどの距離まで来たボルグは、大きな舌打ちをすると、飛んできた矢を盾で弾く。
右手には重量のある戦斧を握り、左手には鉄で縁取られた丸盾を掲げる。攻めと守り、その両方を同時に備えた姿は、バイキングの戦士そのものだ。
「野郎ども、予定は狂っちまったが想定の範囲内だ。そのまま進め!」
盗賊たちは飛来する矢を恐れず突き進む。
冒険者たちの必死の抵抗もむなしく、足止めにもなっていない状況。
そのお返しだと言わんばかりに、盗賊たちは炎を纏った矢を放つ。
「火矢だ! 水を!」
壁に突き刺さった火矢が、じりじりと赤く燃え上がる。だが用意してあった水を素早く浴びせると、それは燃え移ることなく消え去った。
「チッ。対策も万全かよ。しかたねえ……。頼むぜ」
ボルグの後ろからぬるりと出てきたのは黒いフードを深く被った|魔術師《ウィザード》風の男。
「【|業火炎弾《ファイアボルト》】!」
|魔術師《ウィザード》の男が杖を振りかざすと、光跡を帯びた炎の塊が矢となって、凄まじい爆音と共に村の門へと突き刺さる。
その勢いたるや強烈で、門の隙間から火炎が漏れ出るほど。
「ヒュー、さすが元シルバープレート。たけえカネ払っただけあるぜ」
とはいえ門はいまだ健在。補強した成果か、崩れるまでには至らない。
しかしその炎が燃え移り、門扉が勢いよく燃え始めた。
「門に水を!」
浴びせるように掛けられる大量の水。だが、その効果は見られない。
何度も何度も水を掛けるも、それは激しく燃え上がる。
そんな中、バチバチと黒煙を吐き出す炎と共に香ってきたのは火薬の匂い。
「まさか!?」
ソフィアの記憶によみがえったのは、東門の修理を依頼した相手がブルータスであったということ。
ソフィアの頬には一筋の汗が滴り、唇を噛みしめ後悔に顔を歪ませる。
しかし、ここで諦めるわけにはいかないと、ソフィアは折れそうな気持ちをグッと堪えた。
ありったけの水を使うも、炎はもう消火出来る範囲を超えていた。
メラメラと勢いよく立ち上る火柱は、天にも届きそうな勢い。
「――ッ! 門を放棄します! 各々戦線を維持しつつ、ギルドまで後退をッ!」
激しく燃え広がる門を見れば、恐慌してもおかしくはない状況。
そうならない為にも、ソフィアは声を張り上げ気丈に振舞う。
冒険者たちが物見櫓から降りた途端、魔法の直撃でそれはガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「くそッ!」
門の先の見えぬ相手に矢を撃ち続けているカイルではあるが、手応えはない。
鳴り響く轟音。ミシミシと悲鳴を上げながら倒れ込んだ門扉は、黒煙と土煙を盛大に噴き出した。
「”ロングレンジショット”!!」
開け放たれた門へと飛翔する一本の矢。
それが突入してきた盗賊の胸に突き刺さると、燃え盛る門の上へと倒れ込む。
しかし、その喜びも束の間、倒れた男を足蹴に我先にと盗賊たちが押し寄せて来たのだ。
後退しつつ盗賊の相手をするが、その勢いは止まらない。
戦闘慣れしている冒険者は補助魔法もあってか、一人で複数人を相手に立ち回ってはいるが、適性のない自警団や村人たちはそうはいかない。
分が悪いのは、誰の目から見ても明らか。
「【|回復術《ヒール》】!【|強化回復術《グランドヒール》】!!」
ミアの回復は間に合わず、一人また一人と倒れていく……。
少しずつだが、逃げ出す者も出て来る始末。もちろん死ぬまで戦え、などと言うことは無く、個々の判断でギルドに避難するようにと伝えてある。
盗賊側にも被害を与えてはいるが致命傷とまではいかず、戦況は悪化の一途をたどっていた。
「ちいせえ村のクセになかなかやるじゃねえか。だが、それも回復ありきだろ? ……行けぇウルフども!」
ボルグが声を上げると、ウルフの群れが一斉に襲い掛かる。
冒険者や村人の合間を駆け抜け、その先にいるのはギルド職員達。
その中でも真っ先に狙われたのがミア。回復に専念していて気付くのが遅れ、それは目の前まで迫っていた。
「ミアッ!」
「――ッ!?」
ソフィアの声で状況を理解したミアであったが、咄嗟に身をひるがえすも、足がもつれて盛大に転倒。
それを好機と、ミアの喉元めがけて飛び掛かったウルフ。しかし、それは飛び込んできた大きな影に弾き飛ばされ、弱々しい悲鳴を上げた。
「カガリ!」
そのままの勢いで、向かって来るウルフ達を次々と蹴散らしていくカガリだったが、多勢に無勢。
「きゃああああああッ」
近くで耳を劈くような悲鳴が響く。振り返れば、ギルド職員の一人がウルフに腕を噛みつかれ、鮮血が滴り落ちている。
カガリが即座に駆けつけ、それを追い払ったものの、次から次へと迫る牙を前にしては、とてもではないが全員を守り切れる状況ではない。
「おい、なんだよあのデケェキツネ……。ギルド職員にも|獣使い《ビーストテイマー》がいるのか? おもしれえ……。そいつを先にやれ! 死なない程度に痛めつけたら、俺の支配下に置く!」
ウルフ達がカガリを取り囲むと、二十対一の激しい獣同士の争いが始まった。
カガリはなんとか凌いではいるものの、後ろ足に咬みつかれると次第に押され始め、純白の毛は徐々に赤く染まっていく。
カガリに回復魔法をかけ続けるミアであったが、押さえ気味に使っていた魔力が底を尽きるのも時間の問題だった。
「ぎゃああ!」
ブロンズプレートで盾役を買って出てくれた冒険者の男が、ボルグの振り下ろした斧の餌食となりその場に倒れると、戦況は一気に悪化する。
「ふん、他愛ねえ……。てめえら、いつまで遊んでんだ! 本気でやれ!」
冒険者たちが善戦してくれていたおかげで、どうにか維持出来ていた戦線が崩れ始め、そこかしこで村人たちの悲鳴が上がり始めた。
盗賊たちに与えた被害は極僅であり、悲鳴や怒号が飛び交う中、カガリはウルフたちを引き連れ西方へと駆けていく。
「|獣使い《ビーストテイマー》の野郎……。頭が回るな。俺の支配圏からウルフ共を離そうってのか」
戦線は徐々に下がり続け、最早ギルドは目と鼻の先である。村人たちの士気もガタ落ち。これ以上の戦線維持は無意味。
ソフィアは残しておいた最後の魔力を使い、撤退の合図を出した。
「【|閃光弾《フラッシュライト》】!」
掲げた手から光球が浮かび上がると、目もくらむような閃光が辺りを照らす。
「クソッ、何も見えねえ!」
盗賊達の目が眩んでいる僅かな時間を利用し、全員がギルド内部へと避難した。