コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
次の日、俺は朝ごはんを食べると、時計に表示された部屋番号【8番】に向かった。
昨日対策したノートを持ち、ドアを開ける。
ここからまた、始まる。
俺が緊張したままドアを開けると、ある人物と目があった。
「あ……」
それは昨日助けてくれた女の子、【三上千春】だった。
「昨日の……」
「こんにちは、良樹くんですよね?」
柔らかい表情でこちらを見て、笑顔を向けてくる。
「うん、昨日は本当にどうもありがとう。一緒のグループで良かったよ」
「私もです。あの後、大丈夫でしたか?」
「ああ……少し冷静になれたよ」
彼女はほっとした表情を浮かべた。
それにしてもまさかな偶然だ。
こんなことってあるんだろうか。
たまたま彼女は俺たちの部屋の前を通りかかり、俺に気がついて助けてくれた。
そんな彼女と今日はディスカッションのグループが同じなんて。
圧倒的に有利だ。
つくづく俺はついていると思う。
今、部屋にいるのは5人。
俺たちが話しているところを見て、他の3人も集まって必死にコミュニケーションを取っている。
ある意味ここでどのくらい、自分を売れるかが勝負にもなってくる。
だから出来るだけこの場に早く来た方がいいってことは、数回やってみんな分かっているだろう。
千春以外の人とも話しておきたいけど、無理そうだな……。
一度グループが出来てしまうと入っていけない緊張感が出来てしまう。
それに無理やり入って行くのは逆効果だ。
仕方ない、諦めるか。
彼女と話していると、思い出したくないであろう1回目のディスカッションの様子について教えてくれた。
彼女の話によると、1回目のディスカッションで幼馴染とグループが被ったらしい。
しかし、グループの中に一人、人の意見を全て批判する人がいたらしい。
その子に批判された千春の幼馴染は1度の発言から発言出来なくなってしまった。
千春は必死にその子をかばうために発言したのだが、皮肉にもそれが1点に繋がったのではないかと言っている。
そいつに陥れられたのか……。
昨日のディスカッションを思い出すな。
「人を陥れて自分が勝ち上がるなんてな最低な野郎だ」
「ううん。そうじゃないの」
俺が遠くを見ながら言った言葉に彼女は首をふった。
「その彼も0点を付けられたの」
何……?
「おそらく、すべての意見を批判した彼は協調性のない人だとみなされた」
そうか、昨日の場合はみどりのミスを指摘するもの。
追い詰めていったことには変わりがないが、傍から見れば正当な意見。
ヤツはグレーゾーンを責めて来たってことか……。
ディスカッションの線引きはあいまいだ。
~をしたからダメ、
~をしたら死というものはない。
”いかに自分を正当に見せるか”
これがカギになってくるのかもしれない。
気付けば、部屋には6人が揃っていた。
しかしあと一人がなかなか来ない。
もうすぐディスカッションが始まる時間だ。
こないのか?
今までこんなギリギリな時間に来た人はいなかった。
もしかしてまた、射殺の対象になるんじゃ……。
そう思っていた時、ドアがあいた。
中に入ってくる人物。
俺はそれを見て驚いた。
「ウソ……だろ」
小さくつぶやいた言葉は、消えていく。
信じがたいことだった。
なぜなら、そこに入って来たのは1回目のディスカッションで高得点を出した朱莉だったからだ。
1度ディスカッションをした相手と被ることもあるのか?
彼女は相変わらず、誰とも慣れ合おうとせず、すぐに自分の席につく。
「どうしたんですか?」
千春の言葉に俺は、我に返った。
「ああ、ちょっと知り合いがいて……」
「良かったですね。有利かもしれません」
残念ながら、そんなことはない。
今回はむしろ逆だ。
気を引き締める必要があるだろう。
どうなるんだ、このディスカッション。
そう思った瞬間、アナウンスが鳴った。
「制限時間になりました」
俺達は慌てて、席につく。
俺の席は朱莉と対面の席だった。
顔、見れねぇ……。
粗を見せたら、朱莉に責められる可能性がある。もう1回目のような失敗は出来ない。
緊張した面持ちでモニターを見つめていると、アナウンスは鳴った。
「今回射殺の対象者はいません」
誰も映し出さないモニターを見て、ほっとする。
慣れてきたのか、それとも強い人だけが残っているのか、どちらかは分からない。
しかし今はそれどころじゃない。
気を抜かないようにしなければ。
「ではグループディスカッションを開始します。議論の時間は50分。〝議論のテーマはコンプレックスからくる魅力について”です。始めてください」
……は?なんだよその議題は。
コンプレックスから来る魅力、そんなものがあるのか?
そもそもコンプレックスなんて、自分の劣等感やマイナス面を表すような言葉だ。
そんな中にどうやって魅力を見いだせって言うんだよ。
めぐって考えてみるが、何も思いつかない。
周りも同じことを思っているのか、じっと固まってしまう人が多かった。
ダメだ。
議論を展開していったらいいのか全然想像がつかない。
この分野において回答者の立場に回ることは不可能だろう。
そう判断した俺はすぐに言葉を発した。
「じゃあ先に自己紹介からしていきましょう。まず俺からやります」
一番最初に声を出す。
それはこれからの議論の指揮をするということ。
これも昨日ノートに書き込んで、気づいたことだ。
司会役を獲得するためには、議論開始の後、一番最初にしゃべること。
そうすることで一旦流れを自分に持っていくことができ、そこからの指揮を取ることが出来る。
まぁ、前回のように奪われる可能性もあるが、今回はこの作戦でいくしかすべはない。
俺は初めに自己紹介をして、周りに回していった。
俺の右隣にいるのが伏見陽太(ふしみようた)
ぱっちりとした目が特徴で男であるのに可愛らしい顔をしている。
一番最初にこの部屋に来て、すぐにコミュニケーションを図っていたタイプだ。
その隣にいるのが千春で、彼女から見て右隣にいるのは朱莉。
朱莉の隣は杉村一太(すぎむらたいち)
彼はこれと言った特徴はないが、必死で色んな人に話しかけていたように思う。
そしてその隣にいるのが藤原弘樹(ふじわらひろき)
彼は坊主頭で野球部のような体つきをしている。
そして俺の左隣にいる相馬麻里(そうままり)
彼女の持っているメモはボロボロでたくさん書き込んだような印がある。
そして、全ての自己紹介が終わると俺は言った。
「では、コンプレックスから来る魅力について、何か意見や経験談がある人はいますか」
俺がそう言った時、伏見陽太が一番に手をあげた。
「はい、これは僕の経験談なんですが……コンプレックスの見せ方を変えれば、魅力に繋がるということに気がつきました.。僕にもコンプレックスがあったのですが、それを隠そうとせずあえて個性として堂々としていたら、それが僕の特徴を示すものになりました」
なるほど、そういう意見があるな。
マイナスを魅力に変える。
彼の意見を聞くと面白い議題だと思った。
ちらっと朱莉を見る。
朱莉はまだアクションを起こそうとしない。
スタイルは1回目のディスカッションの時と変わってないみたいだな。
頼むぞ……こないだみたいになことは急に言わないでくれ。
メンバーの全員が手を挙げて意見を言っていく中、朱莉だけはまだ何も答えなかった。
答えないってことは、またあの作戦か?
ずっと話さずに、急に後半から話し出す作戦。
それをやられると流れが変わるから厄介だな。
でも今回のディスカッションを指揮しているのは司会者の俺だ。
イキナリ発言されるよりも、手を挙げてない彼女にも何かしら振る方がいいだろう。
朱莉を見る。
ごくりと息をのみ、俺は緊張しながらも彼女に言った。
「星沼さんは、何かありますか?」
「…………。」
じっと黙ったまま、答えない。
みんなが彼女を見つめる。
まだ答える機会じゃないと思っているのか?
それとも俺に何か言おうとしてるのか?
どっちなのか全くわからないまま、沈黙が続く。
静まり返ったところで一言、ポツリと影響力のあることを言ったら高得点がつくということは分かっている。
話をふったからには、相当覚悟していないと……不安気に彼女を見つめた、その時。
俺はあることに気づいた。
彼女の手が小さく震えている。
作戦ではない?
もしかして彼女は本当に意見が出せない?
あんなに堂々としていた朱莉にもそういうことがあるのか?
どうする?
助け舟を出すべきか。
ただ出したところでそれを迷惑と捉えられたら逆に俺がピンチになってしまう。
それでも。
『ありがとう良樹……』
もう知り合いを失いたくない。
俺はぐっと手に力を入れてつぶやくような声で言った。
「例えば、俺なら完璧な人って少し怖いなと思います」
助け舟に乗ってくるかは分からない。
出した助け舟を彼女は沈めてしまうかもしれない。
それでももう目の前で人を亡くすのは嫌だった。
助けられなかった彼女。
もう同じことを繰り返したくない。
すると、彼女は自信のなさそうな声で話し始めた。
「……私もよく……完璧な人だと思われます
完璧すぎて近寄れないと言われるけれど、本当の私はそんなことが無くて、劣等感やコンプレックスの塊ばかり。
それでもコンプレックスがあることを打ち明けた時、一人だけ友達になってくれた子がいました。それが魅力に繋がるかは分からないけれど……そのコンプレックスがなければ私に友達なんていなかった」
俺の助け舟に乗り込んだ朱莉にひとまずほっとした。
良かった……。
そして隣にいる千春がその意見に頷く。
「完璧な中に欠点がある時、人はもっとその人を知りたいと思うと思います。それは立派な魅力になると私も思います」
ディスカッションしてみて分かったが、彼女は寄り添いのタイプの人間だ。
人の意見に寄り添って、頷き、なお自分も発言する。
どういう観点で見られているのか分からないが、会社採用に使われるディスカッションとしては、一度人の意見を飲むこむ人間が強いのではないかと思った。
時間を見る。
すると、そろそろ議論の時間が終了しようとしていた。
全然まとまっていないが、今回は何も縛りがない。
今までは1つの答えだけを導いて来たがコンプレックスというのは人それぞれだ。
「今回は一つの意見に絞らず、それぞれの意見をまとめて発表するのはどうでしょうか?発表者は大変かと思いますが、そっちの方が多くの意見を参考に出来ると思います」
俺は手を挙げると、すぐに意見した。すると、千春が俺の言葉に頷いた。
「いいと思います。人それぞれにあるコンプレックスを一つの話にする必要はないと思います」
今回彼女がいてくれたお陰で、ディスカッションはスムーズに進めることが出来た。
「じゃあ発表者は誰がやる?」
しかし、問題はここで発生する。
「私やりたいです」
「僕も……」
「お、俺だってやりたい」
発表者を決める時、やりたいと名乗り出たのが3人もいたのだ。
【杉村一太】と【藤原弘樹】そして、【相馬麻里】
2人の男と1人の女が手を挙げた。
いずれも発言が少なめだった3人だ。
ここまで来ると自分が危ない立場だと分かってしまう。
発表者をやって得点を稼ぎたいことは分かったけど、誰を選んだらいい?
厄介だ。
どうする?
ここは誰に任せたらいい?
3人はどうしても自分がやりたいはずだ。
命がかかっているのだから。
でも俺にそれを決める資格なんてねぇよ。
「じゃあじゃんけんで……」
そう言った瞬間、朱莉は小さな声で言った。
「じゃんけんはダメ」
それは前回の鋭い口調とは違って俺を助けるようなものだった。
何でだ……?
疑問はある。
本当に彼女の意見を聞いてもいいのか。
でも真剣な眼差しを見ていると、ここは朱莉の言うことを聞いておいた方がよさそうだ。
彼女は最初のディスカッションから朱莉は討論の仕方をよく分かっていた。
「誰に言ってもらうのが適切か、周りの人が投票する形で手をあげて決めましょう」
残酷だけど、これしかない。
残り時間はあと3分。
1分間を考える時間にして、後は誰にするのか。
今回の発表は個々の意見をあげて、最終的にはみんなの意見をまとめて話せる人じゃなくてはいけない。
3人とも発言が少なかったため、上手く判断が出来ないが、発言する際、相馬真理は発言の中で全体が見えていたと思う。
その時、時計を見ると1分経ったので俺は声をかけた。
「1分経ちました。投票をします」
「相馬さんがいいと思う人」
ひとり、ひとり聞いていく。
投票はまばらだったが、相馬さんにだけ俺と朱莉の2票が集まった。
「じゃあ発表者は相馬さんにお願いします」
「はい」
そこでディスカッションの制限時間は来た。
「終了です。話し合いをやめて下さい」
アナウンスの言葉にみんな緊張した面持ちでモニターを見つめる。
「では、続いて発表をお願いします」
相馬さんがは立ち上がる。案の定彼女はしっかりとメモを取っていたようで、誰かどの意見を言ったのかまで正確に答え、最終的な意見をしっかりまとめあげてくれた。
「ありがとうございました、ただいまの発表時間は3分09秒です。結果を集計します」
ドクドクと胸がなる。
この瞬間はいつだって慣れないものだ。
「今回も5点満点で評価します。点数は、目の前のモニターに発表されます」
じっとモニターを見つめる。パっと名前リストが挙がり、俺はすぐに点数を確認した。
【朝井良樹 4点】
4点……初めてだ。
この点数は。
すぐに詳細ボタンを押せば結果はあらわになった。
【伏見陽太 4点】
【星沼朱莉 3点】
【三上千春 3点】
【相馬麻里 2点】
ーーーーーーーーーーー
【杉村一太 0点】
【藤原弘樹 0点】
千春と朱莉に0がついていなかったことにひとまずほっとする。
しかし、今回も0という数字は存在した。
今回の0点は二人。
その二人は発表に選ばれなかった二人であった。
もし発表者として発表出来ていたら……そんなことを考えてしまう。
するとその時。
0点のついたふたりが突然首を抑えて苦しみ始めた。
な、なんだ?
首を抑えながら、もがき苦しみ、ずるりとイスから落ちていく
「ひっ」
息を飲むような悲鳴が響く。
すると、彼らは身体を痙攣させると、目が裏返り、口から泡を吹いてピクリとも動かなくなった。
ど、どういうことだよ……。
その時、【伏見陽太】が深刻な顔をしてつぶやいた。
「毒針だ。さっき時計から変なものがふたりの首を刺した」
あの時計からそんなものが……。
どうなってんだよ。
手が震える。
自分の付けているこの時計は爆弾だ。
「クソ……」
自分の死が身近にあることを感じて身体の震えが止まらない。
俺がもう少し彼らに話をふっていたら助かったかもしれないのに……。
「見ちゃダメよ」
その時、アカリが俺に声をかけた。
「えっ?」
「自分と同じ立場に立たされた人の死は自分をネガティブにさせる。絶対に自分のした行動を悔やんではいけない」
終わらない、終わりが見えないゲームにどんどんメンタルが削られていく。
だんだん自分が弱くなっていると感じた。
振り返ってしまうと、後悔することばかりだ。
だけど。
「このままじゃあなたが先につぶれるわよ」
俺はアカリの言葉で我に返った。
そうだよな、このまま生き残りたいなら強くいなくちゃいけない。
この波に飲まれていたら、ダメなんだ。
部屋のロックが解除され、杉浦と発表者の真里が出て行く。
その時、朱莉が立ち上がって俺に言った。
「ありがとう……」
「え?」
「助け舟、」
「助かった……」
まさか朱莉からそんな言葉が返ってくるとは思わなくて、俺は驚いた。
「いつもコンプレックスは私にとって劣等感でしかなかった。その中に魅力があるなんて、思いもしなくて、何も浮かばなかった」
彼女にも何か深い過去があるのかもしれない。
俺は朱莉のこと、完璧で怖いヤツだと思っていたが、そんなんじゃなかった。
朱莉にだって苦手なことはあるし、点数に脅えることもあるんだ。
状況はみな同じ。
無理やり連れて来られて、死のゲームに参加させられている。
「いや、俺の方こそありがとう。じゃんけんの……」
すると、彼女は真剣な顔をして言った。
「ディスカッション中、じゃんけんで何かを決めようとすると、大きく減点されるの」
まじ……か。
「ジャンケンは公平性を保つものではあるけれど、こういう人を選出する場には向いてないわ」
「そっか」
下手すりゃ死んでたのかもしれないのか。
背筋が震える。
「これで貸し借り無しだから」
「ああ、そうだな」
なんだか1回目のイメージとはだいぶ違った気がする。
人間性も見えてくるディスカッション。
こんな形で会わなければ、もっと新たな発見に喜ぶことが出来ただろうに。
忘れてはけない。
ここは戦場であることを。
「そろそろ出ましょう」
千春が言った。
「そうだな、早く部屋に向かおう」
誰かが生きて、誰かが死んでしまう。
たとえ、そんなゲームだったとしても、
俺は人を蹴落として勝ち上がる方法ばかりじゃないということを知っている。
冷たいゲームの中にも温かさはある。
なぜなら人が行うゲームだから。
もし明日死んでしまったとしても、後悔だけはしないように
俺は自分の勝ち上がり方を曲げないでいこうと、この日に誓った――。