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第1話「消えた証拠品」

相沢は、取り調べ室の机の上を見て、足を止めた。

――ない。

机の上には、書類とペン、それから空になったクリアファイルだけが置かれている。

「……ない」

相沢が言うと、隣で佐伯がゆっくり首をかしげた。

「え? 何がですか、先輩?」

この調子だ。

この娘(こ)、緊張感というものを、たぶん署の入り口に置いてきている。


「昨日ここに置いた、押収品の封筒」

「ああ、あれですねー」

佐伯はすぐにうなずいた。

「ありましたよぉ。ちゃーんと!」

「ちゃんと?」

「はい。私、昨日二回見ましたよっ!」

二回、というところで、なぜか少し誇らしげだ。

「一回目は午前中で」

佐伯は指を一本立てる。

「二回目は……」

今度は指を二本立てて、少し考え込む。

「警部がコーヒーこぼしたあとです」


「いやぁ、あれは本当に参ったよ」

背後から、場違いなほど明るい声がした。

振り向くと、黒瀬警部が立っている。

今日も無駄に整った顔で、無駄に爽やかだ。

「お気に入りのスーツだったんだ、真っ白のスーツ。真っ茶色になっちゃった」

(そこはどうでもいい)


相沢は心の中で即座に処理し、口を開く。

「警部。証拠品の封筒、知りませんか」

「封筒? ああ、あれか」

黒瀬警部は顎に手を当てる。

「相沢くんたちが机に置いていたな。大事なものだろう?」

「はい」

「なら、ちゃんと管理しないとじゃないか」

にこやかに言われて、相沢は一瞬だけ目を伏せた。

(それ、今言う?)

佐伯が横から小さく口を挟む。

「警部ぅ、それ、先輩に言うことじゃないですよねぇ、警部だって…」

「……芽衣ちゃん」

「すみません」

口ではそう言うが、全然気にしていない顔だ。


「警部」

相沢は気を取り直して続ける。

「封筒を持ち出した覚えはありませんよね」

「まさか。私は部下を信頼しているからね」

黒瀬警部は胸を張った。

(質問に答えていないじゃない)

相沢は一度、息を吸った。

「……佐伯さん」

呼び方が変わる。

佐伯はぴしっと背筋を伸ばした。

「はーい!」

(今ので察してほしい)

「昨日、この部屋に出入りした人、全員教えてください」

「えーとですねぇ-、」

佐伯は指を折りながら言う。

「被疑者の人と、相沢先輩と、私と、警部と……」


一拍置いて、

「生活安全課の人が、ちょっとだけ」

「名前は?」

「分かりません。でも優しそうでしたよぉ」

「性格の話はいりません」

「しゅいましぇーん(すみません)」

落ち込み気味だ。

「その人、何をしてました?」

「封筒、見てました」

「それだけ?」

「はい。『これ証拠?』って聞かれたので」

「なんて答えたの?」

「『たぶん』って」

(やめてほしい言葉ランキング上位!)

黒瀬警部が満足そうにうなずく。

「いいじゃないか。柔軟な対応だ」

「警部」

「なんだい、相沢くん」

「その人に、封筒を渡しましたか」

「渡す? いや、渡してはいない……と思う」

「“思う”じゃなくて?」

「うーん……」


黒瀬警部は少し考え、ぱっと笑った。

「大丈夫だ。署内で物が消えるわけがない」

「根拠は?」

「信用だよ」

佐伯が手を挙げた。

「じゃあ犯人、幽霊ですねぇ、怪奇現象的な?」

「芽衣ちゃん…」

「はい?でも密室ですよね? 鍵もかかってましたし、だれも入れませんし。」


相沢は机の引き出しを開け、すぐに閉めた。

「密室じゃないでしょ」

「え?」

「鍵、誰でも持ってる」

「……あ」

佐伯は少し考えてから言った。

「じゃあ、幽霊じゃないですね。人です、それか動物?」

「最初から違います」

(そんなドラマみたいなことは起きないわよ!犯人は動物とか、絶対無いから!)

黒瀬警部が感心したように言う。

「さすがだな、相沢くん。冷静だ」

(今は褒めなくていい、てか冷静って…)


相沢は床に視線を落とした。

白い封筒が、ひとつ落ちている。

「警部」

「なんだい」

「さっき、“あれか”って言いましたよね」

「言った…な」

「中身、知ってました?」

「中身? 茶色い封筒だろう?」

相沢は白い封筒を拾い上げる。

「……佐伯さん。昨日押収した封筒、色は?」

「え?えっとー」

佐伯は少し考え、ぽんと手を打った。

「白でした」

「ですよね」

黒瀬警部も続ける。

「そういえば、僕が見たのも白だったな」


相沢は静かに結論を出した。

「消えたんじゃありません。

最初から、違うものを証拠品だと思い込んでただけです」

「えっ」

「茶色の封筒は、証拠品じゃないんです。」


相沢は黒瀬警部を見る。

「警部。昨日コーヒーをこぼした時、何で拭きました?」

「え? そこにあった紙で……」

沈黙。

「……ゴミ箱、見てみますぅ?」

佐伯がのんびり言った。

三人でゴミ箱をのぞくと、底にくしゃくしゃの茶色い封筒があった。

「これですね」

佐伯が拾い上げる。

「証拠品じゃなかったやつ」

「そう」

相沢はうなずいた。

「生活安全課の書類用封筒。たまたま色が似てただけ」

「いやあ」

黒瀬警部は笑った。

「大事にならなくてよかった」

「警部」

「なんだい、相沢くん」

「次からは、机の上の紙でスーツを拭かないでください」

「あぁ、気をつけよう」

(絶対気をつけないわよね)


佐伯が首をかしげる。

「でも、これって事件ですか?」

「事件じゃない」

「じゃあ解決ですか?」

「解決です」

「やった」

佐伯は満足そうにうなずいた。

「佐伯くんは推理ほとんどしてないぞ」

「わ、私だって…!がんばったんですよ!警部じゃないですか!コーヒーこぼして…」

(ちょっと芽衣ちゃん!!だめでしょう!警部のせいにしちゃ!)

あわてて後輩ちゃんの口を塞ぐ。

黒瀬警部が二人を見て、にこやかに言う。

「やっぱり君たちは、いいチームだな」

相沢は何も言わなかった。

佐伯も言わなかった。

(そう思っているのは、たぶん警部だけじゃ…)

こんなんだけど、解決しちゃう!

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