テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「あなた、土方なのよね?」
「……は?」
「住宅メーカーなんて聞こえはいいけど、作業服を着て、汚らしいおじさん達に混じって土方をしているんでしょう?」
「なっ……確かに作業服を着てるし、現場は土埃があってきれいとは言えないかもしれない。でも汚らしいおじさんなんていません。皆さんプロの職人さんだし、それに私の仕事は施工管理者です。大学でちゃんと施工管理技士と二級建築士の資格も取ってます!」
「施工管理者なんて聞こえはいいけど、現場監督でしょう? 結局は土方と同じじゃない。とてもじゃないけど、森勢の嫁がするような仕事じゃないわ」
なんなの、この人。なんでこんな人に見下げられなきゃならないの?
建築において土方、つまり土木作業員はなくてはならない存在だ。
日雇い労働者を雇うところもあるが、我が社では工務店などの下請け業者に依頼し、建築のプロとして入ってもらっている。
私のことを蔑むことが目的で悪く言うのなら、百歩譲って勝手に言えばいい。
でも工務店の人たちをこんな風に言うのは許せない。父の仕事を馬鹿にされているようなものだ。
あの人達は、ひよっこの現場監督である私なんかとは比べものにならないくらい知識と経験が豊富な人たちなのだ。
こんな風に言われるいわれはない。
こんな人と話すことは何もない。
ここに連れてこられたのだって無理矢理だったのだから。
「あなたとは価値観も違うし、話すことはありません。仮に鷹也とのことが本当だったとしても、それはあなたたちの問題。私と鷹也の問題は私たちで話し合います」
そう言って、わたしはテーブルに2千円を置き、立ち去ろうとした。
その時だった。
「光希ちゃん! お待たせしたわね」
「鷹也ママ! あっ、じゃなくて清香おばさま、お久しぶりです~」
鷹也ママ⁉ え? この人鷹也のお母様?
「そんな気取った言い方しなくても、鷹也ママでいいわよ。……あら、お友達も一緒なの? こんにちは」
「こ、こんにちは……」
ニコッと微笑んだ鷹也のお母様は、たしかに鷹也と目元が似ていた。
びっくりするくらい若くてきれいな方だ。
「エステが始まるまで少し時間があったからお茶していただけなの。彼女はもう帰るわ、ね?」
「……」
「あら、そうなの? お友達も一緒にいけたら光希ちゃんも楽しいだろうに。人数を増やせるか聞いてみましょうか」
「彼女はエステなんて興味がないんです。それよりうちのママちょっと遅れるみたいだから、先に入ってハーブティーでも飲んでてって。鷹也ママ行きましょう?」
まるで、あなたには無縁の世界でしょう? とばかりに言い放った。
実際、エステなんて行ったことも興味を持ったこともなかったけれど。
彼女が言うところの『身分』が違うというのはこういうことだと言いたかったのだろうか。
鷹也のお母様が私をのけ者にしたわけでも、身分を見せつけたわけでもなかったけれど、こんな風に仲の良さを見せつけられたことはさすがに堪えた。
私はこの7年間で一度も鷹也のお母さんに会ったことがなかったから。
「……じゃあ、私はこれで――」
「あ、ここは私が」
優しげに笑って、鷹也のお母様が私の出した二千円を手渡してくれた。
本当に私がこの光希って人の友達だと思っているのだろう。やるせない気持ちでお金を受け取る。
「ありがとうございます。……失礼します」
「またねー!」
「さようなら」
「……」
喉の奥が痛くなるくらい悔しかったけれど、私は何も言わずラウンジをあとにした。
それからだ。鷹也とうまくいかなくなったのは。
元々鷹也の休日はごく普通に土日。
私は住宅メーカーらしく火曜日と水曜日が休日だった。
鷹也とのデートを避けようと思えば永遠に避けられそうな休日のズレ。
就職したての頃はなんとか仕事終わりに会えるように調整をしたりもしたが、鷹也に接待が入るようになると、会うことも難しくなってきていた。
会おうと思えば会えたのだが、私は休日のズレを理由に鷹也を避け始めた。
それはもちろん光希さんから聞いた話のせいだった。
光希さんという許嫁が本当にいるのか。
そんな存在がありながら私と付き合っていたのか。
いつか実家が森勢商事だと言うつもりがあったのだろうか。
いつか……別れるつもりだったのだろうか……。
会えば、聞きたくても聞けないことをヒステリックに問い詰めてしまいそうな衝動に駆られてしまうかもしれない。
光希さんの言っていたことが全て本当だと、知るのが怖くて会えなかった。
再三にわたる鷹也からの連絡に折れ、会うことになったのは光希さんと会ってからひと月後のことだった。
その間、私は何度も考えた。鷹也とのこれからの付き合いを。
私たちはまだ社会人一年目。結婚を考えるような年でもないけれど、このまま交際を続ければ、普通ならそんな話も出てくるだろう。
あの美しいお母さんに気に入られるような嫁になれるのだろうか?
許嫁だと言い張る光希さんのような人の方が鷹也にはふさわしいのではないか。
私は鷹也のバックグラウンドを知って、言いようのない劣等感を感じていた。
「ずいぶん忙しかったんだな」
待ち合わせのカフェには不機嫌そうな鷹也がいた。
開口一番、恨みがましく言われたのがこれだ。