「ひとつ、聞いてもいいですか」と俺は言った「昔、ロックやってたんすか」
社長はじっと俺を見てから、ああそうだよと言った。
やわらかな口ぶりだ。声は低く落ち着いていて、威圧感はなく、透明な空気のようだ。この物腰柔らかい男が、本当にあの会社の社長なのか。ちゃかちゃかと秒刻みで動くビジネスマンを想像していたので、それは大きく外れたことになる。
でも、だまされてはいけない。彼こそが、ロックを窮地に追い込み、崖から突き落とした張本人なのだ。ビルヘイリー、チャックベリー、プレスリー、ビートルズ、ツェッペリン、メタリカ……アメリカで生まれ、イギリスに渡り、大西洋を行き来していたロックが、ついに日本を第三の故郷にしてジェットを生んだ。それが、同じ日本から生まれたいわゆる「ミューズ系ミュージック」により、ロックンロールの灯が吹き消されようとしている。各地で細々と生きてきた文化を、「音楽の電子化」の名のもとに、次々消し去っていく。
阿佐ヶ谷で生まれたミューズ竜巻はやがて強力な巨大台風となり、ポップス、ジャズ、ロックの大半がすでに電子化され、ポピュラーのジャンルは「ミューズ系」で統一されつつある。この台風が通った跡地には、ジャンルが吸収され、消えた。このままではいずれ、民族音楽やクラシック音楽までもが電子化され、ミューズ化されていくことだろう。