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「フィル様…いえ、フェリ様。前王の葬儀を五日後に執り行おうと思いますがよろしいでしょうか?」
「うん…任せ…」
「おいっ、なに普通に王女の名前で呼んでんだよっ!まだフィル様はフェリ様の代わりをするなんて返事してないだろうが!」
「トラビス、誰に向かって言ってるのだ。口がすぎるぞ」
「ぐ…っ、でもあんた達がひどすぎるからっ」
僕はぼんやりとトラビスを見て首を傾ける。
どうしてトラビスは顔を真っ赤にして怒っているのだろう。大宰相にあんな口の利き方をして怒られるよ。僕が後で取り成してあげないと…。
扉の前で喚いていたトラビスが、僕と目が合うと近寄ってきた。そして片膝をついて僕を見上げ、吊り上げていた目尻を下げて情けない顔をする。
「フィル様…よろしいのですか?ご自分の気持ちに正直になってください。嫌なものは嫌とはっきり言えばいいのです」
「なんのこと?」
「ですから、フェリ様のフリをするなど…」
「トラビス、無礼だぞ。それにしつこい。これはもう決定したことだ。おまえの意見など聞かぬ」
「ラズール…おまえ」
部屋の奥にある椅子に座る僕の隣に、ラズールが立っている。ラズールは、高い位置からトラビスを見下ろしながら冷たく言い放った。
ここは僕の部屋だ。姉上と最後の別れをした後に戻ってきた。戻って休んでいると、ラズールと大宰相、トラビスが来た。
三人の顔を見て、今からもう姉上のフリをしなくてはならないのかと憂うつになった。僕は小さく息を吐いて、近づく大宰相とラズールを無視して窓の外を眺めていた。するといきなりフェリ様と呼ばれて更に憂うつになった。覚悟を決めたとはいえ、心の中は正直だ。心の中では嫌だと思ってしまい、フェリ様と呼ばれても中々反応ができない。だからトラビスが何を怒っているのかが理解できなかったけど、そうか。僕のために怒ってくれていたのか。でも大宰相に対してそんな態度を取っていたら、降格されてしまうよ。
僕は顔を戻してラズールの上着の袖をそっと引く。
ラズールが腰を屈めて僕の顔に耳を寄せる。
「おまえと二人で話がしたい」と囁くと、ラズールが頷いて顔を上げ、大宰相とトラビスの顔を順番に見た。
「お二人とも、今日は下がってください。フェリ様はとてもお疲れのようです。ゆっくりと休ませてあげてください」
「しかし葬儀の件は」
僕はまた小さく息を吐くと、再び窓の外を眺めながら言った。
「五日後で構わない。母上と一緒に姉上の葬儀も執り行うから。頼んだよ」
「かしこまりました」
大宰相が頭を下げてようやく出ていく。
しかしトラビスが扉まで行ったものの、中々出ていかない。
僕はゆっくりと顔を動かしてトラビスを見る。
「なに?おまえも早く出ていってくれないかな」
「…フィル様、本当によろしいのですか」
「しつこいな。僕は今からフェリだ。この先二度とフィルという名を口にするな。僕が王子だということを忘れろ。王城にいるのは、王女のフェリだ。母上の葬儀を終えたら、僕は女王になる」
「……」
「何をしている。おまえにはやるべきことがあるだろう。王が交代するのだ。若い王をよく思わない者が現れるかもしれない。王の近辺の警護をより一層強固なものにしなければならないんだ。早く戻って警備体制を見直して」
「…かしこまりました」
頭を下げて、ようやくトラビスが部屋を出た。
ラズールが扉に鍵をかけて戻ってくる。
僕は椅子から立つと、ラズールの胸に額をつけて、もう何度目かわからないため息をついた。
ラズールが僕の腰に手を回して髪を撫でる。
昔からラズールに抱きしめられて撫でられると、とても安心した。今も、これからのことを考えて暗く落ちた気持ちが、少しだけ楽になった。
「話とはなんですか?今日はとても疲れたでしょう。もうお休みになられた方がよろしいのでは」
「うん…疲れた。心も身体もボロボロだよ。僕は姉上を助けて死にたかったのに、僕だけが残ってしまった。本当は今すぐにでも死にたいけど、もう死ねなくなってしまった…」
涙が一つ、ポロリとこぼれ落ちた。
僕はラズールの上着に顔を押しつけて涙を拭く。
「俺は、どこまでもあなたについて行きますよ。これから厳しい道を進むあなたを、全力で守ります。だからどうか、俺を頼ってほしい」
「うん…そのつもりだよ」
ラズールの胸に顔を押しつけたまま、くぐもった声を出す。
髪を撫でていたラズールの手が耳に触れて、僕はくすぐったくて思わず顔を上げた。
「涙を流す時も、俺の前で…俺の前だけにしてください」
「うん…昔もそうだったね」
「そうでしたね。あなたの泣き顔は本当に可愛らしくて…。今もあの頃と変わりません」
「そんなことない。僕はもう、子供じゃないから」
「そうですね」
ラズールが困ったように笑いながら、大きな手で僕の涙をぬぐってくれる。
僕はラズールの手を掴むと、祈るように両手で包んだ。
「ラズール、お願いがある」
「なんでしょうか」
「ラズールと二人きりの時だけ、フィルでいてもいい?二人きりの時は、フィルでいさせてほしい」
「もちろんです。俺の前では、本来のあなたでいてください。安心して、楽にすごしていただきたい。では俺からもお願いしてもよろしいですか?」
「ラズールのお願い?珍しいね」
「そうでしたか?フィル様、俺の前では本来のフィル様でいてください。しかし、俺以外の全ての人の前では、あなたはフェリ様として振舞ってください」
「うん?わかってるよ。だってそう決めたじゃないか」
「バイロン国の第二王子と会うことがあったとしても、フィルと名乗ってはダメです」
「あ…、わかって…る」
僕は手を落として俯いた。
そうだ。もし再びリアムに会えたとしても、僕は名乗れない。フェリとして接しなければならない。だけど…もう会うことはないか。僕は城から出ることはないのだから。
「フィル様?」
名前を呼ばれて顔を上げる。
ラズールが優しい目で僕を見ている。
僕はラズールの胸を押して離れると、ベッドに向かった。
「もう寝る…。軽食と飲み物を用意しておいてほしい。起きたら食べるから」
「かしこまりました」
「これからは、おまえ以外は誰もこの部屋に入れないで。大宰相も大臣も、トラビスも、使用人もだ。皆にそう言っておいて」
「はい」
僕はブーツを脱いでベッドに上がると、ラズールに背を向けてシーツを頭からかぶった。
すぐにラズールが部屋を出ていき扉が閉まる。鍵がかかる音を聞いて、僕は目を閉じた。
僕は少し寝ては目を覚ますことを繰り返した。そして翌朝、ひどい頭痛に苛まれて起き上がり、ベッドに座ってぼんやりとしていると、扉の外から怒ってるような足音が響いてきた。