思い思いの饅頭を手にして微笑みを交わす一同の中で、今だ半透明で食を摂ることが出来ない状態のフンババが、柿の種の袋をカサカサ、カサカサ激しく蠢かせてリョウコにメッセージを伝えたのであった。
リョウコが饅頭の捕食を中断して視線を落とした袋の賞味期限欄にはこう書かれていた。
『お、おいっ! リョ、リョウコっ! やばいぞっ! おりんっ! 変化激しすぎぃっ!』
「なんかぁ? おりん? ヤバいらしいよぉ?」
リョウコのバカみたいな声に振り向いた面々は、揃って手に持って味わっていた饅頭を床に落とし、慌てた素振りでおりんに近付き観察を再開するのであった。
コユキが言った。
「な、何よ! この黒ずんだ奴ってぇ?」
善悪が続けた。
「コユキ殿! 黒だけじゃ無いのでござるよっ! その脇から灰色の泡状の奴が噴き出して来たのでござるぅっ! 些(いささ)かキモイ、いや、毒っぽくも見えるのでござるよ!」
光影が眼球をあり得ない程の速さで動かしながら口にした。
「これはっ! 錫(スズ)の変態? なのか? こんなに急激な速度で、しかも常温化で? いや、しかし、そうとしか考えられん! 善悪! 大きい人! 皆! これはスズペスト、所謂(いわゆる)スズのアルファ、いやアルファでは無いだろうがいづれにしても変態だろう! 距離を取るんだ、膨張するかもしれんっ! 急げ、逃げるんだっ!」
『っ!』
声を聞いた全員が本堂から出て、広縁から内部の様子を覗っていた。
今度はコユキ達も確(しっか)り避難を済ませていた辺り、おりんの変化の著しい異常さが伺い知れる事だろう。
具体的には金属の表面がブクブクと泡状に膨張しながら、色相を変えてギラギラと光り出していたのであった。
距離を取って見つめていたメンバーの目には、既に人間より大きく膨らんだおりんだったものが、形を歪めながら部分的に色彩を変化させている姿が映っている。
やがて膨張を止めた物体は、その彩度を落としつつ凝固したように表面を硬化させて、僅(わず)かな時間制止した後、ザーッという音と共に崩れ落ち、本堂の床に灰色の粉と化したその身をばら撒いたのである。
その後、しばらく様子を覗っていた一同の中から、一人二人と本堂の中へ戻って行き、結局全員が崩れた灰色の粉山を囲む形で立ち尽くすのであった。
光影が誰にともなく呟いた。
「線量は大丈夫みたいだな」
善悪は眼鏡のフレームを摘まみながら観察をしつつ言う。
「見た感じは只の砂みたいでござるな、あれれ、この赤いのって、若(も)しかして……」
そう言って灰色の砂の中から摘まみ上げたのは、この場にいるメンバーならば既にお馴染みの半透明の赤い石、魔核である。
大きさは今まで見てきたどの魔核より小さく、大体水滴位、直径三ミリ程しかないが、確かに魔核の様であった。
「『おりん』の魔核であろうか? どう思う皆?」
善悪の問い掛けにバアルが答える。
「いやいや兄様、無機物のおりんに魂がある訳無いんだから、魔核って言うのはおかしいと思うよ」
「んじゃ何でござる? ほら、そっくりでござるよ、これ! 魔力も内包しているみたいでござるし、ね、オルクス君?」
オルクスが首を捻りながら答える。
「タシカニ、マリョク、ハ、アルヨ、オウコクノツルギ…… デモ、イキテ、ハ、イナイミタイ」
自らの長兄の言葉を補完する様にシヴァが頷きながら言う。
「確かに長兄の言う通りだな、普通の魔核は魔力の波動や還流を感じる物だが、こいつからは一切の動きを感じないぞ? 当然魔力紋も判別不可能だ…… 先程魔力で満たしたおりんの状態と同じだな…… 魔核とは完全に別物みたいだぞ」
「おかしくなった牛達の体から出て来た石と同じみたいです……」
突然呟いた辻井道夫の言葉には、シヴァに代わってラマシュトゥが答えた。
「見せて下さいな、その石を!」
辻井道夫が作業服の胸ポケットからビニールの小袋に入った小さな赤い石をラマシュトゥに渡していると丹波晃も同様の呟きを漏らすのであった。
「僕が持って来た亡くなった患者さんの体から出て来た石も同じ位の感じだったんですけど……」
これにはシヴァが答えた。
「どれ、貸してみろ」
「は、はい」
それぞれジッーと赤い石を観察していたソフビサイズの姉弟に頃合いを見ていたのだろうトシ子が声を掛けた。
「どうなんじゃ?」
「ええ、先程のおりんやそこから出て来た赤い石と同じように魔力が充填された状態で停止していますわ」
「こっちも同じだな…… 完全に止まっているぞ……」