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どんぐり飴にはもう近づかない!
そう思い、私はどんぐり飴を食器棚の奥へ押し込んだ。
この飴が原因とは限らないけど、二度とも飴を食べた直後に入れ替わったのだ。もう口には入れない方がいいだろう。
奇妙な体験をした後も、日々は淡々と過ぎていった。
あのあとも鷹也からの連絡はない。
入れ替わって知ったのは、私が家庭を持って子供もいるという事実だったはずだ。
もちろん私の連絡先がわからないということもあるだろうけれど、探そうと思えば探せるはずだ。実家はわかっているのだから。
それでも連絡がないということは、探す気がないということだろう。
それでいい。それでいいとずっと思ってきた。でも……。
鷹也には今お相手がいないのだろうか?
親がお見合いの席を用意したのも、年頃の息子を心配してのことだろう。帰国した当日に見合いの席を設けるというのはちょっとあんまりだけど。
気になったのは、お父様の口からは光希さんの話が一度も出てこなかったということ。
許嫁じゃなかったの? 彼女とは今どうなっているのだろう。
光希さん。
私たちが別れる原因になった人。
あれは、就職して初めての夏だった――。
【過去】
「私、鷹也の許嫁なんです」
「……」
「あなたのことは鷹也から聞いています。学生時代のガールフレンドだって」
会社帰りに待ち伏せされ、なんだかわからないままタクシーに押し込まれた。
同世代のきれいな女の子だったから抵抗もしなかったけれど、あれは普通なら誘拐事件というレベルだ。
着いた先はラグジュアリーな五ツ星ホテル、ヘブンリーゲートブリッジホテルだった。
一階のロビーラウンジに引っ張っていかれ、開口一番告げられたのがさっきの台詞だった。
「でも私たちももう社会人。身分にあった社交活動も始めないといけないの」
「身分?」
なんなの? 身分って。皇族でもあるまいし。
「あなた……知らないの?」
「知らないって何が?」
「ハッ、呆れた。まさか森勢の家のこと、聞かされてないの?」
「……」
森勢の家……。鷹也の実家が一体何なんだろう。
「森勢商事ってご存じ?」
「森勢商事……」
さすがに知っている。というか、日本で知らない人はいないんじゃない? というくらい有名な商社だ。
主に医療品や医療機器を取り扱っていて、専門商社の中では国内トップの企業だ。
鷹也の実家が、森勢商事?
あれ? そういえば鷹也の勤めている会社は森勢商事の子会社じゃなかった?
「あら、一応知ってはいるみたいね。話が通じなかったらどうしようかと思ったわ。鷹也のお父様は森勢の長男なの。森勢商事の現社長よ。だから鷹也はいずれ森勢商事を継ぐ後継者なのよ」
鷹也が森勢商事の後継者……。
7年付き合ってきたけれど、そんなことは一度も聞いたことがなかった。
お父さんは医療機器を取り扱う仕事をしていると言ってたような気がするけれど。
私、何も知らなかった。何も聞かされていなかったんだ……。
「私の父は森勢の関連会社の代表をしているの。だから親たちは私たちが生まれる前からの付き合い。ちょうど同じ年に子供が生まれたから、二人を結婚させようって話になって。フフフ……私たちは生まれたときからの許嫁なのよ」
「……」
「学生時代は私も自由にさせてもらったからいいわ。お互い少しくらい遊んでいても目を瞑ることにしていたけど、そろそろ鷹也を返してもらわないとね……」
許嫁がいたのに鷹也は私と7年も付き合っていたの?
鷹也の初めては全部私だったはず。私にとっても鷹也は全てにおいて初めての相手で。
お互いしかいないと思って付き合ってきたのに、この人が言っていることは本当なのだろうか。
「申し訳ないけど、今の話は信じられません。鷹也が私に嘘を吐くとは思えないし。森勢商事の後継者というお話は本当なんでしょう。でも私と鷹也はお互いだけを見て、誠実にお付き合いしてきました。鷹也は許嫁がいるのにその事を隠して私と付き合うような人じゃありません」
「……!」
私が見てきた鷹也はそんな人じゃない。そう信じていたから、私は胸を張ってそう言い返した。
「あ、あなたはそう信じているかもしれないけれど、鷹也が私のところに戻ってくることはもう決まっているの! あなた本気で自分が鷹也と釣り合っていると思っているの?」
信じられない! と馬鹿にするように彼女が言う。